米アマゾン・ドット・コムは世界有数の巨大企業になっても、クラウドサービスのアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、アレクサ、アマゾンゴーなど次々と発明し、急成長を遂げてきた。しかし、派手な失敗もしている。創業者で元最高経営責任者(CEO)のジェフ・ベゾスが自ら注力して開発したのに全く売れなかったスマートフォン「ファイアフォン」について、米国のトップジャーナリストが新刊 『ジェフ・ベゾス 発明と急成長をくりかえすアマゾンをいかに生み育てたのか』 に記した分析を一部抜粋・再構成して紹介する。
ベゾス自らアマゾンのスマホ開発に乗り出す
シアトルとサニーベール、いずれもアレクサの開発チームと同じ建物で開発中のアマゾンのスマートフォンは、沈没しかけていた。その何年か前にスマートフォン市場が生まれ、すぐ、アップル、グーグル、サムスンの3社がその大半を占有してしまったが、なんとなく、やり方次第で新規参入も可能だという雰囲気も残っていた。
一方、アマゾンCEO(最高経営責任者)のジェフ・ベゾスには、デジタルは今後必ず発展していく分野であり、そこにおける戦略的ポジションを他社に譲るつもりなどなかった。うまく立ち回れば大丈夫だと思っていればなおさらだ。だから、ブレインストーミングで、その辺に置き忘れた電話をワイヤレス充電器まで持っていくロボットを提案したりした(冗談だと思った社員もいたが、ちゃんと特許も申請されている)。

タッチスクリーンをタップせず、人の動きそのものに反応する3Dディスプレイを提案したこともある。実現すればユニークなスマートフォンになる。ベゾスはこのアイデアにほれ込み、これを元にファイアフォンの開発が行われることになった。
当初案は、四隅に赤外線カメラを用意し、ユーザーの視線を追跡したりスクリーンの表示を3Dであるかのように調整したりするというものだった。カメラは背面にもあるので、全部で5つあることになる。電話のどちら側からも「見る」ことができるので、コードネームはメンフクロウの学名「タイト」だ。なお、このカメラは日本メーカーの特注品で携帯端末1台あたり5ドルものコストがかかる。それでも、ベゾスは、最高の部品を使ったプレミアムなスマートフォンにするのだと譲らなかった。
ベゾスは、3年にわたり、タイトの開発陣と三日にあげず打ち合わせを持った(並行してアレクサの開発陣とも同じくらい頻繁に打ち合わせをしている)。彼は新しい技術や事業に熱を上げるタイプで、開発陣に思いつきをぶつけたり、進捗を確認したりするのが大好きだ。アマゾンの事業では顧客からのフィードバックを極端と言えるほど重視するが、同時に、そこから画期的な製品が生まれることはないと考えており、クリエイティブな「さすらい」をしなければならない、それしか飛躍的な進歩をもたらす道はないというのが持論である。
これは、次のような年次書簡を後に株主に送っていることからも明らかだ。「顧客が存在さえ知らず、ゆえに求めることもないものこそが前進する力となります。顧客になりかわり、我々が発明しなければなりません。内省し、なにができるのか、自分たちの想像力に問わなければならないのです」
ベゾスと対立する開発陣、発売は遅れる
タイト開発陣側は、ベゾスが掲げるスマートフォンのビジョンに納得していなかった。3Dディスプレイなど電気ばかり食う小細工にすぎない、それ以上のものにはなりえないと。
「スマホのカレンダーなんて使う人、いるのか」とベゾスが聞くなど、スマートフォンが世間でどう使われているのか、ベゾスにわかるわけがないと思わされることもあった。開発陣の答えは「もちろん使いますよ」だ。ベゾスと違い、ふつうの人は何人ものパーソナルアシスタントがなにくれとなく世話を焼いてくれるなど考えられないのだから当たり前だ。
アレクサと同じくベゾスに無理筋の期限を切られ、タイトプロジェクトも人を増やした。しかし、技術系プロジェクトがうまく行かないからと人を増やすのは大失敗の素にしかならない。しかも、当時、キンドルは戦略的に重要な製品と位置づけられていたのでそちらから引き抜いてくることはできず、モトローラやアップル、ソニーなど社外からハードウェアエンジニアを集めてくるしかない。業界で評判の人を引き抜くのだ。もちろん、なにを開発するのかは、初出社の日まで秘密である。
発売予定日は6カ月先。その状態が続いた。
3Dディスプレイがなかなかうまくできず遅れに遅れたのだ。そうこうしているうちに最新鋭だった部品が時代遅れになってしまい、プロセッサーとカメラを新しいものに換えてプロジェクトをやり直すことになった。コードネームはフクロウつながりで「デューク」だ。
