マイケル・ポーターの『 競争優位の戦略 いかに高業績を持続させるか 』(M・E・ポーター著/土岐坤、中辻萬治、小野寺武夫訳/ダイヤモンド社)では、最終章で業界リーダーをいかに攻撃するかを説いています。この名著を、岸本義之・武庫川女子大学経営学部教授が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

どのように業界リーダーを攻撃するか

 ポーターの理論は、ポジショニング学派との呼び名にもあるように、競争の激烈でないところに陣取ることを説く内容だと思われています。確かに同質的な競合がひしめいていては、価格競争に陥りやすく、利益は上がりません。しかし、『競争優位の戦略』の最終章では、業界リーダーに対する攻撃戦略を説いています。

 ただし、ポーターらしく、「似たような戦略で真っ向からぶつかってはならない」と述べます。攻撃戦略の基本条件とは(1)低コストか差別化の点で持続的な優位性を持つ(2)それ以外の点でリーダーの強みを生かせないようにする(3)リーダーによる報復ができないようにする──という3つが必要と指摘します。

 米サウスウエスト航空などの格安航空会社は大手と異なるバリューチェーンによって低コストを実現し、付加サービスを重視しない乗客には十分な程度のサービスで参入しました。報復防止の手段は備えていませんでしたが、固定費の重い大手は同レベルまで値下げできませんでした。

 リーダーを攻撃する道筋は3つあるとポーターは言います。1つ目は、まさに本書の主題であるバリューチェーンの再編成です。製品の改良のみならず、物流やサービスを改善したり、マーケティングを革新したりと、様々な打ち手を組み合わせることが可能です。

 2つ目は、競争の範囲(スコープ)を再定義し、正面衝突を回避することです。これには、あるセグメントに競争の舞台を狭める集中戦略や他事業との関連性を生かす水平戦略などが含まれます。

 3つ目は、より巨額の資金を投入することです。しかし、これは失敗の可能性が高いので、他の道筋を補完する場合にのみ意味があります。

 バリューチェーンの再編成が競争優位のために有効なことは、多くの実例から説明できます。この枠組みは今でも企業戦略の立案のために役に立っているのです。

リーダーを攻撃する道筋は3つあるという(写真/Shutterstock)
リーダーを攻撃する道筋は3つあるという(写真/Shutterstock)
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リーダーが発する「弱さ」のシグナルとは

Q リーダーの弱みはどうやって見つけるのですか?

A ポーターは本書の最終章で攻撃戦略を論じる中で、リーダーの弱さのシグナルについて述べています。業界全体が構造変化に直面しているとき、リーダーは業界内で相対的に恵まれているために、変化に対する対処が遅れがちになるというのが、1つのパターンです。

 例えば、技術の変化、買い手の変化、チャネルの変化、原材料供給の変化など、業界の外側の要因が変化した場合、リーダーは既存の強みを自ら否定して新たなバリューチェーンを構成しようとはなかなかしません。一方、攻撃戦略をとる企業は、その変化を逆手にとって、リーダーよりも優位な立場に立てる可能性があります。

 もう1つのパターンは、業界内でのリーダーのポジションが弱まる場合です。リーダーは往々にして低コストと差別化の両方を満たそうとして、中途半端な立場に立つことがあります。それに対して、挑戦者は低コストか差別化のどちらかに的を絞って攻撃することが可能になります。また、買い手の不満に対してリーダーがきちんと対応していない場合も、攻撃戦略をとれる余地があります。リーダーの利益率が非常に高く、その利益率の低下を嫌う場合は、報復のために余計なコストをかけなくなるので、攻撃に対する反撃が遅れる可能性も出てきます。

 リーダーの弱みが露見した典型例と言えるのが、オンライン・チャネルの興隆でした。例えば、2000年ごろに米国パソコン市場のリーダーだったコンパックは既存のバリューチェーンに依存していたためにオンライン・チャネルへの対処が遅れ、デルが企業内ユーザーや先進的個人ユーザーに的を絞ったオンライン・チャネルで攻撃を仕掛けることができたのです。

リーダーによる報復を封じ込める方法

Q リーダーに反撃されたら勝てないのではないですか?

