ジェフ・ベゾスに代わり、米アマゾン・ドット・コムのCEOに就任したアンディ・ジャシー氏。アマゾンの稼ぎ頭、クラウドサービスのアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)事業の出身だが、その素顔はベゾスに比べるとほとんど知られていない。米国のトップジャーナリストによる新刊 『ジェフ・ベゾス――発明と急成長をくりかえすアマゾンをいかに生み育てたのか』 から、一部抜粋・再構成して紹介する。

 ジェフ・ベゾスは「意図がよくてもうまく行かない。仕組みがよければうまく行く」とよく言う。AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)を率いるアンディ・ジャシーは、この言葉をAWSにびしばし適用した。

 AWSの1週間は研ぎすまされた手順や行事という形の「仕組み」を中心に回っていく。新規サービスのアイデア、その名称、価格の変更、マーケティング計画などはいずれも6ページのメモにびっちり記述し、20階の会議室でジャシーに報告する。ちなみに、会議室の名前はハーバード時代、ルームメイトと暮らしていた部屋と同じで「ザ・チョップ」である。欧州文学の講義で読まされたスタンダール『パルムの僧院』にちなむ名前だ。ともかく、報告会は幹部が技術的な問題をきっちりと詰め、ジャシーが最後を締めるのがふつうだ。その精神力は尋常ではなく、濃密で複雑な書類を読み込みながら1日10時間会議をしても疲れた様子さえないという。

2021年7月、ジェフ・ベゾスに代わって米アマゾン・ドット・コムのCEOに就任したアンディ・ジャシー氏(写真:Amazon Press center)
2021年7月、ジェフ・ベゾスに代わって米アマゾン・ドット・コムのCEOに就任したアンディ・ジャシー氏(写真:Amazon Press center)

突然の説明に備えて幹部全員に準備をさせる

 AWSで特に重要なのは水曜日午前の会議ふたつだ。ひとつは90分で事業の現状を確認するジャシー主催の会議。主なマネージャー200人が集められ、顧客やライバル、さらには製品ごとの財務状況などが事細かに報告される。だが一番の目玉はこの会議の前に行うフォーラムだ。2時間にわたる業務報告会で、技術的なパフォーマンスをウェブサービスごとに評価する。3階の大会議室で、みんなに恐れられる元スペースシャトルエンジニアのチャーリー・ベルが取り仕切る。

 このセッションについて尋ねると、AWSの幹部もエンジニアも感嘆とPTSD(心的外傷後ストレス障害)が入り交じった表情になる。会議室の真ん中に大きなテーブルが置かれていて、そこにバイスプレジデントとディレクターが40人以上も座っている。何百人もいるほかの参加者(そのほとんどは男性)は周囲に立つか、世界各地から電話で参加する。部屋にはカラフルなルーレットが用意されている。毎週、このルーレットでEC2、レッドシフト、オーロラなど各種ウェブサービスから議題を選ぶわけだ(2014年まではサービスの数が多すぎたのでソフトウェアで選んでいた)。

 わざわざそんなことをするのは、突然に詳しく説明しなければならなくなるかもしれない形にすることで、担当サービスの状況を常に把握するようマネージャー全員に仕向けるためだ。

 ルーレットで選ばれるとキャリアが大きく変わったりする。自信を持ってしっかりプレゼンできれば明るい未来が待っている。逆に不明瞭だったりデータがまちがっていたり、わずかでもごまかそうとしたりしたら、チャーリー・ベルが割って入る。恐ろしい剣幕(けんまく)でのこともある。担当サービスの業務について現状をしっかり把握し、それを伝えることができなければ、マネージャーとしてのキャリアが終わりかねないわけだ。

 いずれにせよ、サービス開始から10年近くがたち売り上げも利益も増えた結果、AWSはアマゾンのテックエリートが一番行きたいと思う部署となった。事業部のアイビーリーグとでも言えばいいだろうか。天才が集まるところでむちゃくちゃな儀式に耐え、花を咲かせるのは、名誉勲章に匹敵する栄誉なのだ。

 ルーレットが会議参加者の運命を左右することも。写真はイメージ(写真:HQuality/shutterstock.com)
ルーレットが会議参加者の運命を左右することも。写真はイメージ(写真:HQuality/shutterstock.com)

