多くの企業で研修講師を務めてきた石野雄一さんによる人気セミナーを書籍化した『実況!ビジネス力養成講義 ファイナンス』。臨場感のある構成と分かりやすさで、多くのビジネスパーソンから好評を得ています。ここでは、石野さんに「ファイナンスとは何か」「価格と価値」「PL経営とBS経営」などの基本を、3回にわたって解説していただきます。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
よりよい人生ためのファイナンス
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、 『実況!ビジネス力養成講義 ファイナンス』 の著者・石野雄一さんにファイナンスの基本についてお話を伺います。実際に私たちが生活していくうえで、ファイナンスの重要性はどういった部分にあるのでしょうか。
石野雄一(以下、石野) 私たちの生活には、モノを買ったり売ったりという経済活動が不可欠です。つまり、ファイナンスと無縁では生きられないということ。だからこそ、ファイナンスを知っていれば、よりよい人生を送れるようになります。
石野 まずは、企業とは何かというところからお話ししましょう。企業にはさまざまな関係者がいますね。原材料や商品の仕入れ先はもちろん、従業員やお客様、債権者、役所、株主などもいます。そうした関係者のことを、ステークホルダーと呼びます。企業とは何かというと、「各ステークホルダーの間で価値と価値の交換を行い、すべてのステークホルダーが受け取る便益を増やしていく仕組み」と説明することができるでしょう。
石野 企業は、お客様に対して製品やサービスといった価値を提供し、その対価としてお金をいただきます。原材料の仕入れ先からは、原材料という価値提供を受けるのでその対価として企業は代金を支払っていますし、従業員側は、労働力や時間といった価値を提供し、企業から賃金を受け取っています。このようにして、価値と価値を交換しているわけです。
では、そこでなぜファイナンスが必要になるのか。私は以前、ある経営者の方から「お金持ちになる秘訣を知りたいかい?」と聞かれ、「もちろん知りたい」と答えると、その方は私に1枚のメモをくれました。そこには、「価値>価格」と書かれていたのです。
その方は、こう教えてくれました。「価格とは、あなたが差し出すもの。そして価値とは、その代わりにあなたが受け取るもの。差し出すものよりも受け取るもののほうが大きくなければ、豊かにはなれない」。そうおっしゃったのです。
考えてみれば、当たり前のことなんです。当たり前ではあるけれど、実際の場面ではどうすればいいのか、ピンとこないかもしれません。先の経営者の方にそのことを尋ねると、「いや、すでにみんながやっていることだよ」と。
尾上 すでにやっていること…それはどういうことでしょうか。
石野 例えばスーパーでニンジンを買うとします。売り場には、1本100円でたくさんのニンジンが並んでいる。そのときに何をするかというと、まずニンジンを手に取ったり、場合によっては何本かのニンジンを比べたりして、品定めしたうえで購入するのではないでしょうか。これはどういうことなのかというと、こちらが差し出す100円という価格よりも価値のあるニンジンを見極めているのですね。同じことを、すべての経済活動において実践するというのが、豊かになる秘訣なんです。
「お金の時間価値」を意識する
石野 では、突然ですが、企業買収とは何を買うことだと思いますか?
尾上 その企業が提供しているサービスや、商品をつくる仕組みなどでしょうか。
石野 正解です。さらには、「時間」というのも正解ですね。ビジネスをゼロから立ち上げるには、とても時間がかかります。だから、すでにもうける仕組みができている会社を買う。そうすれば時間を省略できますから。こうして時間を買っているのです。
ファイナンスにおいて「買う」というのは、「将来生み出すであろうキャッシュフローを買う」ということ。例えば機械を買うときには、機械そのものというよりも、その機械が将来的に生み出すキャッシュフローを買っている。その価値算定の道具が、ファイナンスだというわけです。
尾上 前回、ファイナンスは未来を見ているというお話もありましたね。
石野 そうです。また、ファイナンスでは「お金の時間価値」という考え方も重要です。これは、遠い将来であるほど、今の自分に対するお金の価値が目減りしていくという考え方ですね。
ポイントカードのポイントを使わずに貯める人を例にとって説明しましょう。例えば、1万円の買いものをするときに、手持ちの5000ポイントを使わずにとっておくとします。すると、当然ながら1万円を支払うことになりますね。ポイントを使えば5000円で済むにもかかわらず、です。そして、手元には5000ポイントが残っている。
これはどういう状態かというと、5000円を無利子でお店に貸し付けているのと同じことなんです。ポイントを使うことで浮いた5000円を運用すれば、ゆくゆくはプラスのお金が生まれているはずなのに、無利子故に何も生まれない。ここから何が言えるかというと、お金の時間価値を考慮すれば、「今、お財布から出ていくお金をできるだけ少なくする」というのが、経済合理性にかなった行動だということです。
尾上 なるほど。他にも例はありますか。
石野 クレジットカードはできるだけ使ったほうがいい、とも言えますね。リボ払いはおすすめしませんが、ボーナス払いなどはどんどん活用すればいいと思います。
例えば買いものをするときに、支払い方法が現金でもカードでも同額であるのを不思議に思ったことはありませんか。カードの場合は、カード会社に対する手数料もかかります。カード会社から売り手へと入金されるまでに時間もかかります。そのため、資金繰りのために借金が必要で、その分の利息がかかるという会社もあるでしょう。そうした状況を見越して、発生するコストを商品価値に上乗せしている可能性があるわけです。つまり、現金で払うということは、カード払いの人が負担すべきコストを、勝手に負わされている可能性があるということ。
こうしたことから、「お金の時間価値」の考え方を分かりやすくまとめると、現金はできるだけ早く回収したほうがいい、そして、支払いはできるだけ遅くしたほうがいい。それが、ファイナンスの考え方に基づいた、経済合理性にかなう行動だというわけですね。このように、見えない部分のお金の動きを想像することが大事なのです。
構成/谷和美