いくら有望な市場でも、どれだけ優秀な人材を集めても、リーダー次第で組織は停滞してしまう。では、良いリーダー、悪いリーダーとはどんな人なのか。さらに、単なる良いリーダーと、「偉大な組織」をつくる「偉大なリーダー」とは何が違うのか。世界で1000万部を超える『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者、ジム・コリンズ氏がスタートアップや中小企業向けに記した『ビジョナリー・カンパニー ZERO』から、一部抜粋して紹介する。
偉大な企業を育てるリーダーは「現場型」だ。ビジネスに人間味を加えようとする。他者に冷淡で、距離を置き、よそよそしく、関わろうとしない態度は許されない。
人間関係を育む
偉大な企業には、すばらしい人間関係がある。顧客との関係、サプライヤーとの関係、投資家との関係、社員との関係、そして社会全体と良好な関係を築く。あらゆる場面で長期的で建設的関係を生み出し、育むことを重視する。
偉大な企業では、社員と会社との関係は「仕事と引き換えにお金をもらっている」といった従来型メンタリティとは大きく異なる。退社した後ですら社員は会社とのつながりを感じている。退社した後でも社員が「うちの会社」と呼ぶような会社を、あなたも知っているかもしれない。
偉大な企業と顧客との関係も、「お金と引き換えに製品を買っている」というありきたりな交流よりはるかに親密だ。顧客は会社と個人的につながっていると感じる。「サタデーイブニング・ポスト」紙の記事から、レオン・ビーンはエルエルビーンを通じてどんな関係性を築いていたかがわかる。「ビーンの顧客の一人ひとりが『エルエルビーン』の魅力を本当にわかっているのは自分だけだという幻想を抱き、親友のような気持ちを抱いているようだった」
このような親密な関係が育まれるのは、企業のリーダーが自ら関係づくりに時間をかけるからだ。ジョアン・アーンストは7年にわたってアスリートとしてナイキと契約していた。この間、ナイキのリーダー層はアーンストと長期的関係を築くために努力した。アーンストの元にはフィル・ナイト会長から手書きの短い手紙やクリスマスカードが届いた。
このようにナイト自身がアーンストとの関係に投資したことで、アーンストの側にナイキに対する強い忠誠心と責任感が芽生えた。その結果、ナイキの広報担当として力を尽くすようになった。契約上求められる内容をはるかに超えて、「必要」と思う役割を果たすために驚くような努力をした。アーンストはこう説明する。
ナイキとの関係は純粋なビジネス上の取引ではなかった。私は常にナイキのスピリットに共感していた。競争心やスポーツの魔法を大切にするスピリットだ。それだけではない。私がひどい結果を出したら、大切な友人をがっかりさせるような気がした。それが私のナイキに対する正直な気持ちだった。スポーツを引退し、ナイキとの正式な関係が終了した後も、まだナイキファミリーの一員である気がしている。これからもずっとだ。
一つひとつの人とのかかわりを、長期的な関係を構築し、発展させる機会ととらえよう。それは人間味がなければできないことだ。平凡で堅苦しいメモを渡しても、社員との関係は深まらない。もっと個人的に関与することで、初めて関係を構築できる。
執務室を出て、社員に話しかけてみよう。社内を歩き回ってみよう。ランチルームに座り、あらゆる階層の社員と食事をしよう。できるだけ大勢の社員のファーストネームを覚えよう(パタゴニアのクリスティン・マクディビットなど、全社員の名前を覚える経営者もいる)。相手をファーストネームで呼んで挨拶しよう。やってはいけない例をひとつ紹介しよう。あるコンピュータ会社のゼネラルマネージャーは「人間味とやらを少しばかり実践してみよう」と思い立った。MBWA(Management By Walking Around、歩き回るマネジメントの略称)を聞きかじっていたので、秘書に命じて自分の執務室で社員とのミーティングをセッティングさせた。こうして実際に執務室を出て歩き回る手間を省いたのだ。
本当の話だろうかと訝(いぶ)かしく思っているかもしれない。正真正銘、実話である。これは極端な例だが、類例は多い。言い訳の立たない行為だ。執務室を出て、ざっくばらんに社員と交流しない正当な理由などない。
父親から受け継いだジョアン・ファブリックス・コーポレーションの再生に成功したラリー・アンサンは、私たちにこう語った。
自席を離れ、社内で何が起きているのか自分の目で見なければいけない。現場に行って社員と話すべきだ。社員の話に耳を傾け、姿を見せよう。業務連絡のメモを一方的に送り付けるなど、社員との間に壁をつくってはならない。
