戦後の高度経済成長期からバブル期を経て、絶えず勤勉に働き続けてきた日本人。しかし、昨今は「働かない」「働かされている」層が出現し、その根本には社会・組織の構造的な問題があると『働かないニッポン』の著者、河合薫さんは指摘します。「働かされ感」「構造的な問題」とは?──河合さんに詳しく聞きます。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
「働く」ってなんだろう?
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回は、河合薫さんの著書『 働かないニッポン 』を取り上げます。河合さんは、気象予報士としてテレビに出演していましたよね。
河合 薫(以下、河合) 気象予報士第1号の世代です。全国で500人合格し、女性は12人。そのうちの1人でした。
尾上 その後、東京大学大学院医学系研究科に進学して、健康社会学を学ばれました。
河合 はい。大学卒業後は国際線の客室乗務員になったので当時は空を飛び、空模様を見て、そして今は人の心模様を見る仕事です。人の心は「雨がずっと続くと頭痛がする」「スカッと晴れると気分がいい」などと、天気によっても変わりますよね。でもそれ以上に、仕事や人間関係によっても左右されると気付いたこともあり、大学院へ進み研究者として学問に取り組みたいと思いました。
健康社会学は、個人を取り巻く環境などから個人の幸福感、モチベーション、生き方を科学的に研究する学問です。人は環境で変わるし、環境を変えることもできる。そのうえで私が興味を持ったのは、やはり「働く」ということでした。すると当然、人間関係にも目を向けることになりました。
尾上 本書のタイトルは『働かないニッポン』。「日経ビジネス電子版」で連載していた「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に加筆・編集をして、書籍化したものですね。
河合 かなり加筆しました。日本は「衰退途上国」と呼ばれるほど、世界の中でのポジションが落ちてきています。そもそも停滞の原因はなんだろうと考えたとき、実は私たち自身の働き方、働くことへの意欲の低下が根本にあるのではないかと考えました。そこでもう一度、「働くってなんだろう」と考えてみようという問題意識から書き始めました。
尾上 働くってなんだろう──よく考えると「なんだろう?」と思いますね。
河合 そうですよね。「私たちは幸せになるために働いている」と私は考えていますが、今の日本社会では、幸せになるような働き方ができていない人も多いという現実があります。
尾上 「幸せになるために働いている」という考え方がある一方、「お金を稼ぐために働いている」人も多いですね。
働くことで得られる「リソース」
河合 確かに、大原則として「働くのは生活のため」です。でも働くという行為には、単純にお金を得るだけではなく、例えば自分の能力を発揮する機会があったり、他者から敬意を示されたり、自分自身が相手に敬意を示したりすることで精神的に成熟できる機会があります。あるいは、仕事をしているからこそつながれる人がいる、毎日ルーティンとしてやるべきことがある、体を動かす、頭を使うなど、働くことによって得られる利点もたくさんあります。
私はその一つひとつを「リソース」と呼んでいますが、働くことで得られるリソースは人という存在の土台になるものであり、人の生きる力を引き出していくものだと思います。ところが、今の日本では「お金のために働く」ことが重視されてしまっている。そして、「君はまだ若いからだめだ」「年功序列だ」「そんなことは前例がない。君、責任は取れるのか」などと言われて、能力を発揮する機会を失っているのではないでしょうか。
就職活動では「あなたはうちの会社で何をやりたいですか」「どんなことを考えていますか」と意見を求められるのに、いざ入社すると「君の意見は聞いていないよ」「言われたことだけやっておけばいいんだよ」となる。会社に入る前は「社会のためにこんなことをしたい」「こういう企画が面白いんじゃないか」「それをこの会社でやってみたい」と意欲を持っているのに、だんだんと内向きになり、上司が気に入りそうな企画を出してしまう──という構造的な問題が、今の日本にはあると思うのです。
裏を返すと、日本の会社組織にはお金以外のリソースを手に入れられない構造があり、結果的に「働いているようだけど働いていない日本」になってしまうのではないでしょうか。
報われないのに働き続ける日本人
尾上 それを本書では「働かされ感」という言葉で表現していますね。
河合 はい。私たちはよく「体にむち打ってまで働かされている」というような言葉を使うじゃないですか。でも、アメリカで仕事をしていた大学の同級生が帰国したとき、私たちが「会社でひどく働かされている」と文句を言ったら、その同級生が「働かされているってどういう意味?」と言い出したんです。「働かされているんじゃなくて、もっと稼ぎたい、自分が成長したい、社会に貢献したいと思うから働くんでしょ? どうして働かされなくちゃいけないの」と素朴な疑問をぶつけられ、私も普通に「働かされている」という言葉を使っていたと気付きました。
その同級生の言葉を裏返せば、私たちは真面目に働いたらきちんと報われないといけないということですよね。賃金や昇進などの評価を受け、そして人として敬意を払われるべきなのに、私たちは報われないことに慣れてしまっている。自分が成長していると実感できれば、働かされていると受け身にならず、自分から意欲を持って働こう、もっと頑張ろうと思えるはずなのです。
でも、日本はそうした構造になっていません。社会の組織構造は、上から下を見るより、下から見上げたほうがよく見えます。若い世代が下の階層から上を見上げたとき、50歳になった途端に会社から用なし扱いをされたり、1歳年を取っただけでパフォーマンスが変わるわけではないのに「君、いらないよ」と言われたりするのがよく見える。そうすると結局、「どんなに頑張っても報われない」「50歳まで頑張ってもポイ捨てされる」「無駄な努力をするくらいだったら、一日一日大切に自分のやりたいことをやって生きたほうがいい」と思うようになり、それが結果的に働きたくない若者を生んでいると思うのです。
尾上 なかなか根深いというか、明日から変えられるという話ではなさそうですね。
河合 そうですね。構造的な問題があると思います。日本では、古くは徳川の時代から縦の人間関係が定着してきました。人は上のために義を尽くし、義を尽くされたことに対して上は下に情で返す、という。それが例えば会社なら、社員は上司のために一生懸命働く。上司は下が義を尽くしたから、今度は昇進という情で返す。そういった人間関係で高度成長期の日本企業は回ってきました。日本人の心理構造が企業の中に入り込んでいるのですね。でもバブル崩壊後は、上からの情が返されず、報われないのに義を尽くしている──そういう状況なのではないでしょうか。
尾上 なるほど。そして今のお話が、「働かないおじさん」「ジジイの壁」へとつながっていくわけですね。次回、詳しくお話を伺います。
文/三浦香代子 編集協力/山崎 綾
