いくら有望な市場でも、どれだけ優秀な人材を集めても、リーダー次第で組織は停滞してしまう。では、良いリーダー、悪いリーダーとはどんな人なのか。世界で1000万部を超える『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者、ジム・コリンズ氏がスタートアップや中小企業向けに記した『ビジョナリー・カンパニー ZERO』から、一部抜粋して紹介する。

 私たちが「Mシンドローム」と名づけた現象がある。Mは私たちの研究対象だったきわめて無能な経営者のイニシャルであると同時に、「malaise(停滞)」の頭文字だ。MのIQは150を超え、MBAと博士号も持っていた。業界での職務経験は20年、有力者とはファーストネームで呼び合う関係だった。週80時間は働いた。しかも年率30%以上のペースで成長する市場に身を置いていた。

 それにもかかわらずMの会社は創業当初こそ成功したものの伸び悩み、やがて下方スパイラルに陥り、覇気のない停滞した凡庸な企業になった。

 なぜか。原因はMのリーダーシップ・スタイルだ。

 あまりに抑圧的で効果がなく、それが組織全体を冷たい霧のように覆っていた。社員を暗い気持ちにさせ、自信を蝕み、徐々にエネルギーとインスピレーションを奪っていった。Mのリーダーシップが日を追うごとに、週を追うごとに、会社の息の根を止めていったのだ。

 Mのやり方のどこが誤っていたのか。

無能なリーダーが引き起こす「Mシンドローム」とは?(写真:PIXTA)
無能なリーダーが引き起こす「Mシンドローム」とは?(写真:PIXTA)
  • 社員には「仲間をリスペクトせよ」と説いたが(HPがリスペクトの重要性を説いていたことを知識として知っていたからだ)、自分は決して仲間をリスペクトしなかった。チームワークを説いたが、Mにとってチームプレーとは自分への一方的な服従を意味した。

  • おそろしく優柔不断だった。重要な判断に直面すると、延々と分析し、行動を先送りした。そのために会社は大きな機会を逃し、小さな問題は重大な危機に発展していった。

  • 明確な優先順位を決めなかった。部下には常に10〜20のアクションを指示し、「すべてを最優先でやれ!」と言い切った。

  • 勤務時間のほとんどは、執務室の分厚い扉を締めて閉じこもっていた。社内を歩き回ったり、足を止めたりして部下の様子を見たりすることはめったになかった。

  • 常に部下を批判する一方、ポジティブな励ましの言葉は一度もかけたことがなかった。一度でも失敗すると、それを忘れなかった。部下が失敗から何を学んだか証明する機会を、決して与えなかった。

  • 会社のビジョンをきちんと伝えなかった。このため社員は、目的地もなく嵐のなかを漂う船に乗っているような気がした。

  • 話すときも物を書くときも、むやみに専門用語を使った。社員の意欲を高めるどころか、退屈させ、困惑させた。

  • 会社の成長が頭打ちになっても(売上高1500万ドル、社員数75人ほどのころ)、リスクをともなう新しい大胆な挑戦を拒んだ。会社は停滞し、野心的人材は会社を去った。

 Mの例からわかるように、偉大な企業への道を阻むのは往々にして無能なリーダーだ。どれほど最先端のテクノロジーがあっても、優れた戦略があっても、そして業務の遂行力があっても、リーダーシップ・スタイルがお粗末であればどうにもならない。これはあらゆる企業に言えることだが、とりわけ中小企業はその傾向が強い。というのも中小企業ではトップリーダーが日々与える影響が非常に大きく、また偉大な企業の基礎を据える役割を果たすからだ。

 要するに、破壊的リーダーシップ・スタイルの持ち主に、偉大な企業をつくることは不可能だ。

組織全体にリーダーの乗数効果が働く

 あなたが組織のトップなら、あなたのリーダーシップ・スタイルによって組織全体のトーンが決まる。つまり、良くも悪くも乗数効果が働く。トップのふるまいが、会社全体の行動パターンに影響を与える。あなたのスタイルが効果的なものならば、偉大な企業をつくる強力な推進力となる。

 一方、効果がない、あるいはネガティブなものならば、ぐっしょり濡(ぬ)れた重たい毛布のように会社を覆い、成長を阻むだろう。

リーダーシップのスタイルはさまざま

 では、誰もが同じリーダーシップ・スタイルを身につけるべきだろうか。もちろん、そんなことはない。

 リーダーシップ・スタイルは、人それぞれの性格的な特徴で決まる。効果的なスタイルはたくさんある。有能なリーダーの中には物静かで内気で控えめな人もいれば、陽気で社交的な人もいる。とにかく活発で衝動的な人もいれば、慎重な人もいる。年配で賢明で経験豊かな人もいれば、若く勢いがあって向こう見ずな人もいる。人前で話すのが得意な人もいれば、あがり症の人もいる。カリスマ的な人もいれば、そうではない人もいる(リーダーシップとカリスマ性を混同してはいけない。両者は別物だ。きわめて有能でもカリスマ的ではないリーダーもいる)。

 マハトマ・ガンジー(きゃしゃで穏やか)、エイブラハム・リンカーン(物憂げで思慮深い)、ウィンストン・チャーチル(激しさと不屈の精神力)、マーガレット・サッチャー(厳格で粘り強い「鉄の女」)、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(情熱的で雄弁)など、世界史に残るリーダーを振り返ると、そのスタイルは実に多様だ。だが、誰もがリーダーとしてきわめて有能だった。

 あなたらしいリーダーシップ・スタイルを身につけよう。別の誰かになろうとしたり、あなたにそぐわないスタイルを身につけたりする必要はない。ガンジーのように腰布を巻いて、聞き取れないほど静かな声で話すウィンストン・チャーチルを想像できるだろうか。

 反対に、ガンジーが葉巻をくわえて「神に与えられた力を振り絞って陸海空で戦う。それがわれわれの方針だ」と言い放つ姿を想像できるだろうか。いずれもばかげている。あなたが他の誰かのスタイルをまねようとするのも、同じぐらいばかげている。効果的なスタイルはあなたの内にある、あなただけのものだ。あなたとまったく同じスタイルの持ち主は2人といない。

(訳=土方奈美)

日経ビジネス電子版 2021年9月14日付の記事を転載]

ネットフリックス創業者兼共同CEOも絶賛!

 経営書の名著『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者、ジム・コリンズ氏がスタンフォード大学経営大学院で教えていた1992年に記した名著があった。『Beyond Entrepreneurship』だ。日本語への翻訳・出版はされずにいたが、ネットフリックス創業者兼共同CEOのリード・ヘイスティングス氏が起業家に「86ページ分を丸暗記しろ」と言い、自身も毎年読み返していた本だった。
 そして今回、最新情報などを大幅に加筆して改訂したのが『ビジョナリー・カンパニー ZERO』だ。パーパス、ミッション、ビジョンの重要性、戦略の立て方、戦術の遂行の方法などを体系的に解説している。