人生100年時代、必然的に働く時間も長くなっています。その人生を仕事中心にするか、ほどほどに働くか。シモーヌ・ストルゾフ著『静かな働き方 「ほどよい」仕事でじぶん時間を取り戻す』に登場する「仕事主義」な人たちは、どのような選択をしたのでしょうか。翻訳者の大熊希美さんと編集担当の三田真美さんを迎え、仕事と人生について語り合いました。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
自分なりの「ほどよい」を定義しよう
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も『 静かな働き方 「ほどよい」仕事でじぶん時間を取り戻す 』の翻訳者の大熊希美さんと編集を担当した三田真美さんにお話を伺います。
さて、第9章「ようこそ、あんまり働かない世界へ」は著者であるシモーヌ・ストルゾフさんのお話です。「ほどよい仕事」というテーマの本を書くシモーヌさん自身が仕事をしまくっていて、忙しいフルタイム仕事の合間にこの本を執筆しているというくだりに少し笑ってしまいました。
大熊希美(以下、大熊) 結局、自分だけでワークライフバランスを取ろうとしても難しいのかもしれません。まずは「仕事が自分の価値だ」という考えが染み付いてしまったことに気づき、それを変える努力をしていく。でも努力をしても、これまでと同じ環境のままだったら、やはりバランスを取るのは難しいですね。
尾上 読者には、自分なりの「ほどよい」仕事を定義しようと言っていますね。
三田真美・日経BP(以下、三田) ほどよいというのは、「good enough」「中庸」「ちょうどいい」ということですが、曖昧な領域ですよね。ほどよいの感覚は、人それぞれですから。
第9章の冒頭に、感謝祭の翌日、休日なのにいつもと同じように仕事をしようとしていたと書いてあります。アメリカでは、11月の第4木曜日の感謝祭には家族で集まって、その後クリスマスの休暇が始まり、お休みモードになります。翻訳書を担当していると、感謝祭以降は海外との連絡があまり取れなくなると言われていたけど、この本の刊行は12月だったので、感謝祭の直前に書籍関連のものをいろいろ送ったんです。これで1、2週間止まっちゃったらマズイな、と思っていたら、休暇の真っ最中にどんどん返事が来て、時代が変わったなと思いました。周りがそういうスピードで回っていくと、止められない難しさもあるかもしれないですね。
尾上 エピローグの最後も面白くて、この本の初稿を提出して仕事を辞めた後、婚約者と南イタリアの親戚のところで過ごしていたけど、そこでも朝一番にメールをチェックしてしまって、急には変われない(笑)。それから1年、2年とたって、シモーヌさんがどういうふうに過ごしているんだろうと気になります。
環境や接する人を変えることが大切
尾上 珍しいと思ったのが、この本の 訳者あとがき で訳者の大熊さんが思いの丈をぶつけていることですね。
大熊 私自身も仕事を頑張ってきた自負はあるのですが、4~5年前にフリーランスになって、働き方を見直しました。休んでいる期間に習い事なども始めて、そこでワーカホリックではない人にも出会うんですよね。すると、私の働き方が唯一の正解ではないんだとやっと分かってきて、今は自分なりの柔軟な働き方ができるようになったと感じています。
まずは環境や接する人を変えないと自分の考え方も変わらないから、いろいろな人と接することって大事だなと思いました。
尾上 本書にはシモーヌさん自身をはじめ、仕事と人生に葛藤するさまざまな人が登場します。そのなかの1人として大熊さんがいるのかなと、私は感じました。
大熊 ありがとうございます。
三田 余談ですけど、私がこの本の編集をしているとき、シモーヌさんからカバーデザインのOKをもらうのに難儀して、なるべく原著に近いデザインにしました。そんななか、シモーヌさんが韓国語版ができたとSNSに投稿していて、そのカバーデザインが原著とは全然違う世界観で驚いてしまったんです。
なんだか、ゾンビたちがバス停に座っているようなイメージのイラストで。最近は、日本で翻訳書を出すときはデザインやタイトルも著者が直接チェックして、日本語もグーグル翻訳で確認して、ここを直してくれと厳しく言われるようになったのですが、韓国語版を見て、こんなに変えてよかったんだ、ちょっとやられたなと思いました。
そのバス停が象徴的なんですよ。ソウルには大企業に通勤するためのバス停があって、限られたエリート社員が並ぶんです。サンフランシスコにもグーグル専用のバス停があると聞きますよね。それを象徴しているのかなと思います。ある種、エリートだけどワーカホリックになってしまっている人たちが、どうやって自分を取り戻すのか…というイメージですよね。
働き方も、量ではなく質
尾上 第9章の最後には、「あなたは何をするのが好きですか?」という一文が出てきます。仕事中心の人生にするのか、人生の一部としてほどよく仕事をするのか、本書がどちらを選ぶのかを考えるきっかけになるといいですね。
大熊 はい。仕事そのものを否定しているわけではないんですよね。仕事は目標が分かりやすく達成感もあるし、楽しいし、仕事を通じて出会う人もいる。それはとても大事なことです。でも、人生って仕事だけをするためのものだっけ、と疑問を投げかけられている感じがしますよね。
三田 本書に登場する人たちはみんな、仕事を辞めたり小休止したりして、最後はそれぞれの時間を取り戻しています。いろいろな形で一瞬でも自分を取り戻しているということが、全員に共通しています。
すごく大事なのは、質の高い時間を少しでも確保することだと思います。『静かな働き方』というタイトルに込めたのはその部分で、穏やかで静かな質の高い時間を少しでも取り戻す、そういう働き方が大切なのではないでしょうか。
尾上 人生100年時代、寿命が延びれば延びるほど労働時間も増えるわけで、自分の人生をどのように過ごしていくかは大きな課題だと改めて感じます。
大熊 仕事を辞めて、単に時間だけがあっても充実感が得られるかどうかは分かりません。その時間の質をどう高めていくかが大事ですよね。この本のなかに、そのヒントがあると思います。
三田 この本の登場人物は、最初、お金を稼いだり記事がたくさん読まれたりという量的な価値観でそれなりの成功を収めた人たちですが、みんなそこに限界を感じて、自分なりの質を追求することにシフトしたのだと思います。もちろん、その人が求めているなら、量を追求することも大事だと思いますけどね。
尾上 第8章で面白いなと思ったのは、健康のためにフィットネストラッカーを買ったのに、1日の目標歩数を達成することばかり考えてしまうとか、SNSを始めたら「いいね」やシェア数を増やそうと躍起になっているとか、ついそうなっちゃうけど、それでいいんだっけ、と。
三田 人って量的な方にいっちゃう習性があるのでしょうか。
大熊 それが分かりやすいのかもしれませんね。
尾上 量ではない軸も探していかないといけないですね。
三田 そうですね。大きいものや数が多いものだけではなく、小さくて質重視のものにも価値を置いていきたいですよね。地域再生でいわれる、自律分散型の小さなコミュニティーの考え方も近いところがあると思います。働き方でも、そういった価値観が浸透してそれを大事にしていくことで、また違う地平が見えてくるのかなと思います。
文/佐々木恵美 編集協力/山崎 綾