ライバルから稼ぎ頭を守る

 ジェフ・ベゾス自身がAWSに細かく関与した時代もある。最初の製品についてはウェブページの編集もしたし、EC2の収支報告もチェックし笑顔の顔文字を返信したりもしている。だが次第にアレクサやアマゾンゴーなどに打ち込むようになり、AWSはアンディ・ジャシーに任せる格好となった。業績などのチェックは大規模投資の判断を下すときのみとし、年次経営企画会議のOP1やOP2などで、AWSと他部門の連携を求めたりするくらいしか関与しなくなったのだ。

 AWSの元幹部、ジョー・デパロは次のように語ってくれた。「AWSに対するジェフの関わり方は、投資家のような感じでした。いろいろ問いただしたりつついたり、点検したりするのです。日々の業務はアンディ・ジャシーが担当していました」

 ベゾスは戦略的な忠告をジャシーらAWS経営陣に与える役割も果たしていた。グーグルやマイクロソフトがクラウドの可能性に気づき積極的な投資を始めた際には、有利な立場を守る方策を考えろとジャシーにアドバイスしたらしい。

 「いいお城ができたと思ったら、そこに馬に乗った野蛮人が大挙して押しかけてくる話になったわけだ。堀が必要だ。我々の城にとって堀となるのはなんだろう?」

 こういう言い方だったと元AWS幹部が語ってくれたが、ベゾスはそのようなことを言っていないというのがアマゾンの公式見解である。

 2015年1月にジャシーが出した解答は、イスラエルのチップメーカー、アンナプルナラボを4億ドルで買収する、だ。目的は、高性能なマイクロプロセッサーを安く製造してサーバーに搭載し、ライバルがまねのできないコストメリットをデータセンターで実現することである。

AWSは驚異の成長率70%

 AWSに対するベゾスの影響はもうひとつある。ジャシーと協力し、AWSの財務状況を表に出さないようにした点だ。2014年には業績不安から株価が低迷したが、それでも隠していた。だが2015年にはAWSが総売上の10%近くを占め、近々連邦法で報告義務が生じるのはまちがいないと財務部門に言われてしまう。残念だったとジャシーは言う。「財務的な数字は公開したくなかったんですよね。ライバルに活用されかねない情報が混じっていますから」

 そんなわけで、1月、AWSの財務情報を次の四半期決算で公開すると発表。投資家に緊張が走る。大方の見方はAWSもアマゾン一流の「科学プロジェクト」であり、好調な小売りからエネルギーを吸って生きる薄利の事業にすぎないだろう、だった。

 現実は逆だった。その年、北米小売部門が成長率25%、利益率2.2%だったのに対し、AWSは成長率70%、利益率19.2%をたたき出していた。AWSからはキャッシュが吹き出すように得られていたのだ。スナップチャットなど急成長を続けるインターネット企業から舞い込む注文をさばくため、そのほとんどを費やしてサーバーを増強しなければならない状況ではあったわけだが。

 アマゾンに注目していたアナリストにとっても投資家にとってもこの数字は大変な驚きだったが、マイクロソフトやグーグルを初めとするエンタープライズコンピューティング業界にとってはさらに大きな驚きであったことだろう。アナリストのベン・トンプソンなど、2015年4月の決算報告は「規模においても重要度においてもテクノロジー業界でトップクラスのIPOだ」とまで表現している。

 この発表から1日でアマゾンの時価総額は15%もはね上がり、創業以来はじめて2000億ドルを突破した。アマゾンは儲(もう)からないという神話も、この日を境に聞かれなくなった。

(翻訳=井口耕二)

世界的ベストセラー『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』著者、待望の続編!

止まらない発明、秘密のプロジェクト、大失敗、歴史に残る成功と急成長、圧倒的な権力、うずまく不満と批判、不倫、離婚、再建、パンデミック(世界的大流行)、退任――。

アマゾン創業者にして、20兆円超の個人資産で世界一の富豪にもなったジェフ・ベゾス。その猛烈CEOが率いて、キンドル、アレクサ、アマゾンゴー、AWSなど次々と発明をくりかえしてきたアマゾンについて、表から裏まで、トップジャーナリストが描き出す。

ブラッド・ストーン(著)井口耕二 (翻訳)、日経BP、2420円(税込み)