多くの企業で研修講師を務めてきた石野雄一さんによる人気セミナーを書籍化した『実況!ビジネス力養成講義 ファイナンス』。臨場感のある構成と分かりやすさで、多くのビジネスパーソンから好評を得ています。ここでは、石野さんに「ファイナンスとは何か」「価格と価値」「PL経営とBS経営」などの基本を、3回にわたって解説していただきます。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
使えるファイナンスを効率的に学べる
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 著書の 『実況!ビジネス力養成講義 ファイナンス』 は、石野さんの実際の講義の内容をもとに構成されたそうですね。
石野雄一(以下、石野) ファイナンスの講義というと座学のイメージがあるかもしれませんが、ただ座って聞いているだけではつまらない。だから、「企業の価値をどう測るのか」「投資をするか否か」といったことを、簡単な事例を用いながらエクセルで計算する方法をお伝えしています。「ファイナンス×エクセル」というのは、私の講義の特徴ですね。本書ではその計算方法についても、実践できるように手順を追って解説しました。
尾上 なるほど。「使えるファイナンス」をまとめているのですね。
石野 はい。私自身、ファイナンスの勉強にはとても苦労したんです。何百冊という本を読んで、それでも分からないという感じで。しかし、ファイナンスというのは単なる道具であって、その道具は活用してこそ意味があります。道具を入手する時点で苦労していても仕方ないですよね。そこで、できるだけ効率よくこの道具を手に入れていただきたいという思いで、本書をまとめました。
尾上 正直、私もファイナンスについてよく分かっていなくて…少し教えていただけませんか。
石野 まずは取っかかりとして、会計とファイナンス(財務)の違いについてお伝えしたいと思います。
石野 私は、経理部で働く人を「会計人」、財務部で働く人を「財務人」と呼んでいるのですが、両者の違いを知ることでファイナンスの実像が見えてくると考えています。まず、会計人にはきっちりとした人が多く、それに対して財務人は、私のようにざっくりした人が多い傾向があります。
尾上 それはちょっと意外な気がしますね。
石野 「ざっくりしているのは、お前だけじゃないのか」と言われてしまいそうですが、私から見るとそういった印象がありますね。
さらに会計人は、さまざまなルールのなかで生きています。例えば、会計基準。これは、簡単に言ってしまえば決算書のつくり方のことなのですが、これが何種類もあります。国際会計基準(IFRS)や米国基準、日本基準など、たくさんのルールが存在するのが会計人の世界です。
それに対して財務人がいるファイナンスの世界は、ルールが一つ。非常にシンプルなので、私のようにざっくりした人間でもやっていけるわけです。
利益はバーチャル、現金はリアル
尾上 会計人と財務人では、他にどのような違いがありますか。
石野 大事なところで言うと、扱うお金の違いですね。会計人が扱うのは「利益」、財務人が扱うのは「現金」。まずは、この利益と現金の違いを理解することが重要です。
利益というのは、売り上げからコストを差し引いたもの。これは、実はバーチャルな存在です。というのは、例えば1000万円の利益があり、社長に「使いたいから持ってきて」と言われても、実際にそのお金を持っていくことはできませんよね。あくまでも、抽象概念ですから。それに対して現金は、実体を伴うリアルなものです。1000万円の現金があれば、それを手で触れることだってできます。
具体的な例を挙げてみましょう。200万円の車を商品として出荷した時点で、会計人である経理の人は200万円を売り上げとして帳簿に記載します。さらに、この商品のコストが150万円である場合、売り上げからコストを差し引いた50万円が、利益として帳簿に記されます。しかしこの時点では、利益の50万円には実体がなくバーチャルな存在です。
石野 このとき、財務人は同じ状況をどう見ているのでしょうか。この時点での現金収入はゼロです。しかし、現金支出はどうでしょう。材料費や広告宣伝費を支払い済みかもしれません。その場合、すでに現金は出ていっているわけで、そのリアルな数字を見ているのが、財務人。ファイナンスの世界なのです。
尾上 なるほど。それが「利益はバーチャル、現金はリアル」ということなのですね。
石野 そうです。現金はリアルなものだから嘘をつけないといわれます。では、利益は嘘をつけるのか。そう問われれば、実際に嘘をついていた会社はたくさんあります。
バーチャルだから、社長の意見次第で変わり得る。嘘をつくことだってできる。もちろん嘘をつけば罰せられますが、そうした操作も可能だということです。それからもう一つ、会計と財務が扱うものの違いには、時間軸があります。
尾上 時間軸の違いとは、どのようなことでしょうか。
石野 会計人が扱う決算書の数字は、過去の数字です。この数字は、どれだけ見ても未来を予測し得るものではない。
それに対して、財務人が扱うのは未来です。これからどれだけの現金を稼ぐのかというところに焦点を当てている。過去に何をしてきたのか、どれだけの資産を築いてきたのかというのは二の次です。もちろん、過去のデータが無意味だということはないのですが、参考程度にすぎず、優先順位は低い。あくまでも、財務人は過去ではなく未来を見ているのですね。
構成/谷和美