自分の執務室でMBWAを実践しようと「予定を組んだ」ゼネラルマネージャーより、アンサンのほうが偉大な企業をつくるのにはるかに長(た)けていた。

手軽なコミュニケーションを活用する
人間味あるリーダーシップを実践するのに効果的なのは、手短で手軽なコミュニケーションだ。とりわけ有効なのが、便箋を常に携帯することだ。それを使って社員に手書きの短いメッセージを渡す。その絶大な効果に、きっと驚くはずだ。しかもほとんど時間はかからない。個人的メッセージは1分もあれば書ける。絶大な効果を考えれば、60秒などわずかな投資だ。それはあなたが社員の存在や仕事内容を知っており、大切に思っていることを伝える手段だ。
ビル・ラジアーは、この方法は自分とスタンフォード大学との関係を大きく変えたという。
ある学期に講義の負担が重く、私は疲れ切っていた。進めているプロジェクトの多くがそれほどうまくいっておらず、少し落ち込んでいた。意気消沈してオフィスに戻ると、デスクの上に山積みになった手紙に目を通した。学内連絡用の封筒があったので開けてみると、驚いたことに学長からの手書きのメッセージが入っていた。講座をがんばってくれてありがとう、という内容だった。学長がこの1枚の手紙を書くのに30秒もかからなかったはずだが、私にとってはスタンフォード大学への思い入れを深め、士気を高める効果があった。
近づきやすく、話しかけやすい存在であれ
堅苦しい秩序にはなんの意味もない。近づきやすい雰囲気を身にまとおう。社員とはファーストネームで呼び合おう。「立場による壁」は最低限に抑える。専用駐車場や豪華な執務室、目に余る「幹部専用」の特典は、なるべく排除し、目立たないようにすべきだ。幹部のステータスシンボルは一般社員との距離を広げる。
どうすれば自分が社員にとって近づきやすい存在になるか、考えてみよう。社員があなたの周囲は濠(ほり)で固められている(しかも濠には無愛想な秘書というサメまで放たれている)と感じているなら、間違いなくあなたは人間味のない存在になっている。あらゆる階層の社員に、会社の最高幹部と直接話ができるという意識を持たせるべきだ。
大企業についても同じことが言えるだろうか。近づきやすさ、直接話し合う機会、人間味といったものは、会社が一定の規模を超えても維持できるのだろうか。
答えはイエスだ。実例としてIBMを見れば十分だろう。トーマス・J・ワトソン・ジュニアは父の跡を継いだ後も(IBMはすでに年商10億ドルを超えていた)、有名な「オープンドア・ポリシー」を堅持した。ワトソン・ジュニアは著書『先駆の才』(ダイヤモンド社)にこう書いている。
オープンドア・ポリシーは父が1920年代初頭から実践していた活動だ。何か不満のある社員は、まずそれを直属の管理職に伝えることになっている。それでも納得できなければ、直接私に伝える権利がある。(中略)たったひとりの抗議がIBMのビジネスのあり方を根本的に変えるような改革につながったことが、少なくとも一度はある。
会社の成長に伴い、ワトソンの執務室には毎年200~300件もの不満が持ち込まれるようになった。そうした状況を管理するため、ワトソンは有望な若手管理職をアシスタントに登用した。社員が10万人を超えた後も、ワトソンは社員の不満の一部を直接処理していた。「トップがまだ一般社員の話に耳を傾けているという噂が社内に広がるように」という思いからだ。
IBMでワトソン親子が社員にとって直接話せる相手であり続け、人間味を失わずにいられたのなら、「そんなことをするには会社が大きくなりすぎた」という言い訳は通用しない。
(訳=土方奈美)
[日経ビジネス電子版 2021年10月5日付の記事を転載]
ネットフリックス創業者兼共同CEOも絶賛!
経営書の名著『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者、ジム・コリンズ氏がスタンフォード大学経営大学院で教えていた1992年に記した名著があった。『Beyond Entrepreneurship』だ。日本語への翻訳・出版はされずにいたが、ネットフリックス創業者兼共同CEOのリード・ヘイスティングス氏が起業家に「86ページ分を丸暗記しろ」と言い、自身も毎年読み返していた本だった。
そして今回、最新情報などを大幅に加筆して改訂したのが『ビジョナリー・カンパニー ZERO』だ。パーパス、ミッション、ビジョンの重要性、戦略の立て方、戦術の遂行の方法などを体系的に解説している。