フクロウの一種、コノハズクを意味する「オータス」というコードネームで、基本機能に絞った安価な携帯端末の開発にも手を出して結局あきらめるという一幕もあった。製造は台湾の携帯電話メーカーHTC社で、アマゾン用にカスタマイズしたアンドロイドOSで動くはずだった。アップルのiPadより安くて使えると評判上々のFireタブレットと同じシステムだ。オータス開発陣は奇抜な3Dディスプレイよりスマートフォンを安くかそれこそ無償で提供し、市場に波乱を起こすほうがアマゾンにとって利があると考えていたので、この開発中止に、みな、気落ちした。腹に据えかねた人もいて、反対であっても決まったことには従い、実現に向けて全力を尽くせというアマゾンのリーダーシップ原則第13条「反論と一意専心」が刻まれた軍用認識票をおそろいで買ったりした。
スティーブ・ジョブズのようなプレゼンで興味を引く作戦
2014年4月に公開された株主への年次書簡にベゾスは「発明はやっかいなもので、大きな賭けに負けることもあるのです」と書いている。まるで予言だ。直後の夏には携帯電話を発表することになっていたのだ。ベゾスの妻マッケンジーもリハーサルに参加し、なにくれとなく手を貸し、アドバイスもした。
そして2014年6月18日、シアトルのイベント会場フリーモントスタジオで、ベゾスがファイアフォンを発表。少し前に亡くなったスティーブ・ジョブズのカリスマ的魔法を再現し、3Dディスプレイやジェスチャー操作に注目を集めようとした。当時のPR担当バイスプレジデントクレイグ・バーマンはこう語っている。
「ベゾス本人は成功を信じていたと思います。いや、本当に。少なくとも、信じていないと開発チームに気取らせるつもりはなかったようです」
評価はさんざんだった。ファイアフォンの開発に費やした4年間でスマートフォンの市場は大きく変化し、成熟してしまった。その結果、画期的なものを創ろうとしたはずなのに、ユーザーのニーズとかけ離れた製品となってしまった。グーグルが認証したバージョンのアンドロイドは使えないし、Gmailやユーチューブなどの人気アプリも使えない。次期iPhone6よりは安いが、実質本位として価格を抑えたアジアメーカーの端末に比べるとすごく高い。後者にいたっては、当時、2年縛りを条件に携帯キャリアから多額の報酬金が出ていたのだからなおさらだ。
「顧客が求めるものではなかったということですね」。このプロジェクトを率いたバイスプレジデント、イアン・フリードはこう指摘する。「これは私の失敗であり、ジェフの失敗であります。アマゾンというブランドにはすさまじい価値があるのに、ファイアフォンでは、それとうまくかみ合う形で価値を提供することができなかったわけです」
巨額の損失、それでも社員は罰せず
ベゾスからは「ファイアフォンで後悔の念を感じたりしないでくれ。眠れなくなることなどない。そう言ってくれ」と言われたそうだ。その夏、アマゾンがフェニックスに持つ物流拠点では、何千台ものファイアフォンがパレットに積まれたままほこりをかぶっていた。
10月、1億7000万ドル分の在庫を特別損失として計上し、プロジェクトは終了。アマゾン史上最大の失敗である。
「関係者が口をそろえて警告していたとおりの理由で失敗したっていうのがなんともな点です」。プロジェクトに早い段階で参加し、当初から成功はおぼつかないと思っていたソフトウェアエンジニア、アイザック・ノーブルの言葉だ。
ファイアフォンの大失敗がアレクサのプロジェクトにとって吉兆となったのは僥倖(ぎょうこう)と言うべきだろう。スマートフォンの市場シェアを守る必要がなくなったので、アマゾンは、なにも心配せずスマートスピーカーという新領域の開拓に突き進むことができた。ファイアフォン開発陣の一部はグーグルやアップルに引き抜かれたが、ヒット商品ファイヤーTVのほか、アレクサの開発に異動したエンジニアも少なくない。なんと言っても大きかったのは、ファイアフォンの開発に携わったイアン・フリードら管理職をベゾスが罰さず、リスクを取れば評価される、少なくともベゾス自身のミスで失敗した場合はそうなるのだと社内にはっきりと示したことだ。
同時に、アマゾンが抱える問題もひとつ明らかになったと言える。ファイアフォンがうまく行くはずなどないと考えた関係者は多いのに、かたくななリーダーに立ち向かい、説得するだけの気概や力を持つ者がひとりもいなかったわけだ。
(翻訳=井口耕二)
止まらない発明、秘密のプロジェクト、大失敗、歴史に残る成功と急成長、圧倒的な権力、うずまく不満と批判、不倫、離婚、再建、パンデミック(世界的大流行)、退任――。
アマゾン創業者にして、20兆円超の個人資産で世界一の富豪にもなったジェフ・ベゾス。その猛烈CEOが率いて、キンドル、アレクサ、アマゾンゴー、AWSなど次々と発明をくりかえしてきたアマゾンについて、表から裏まで、トップジャーナリストが描き出す。
ブラッド・ストーン(著)井口耕二 (翻訳)、日経BP、2420円(税込み)