日本企業にはびこる、「働かないおじさん」と「ジジイの壁」。まず、自分がそこへ近づく前に、どう意識を変えていけばいいのでしょうか。『働かないニッポン』の著者、河合薫さんは「自分がここにいる意味・やっていることの意味」を見いだすことだと話します。そのための6カ条についても、解説していただきました。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
「労働」では有意味感を見いだせない
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 前回は「働かないおじさん」「ジジイの壁」についてお話しいただきました。そこには構造的な問題や課題があり、克服するためには「有意味感を強くするための6カ条」が大事だと、河合さんは本書『 働かないニッポン 』で書かれています。さて、「有意味感」とは何なのでしょう。
河合 薫(以下、河合) 有意味感とは、自分がここにいる意味を見いだせたり、自分がやっていることに意味があると思えたりする感覚です。有意味感は働くことでも得ることができ、人間的に成熟し、職業的なスキルも高められる。そして人生が豊かになり、何より社会のなかに居場所があるという感覚を持てます。
しかし、一方で自分の仕事に対して誇りを持てない、有意味感を持てない人がいます。ちゃんと働けていない、つまり「労働」になってしまっているから、有意味感を持てないのですよね。でも、実は「有意味感を強くする行動」を取るだけで変えられます。
尾上 本書では、ウェイトレスのドロレス・デイントさんの話が紹介されています。ウェイトレスとして23年間、同じ高級レストランで働くシングルマザーで、客たちに「どうして“ただ”のウェイトレスになったの?」と言われるけれど、ドロレスさん本人は誇りを持って働いていますね。
河合 ドロレスさんはただのウェイトレスじゃないんですよ。「お皿を置くときに音を立てない」「テーブルや椅子の間をバレリーナのようにしなやかに通り抜ける」「お客様がおいしい料理を食べられるようにコックと仲良くする」ことを意識し、「ここは私の舞台なんだ」という思いでウェイトレスという仕事の価値を高める努力をしています。
仕事とは不思議なもので、「どうせこんなものだ」と思って仕事をしていると何も起こらないけれど、自分でちょっと工夫してみると必ずそれを見てくれている人がいます。その人は「あなたはとてもいいサービスをするね」と言って次も指名してくれたり、「あなたに会いたくて来たよ」「今日はとてもいい食事ができたよ」「ありがとう」と言ってくれたりする。それって、とてもうれしいことではないでしょうか。自分がやっていることや自分の存在に意味を感じられますよね。
人は有意味感があれば生きていける
尾上 河合さんは本書で「有意味感を強くするための6カ条」を提唱しています。
第1条 「普通」を疑う
第2条 仕事はカネのためだと考えない
第3条 仕事にやりがいを求めない
第4条 年齢を言い訳にしない
第5条 信頼されようと思わない
第6条 愛をケチらない
──という6カ条ですが、私が気になったのは第2条の「仕事はカネのためだと考えない」です。
河合 この6カ条でまず大切なのは、会社を変えようとか、日本社会を変えようとかではなく、自分を取り囲む半径3メートルの世界で、質のいい人間関係を持つことを意識してほしいということです。つまり、顔が見える人たちといい関係を築き、いい仕事をするのが有意味感を高める第一歩になります。「カネのため」と考えると、コスパがいいだけの働き方になってしまう。基本的にはカネのためだとしても、人生をもっと豊かで楽しくするため、人を幸せにするため、自分自身の可能性を引き出すために働いているんだという視点も持つと、働き方が変わってきます。
そして人は「仕事」「家庭」「健康」という3つの幸せのボールを持っています。幸せに働くには、この3つの幸せのボールを落とさないようにしないといけません。仕事に一生懸命になりたいときも、家庭のボールや健康のボールは落とさない。育児や介護で家庭が大切なときも、仕事や健康のボールは落とさない。これが仕事だけ、つまりカネのために働いていると思うと、仕事のボールだけをついつい高く上げてしまいます。そうすると長時間労働で健康を害したり、家庭のボールを落としてしまったりします。
尾上 なるほど。では、第6条の「愛をケチらない」についても教えてください。
河合 有意味感を高めるためには半径3メートルの人間関係をよくするのが第一で、そして私は人間の本性は愛だと思っています。でも、私たちはつい愛をケチっちゃうんですよね。例えば「なんで私からこの人にありがとうって言わなくちゃいけないんだ」とか。
愛をケチらないで周りの人と接し、愛を注げば、注いだ分だけ自分に返ってきます。「ありがとう」と言ってもらった人は、相手を「素直でいい人だ」「話しやすい人だ」と思って、何かのときに助けてくれるかもしれません。あるいは愛をケチらなかった自分に対して、自分自身が心地よくなります。愛さえケチらなければ人に優しく、親切で、温かい自分になれるのに、それができないと意地悪になったり、厄介な人になったりするんですよね。
愛と仕事、仕事と愛
尾上 本書では、フロイトの印象的な言葉が出てきますね。
河合 フロイトは「愛と仕事、仕事と愛、それが人生のすべて」と言いました。私たちは幸せになるために働いています。働くことは自分の可能性を引き出すことであり、他者とつながること。愛すること、愛されることも、自分の可能性を無限に引き出し、他者とつながることです。両方とも「人」が存在します。人は1人きりでは生きられないし、1人だけでは幸せになれません。人生には誰かが近くにいて、その誰かと温かい関係があることによって幸せになれるし、「ああ、思い通りにはならなかったけど、結構いい人生だったな」と思える。だから人は働き続けたほうがいいし、愛をケチらないで人と接したほうがいい。そうすることによって、自分自身が幸せになっていくのではないでしょうか。
尾上 幸せになるために働くことと愛が、一本の線でつながるように感じますね。
河合 愛をケチらない人の一言で誰かが救われる可能性もありますよね。私も「これ以上コラムが書けない」「私の可能性はここまでで限界」という壁にぶつかるんですけど、そういうときに限って「あなたのコラムを読んで元気になりました」という1通のメールに救われるんです。愛をケチらないで人と接していれば、きっと救われる人がいます。そしてその言葉で「自分はここにいていいんだ」「自分のやっていることには意味があるんだ」と思える。「有意味感を持てる半径3メートルの小さな社会」が日本中にたくさんできると、もっともっと生きやすく、日本社会で幸せになれる人たちが出てくると思います。
尾上 本書を読んで「働くとはどういうことか」を考え、有意味感を強くするための6カ条の一つでも二つでもチャレンジしてほしいですね。
河合 そうですね。「君がいてくれてよかった」というメッセージを誰かに送ってほしいと思います。働くなかでも、機会があれば「君がいてくれてよかった」「ありがとう」「ちゃんと見ているよ」と言葉にして伝えてください。それを忘れなければ、周囲もハッピーになり、有意味感を持てて、それがきっと自分に返ってくるだろうと思います。
文/三浦香代子 編集協力/山崎 綾
