ジェフ・ベゾスは2億5000万ドルを投じて、2013年に個人として米国の老舗新聞社ワシントン・ポストを買収した。その後、ベゾス流の大改革を実行し、広告収入も電子版有料購読者数も劇的に増やし、老舗の復活を果たした。その手法について、米国のトップジャーナリストによる新刊 『ジェフ・ベゾス――発明と急成長をくりかえすアマゾンをいかに生み育てたのか』 から、抜粋・再構成して紹介する。
驚くには当たらないが、ジェフ・ベゾスがワシントン・ポストで一番力を入れたのはプロダクトであり技術である。ムンバイのインド工科大学を出たシャイレシュ・プラカシュCIO(最高情報責任者)とタッグを組むとともに、ワシントン・ポストには下手なシリコンバレースタートアップより優秀なエンジニアがいると気炎を吐いた。
そして、ウェブページや緻密なグラフィックスのロードにかかる時間をミリ秒単位で削減。読者が本当のところどの記事に興味を持っているのかを評価できる基準や本当に「釘(くぎ)付けにする」ほどの魅力が各記事にあるのかを評価できる基準をつくることも求めた。

ベゾスがワシントン・ポストを買収したころ、プラカシュは、記事の掲載からブログ、ポッドキャスト、広告などのオンライン機能を一括管理できるコンテンツシステム、アークパブリッシングを開発していた。ベゾスはいかにも彼らしく、この技術は他紙にも提供すべきだ、放送業界などパブリッシング機能を必要とするところにライセンス供与すべきだとプラカシュに持ちかける。その結果、アークは、2021年現在、1400カ所ものウェブサイトで採用され、年間1億ドル近くを売り上げるほどに成長した。
ベゾスとプラカシュはまた、タブレットで雑誌のように新聞を読めるレインボーアプリを8カ月かけて開発した。ワシントン・ポストのデジタル版はホームページに載せない。更新は1日2回。レインボーアプリを使うと、雑誌のようなレイアウトで記事が読める。記事が2本ずつ掲載されているページをめくっていき、興味を引かれた記事を選ぶと詳しく読むことができるのだ。
ベゾスはこのアプリの「最高製品責任者」だとプラカシュは表現している。一番大事なのは「ニュースの認知的過負荷」という問題を解消すること、空に舞い上がるグライダーのように読者を高いところに押し上げ、その日の出来事を上から眺められるようにしてあげることだとベゾスが目標を定めたというのだ。このアプリは2015年7月に公開され、アマゾンFireタブレットにプリインストールされるようになった。
ベゾスはプラカシュに同類のにおいを感じていた。あらゆることで意見が一致するのだ。いや、ほとんどのことでと言うべきか。アップルニュースプラスという新しいサービスを始めるので参加しないかと、アマゾンのライバル、アップルからワシントン・ポストに声がかかったとき、プラカシュら幹部グループのメンバーはみな、iPhoneとiPadで総計15億台という可能性に目がくらみ、参加のメリット・デメリットを洗いだして6ページのメモにまとめた。だがベゾスは猛反対。どこで読んでも購読料金は同じにするというワシントン・ポストの基本方針に反するというのだ。参加は見送りとなった。
2017年の初め、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が最高技術責任者(CTO)にプラカシュを引き抜こうとして、ベゾスが慰留する一幕もあった。このとき残留のメリットとしてベゾスが提案したのが、宇宙開発の会社、ブルーオリジンの諮問委員就任だ。というわけで、プラカシュは、土曜日にワシントン州ケントまで飛び、ブルーオリジンのサプライチェーンシステムに手を貸すことがあるようになった。
プラカシュもベゾスに心酔している。「ジェフが持ち込んだもののなかで一番は実験の文化でしょう。大金をつぎ込んだあげくプロジェクトが失敗したら監査委員会の前に立たされるんじゃないかと心配する人はここにいません。みな、失敗を恐れなくなりました」
3年でサブスク契約を300%以上増やしたベゾスの魔法
ベゾスをトップにいただいたことには、大きなリスクが取れるようになる以外にも効果があった。たとえば広告。とびきり有名なビジネスパーソンと近しいだけで光り輝くのだ。広告チームがつくった営業用資料の2ページ目では、光り輝くような笑顔と頭の経営者の顔写真に並べて大きく「ベゾス効果」がうたわれている。
広告部門幹部だった人々によると、アマゾンの子会社ではないとくり返し説明をしているのだが、ベゾスが関わっているからとスポンサーが集まる状況だったらしい。事業系幹部も次のように述べている。
「これが最大のメリットだったかもしれません。これもジェフ・ベゾスという魔法なんです。彼がジェフ・ベゾスだからなんです」
ワシントン・ポストは株式が非公開となったので決算を公表していない。だが、財務の数字を知る立場にある幹部によると、2015年から2018年で広告収入は4000万ドル増えて1億4000万ドルになったし、デジタル版の購読契約は300%以上も増え、150万件を突破したという(バロン編集主幹が引退した2021年1月には300万件に達する)。2015年は1000万ドルほどの赤字を出しているが、その後3年で1億ドル以上を稼ぎ出した。ベゾスが事業計画を却下したとき予測されていた数字から考えるとすさまじいばかりの回復だ。これほど速く再建が進むとは驚きだとベゾスも幹部グループに語ったらしい。
運もよかった。ドナルド・トランプ大統領がめちゃくちゃをしてくれたおかげで、政治ニュースへの関心がかつてないほど盛り上がったのだ。だがベゾス本人が、彼の経営手腕が、さらには、報道事業の変革期という現実を彼がきちんと見据えたことが、創業140年の老舗に明快な戦略をもたらしたのも、また、まちがいのない事実である。
(翻訳=井口耕二)
止まらない発明、秘密のプロジェクト、大失敗、歴史に残る成功と急成長、圧倒的な権力、うずまく不満と批判、不倫、離婚、再建、パンデミック(世界的大流行)、退任――。
アマゾン創業者にして、20兆円超の個人資産で世界一の富豪にもなったジェフ・ベゾス。その猛烈CEOが率いて、キンドル、アレクサ、アマゾンゴー、AWSなど次々と発明をくりかえしてきたアマゾンについて、表から裏まで、トップジャーナリストが描き出す。
ブラッド・ストーン(著)井口耕二 (翻訳)、日経BP、2420円(税込み)