A ポーターは、攻撃戦略の基本原則を3つ掲げていますが、1つ目は持続的な優位性をつくること、2つ目はそれ以外の点でリーダーの強みを生かせないようにすること、3つ目が、リーダーによる報復ができないようにすることです。

 リーダーが報復できない場合の1つは、報復をしようとすると、リーダーのもともとの戦略と矛盾を生じる場合です。大手航空会社のように、高レベルのサービスを優位性の柱にしてきたリーダーに対して、サービスを必要としない格安航空会社のような挑戦者が攻撃をした場合、リーダーは報復が難しくなります。

 また、リーダーが大きなシェアをすでに有している場合に、製品保証の条件を手厚くする挑戦者が現れると、リーダーは同じ策で対応すると非常にコストが高くつきます。高炉など、設備投資の負担が非常に大きな業界では、次世代の低コスト製鉄技術の挑戦者が現れても、現世代の設備を廃棄して新世代に移行することが困難なので反撃ができません。

 リーダーが市場の変化を読み誤る場合もあります。大型バイクで米国市場を支配していたハーレー・ダビッドソンや、大型複写機で米国市場を押さえていたゼロックスは、日本メーカーが小型の製品で上陸してきたときに、自らの主戦場ではないために対抗策をとらず、顧客の小型シフトが進むのをしばらく見逃してしまいました。

 リーダーが幅広い顧客を相手に高いシェアをとっている事業では、平均コストに基づいて価格を設定している場合があります。ここで、大口顧客にはより低コストで提供しても採算が合うという場合、挑戦者はそこだけに的を絞って攻撃を仕掛けることができます。この場合、リーダーはシェアだけでなく利益率も低下してしまいますが、利益率の方を守ろうとすると、他の顧客に値上げをすることになり、かえって挑戦者に攻撃の余地を与えてしまいます。この場合は、リーダーはもともと大口顧客の価格を下げておいて、挑戦者の参入を予防すべきなのですが、そうした策をとっていなかった場合は、挑戦者の側が有利になるのです。

 3原則の最初の2つだけを満たした攻撃では、リーダーの反撃を受けてしまいますが、3つ目までを満たしていると、反撃をあまり受けずにすむことになります。

リーダーに挑戦し、勝利した日本企業

Q リーダーと違う戦いをして勝った日本企業はあるのですか?

A 日本企業は同質的な戦いを好む傾向があり、なおかつ撤退をしないので、業界内の全社が価格競争に巻き込まれ、低利益率にあえぐことになります。このため、ポーターは日本企業には戦略がないと言って批判をしてきました。

 リーダーとは異なるバリューチェーンを構築して挑戦を仕掛け、リーダーの地位を逆転させた事例として、ヤマト運輸を見てみましょう。

 ヤマト運輸が1976年に「宅急便」事業に参入するまで、個人が荷物を送る場合は、郵便局の小包(現在はゆうパック)、または鉄道手荷物(チッキ)しか手段がありませんでした。信書の配送は法律によって郵便局にしか認められていませんが、荷物の配送は一般事業者でも可能です。しかし、郵便局は全国に2万もの拠点を擁しており、毎日のように郵便物を届けるという体制を構築しています。この牙城に挑もうと考える輸送業者はいませんでした。そもそも輸送業界では、小口の荷物を集めるのはコストがかかりすぎるので、大口荷物に的を絞った方がよいという考え方が支配的でした。

 しかし、ヤマト運輸の小倉昌男社長(当時)は、大口荷物の分野で出遅れたこともあり、単価の高く取れる小口荷物を大量に扱えば売り上げは高まると考え、宅急便を開発しました。荷物1個でも家庭まで集荷に行くということで、郵便局に持っていくよりも便利というサービスを提供し、また荷造りも簡単でよいという利便性も打ち出し、さらに翌日配達で低運賃という点をアピールして、初年度から取扱量を急速に増やすことになりました。

ヤマト運輸は小口荷物の宅配に参入した(写真はイメージ)(写真/Shutterstock)
ヤマト運輸は小口荷物の宅配に参入した(写真はイメージ)(写真/Shutterstock)
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 当時は郵便と比べても小包の配送日数は長く、数日かかることが当たり前でした。競合がいなかったために、そうした状態だったのでしょう。

 ポーター流に言うと、こうした差別化の要素がリーダーよりも優位に働き、ヤマトの宅急便は大きくシェアを伸ばしていきました。一方、大手コンビニで受付できるようになったため、拠点数の不利も問題にならなくなりました。ポーター流に言うと、第2の原則も満たしたわけです。

今こそ有効なポーター理論

 では、第3の原則である、リーダーの反撃をどう防いだのでしょうか。ヤマトは宅急便の成長に合わせて配送員の数を増強しており、現在では6万人に達しています。これだけの数がいれば、各担当者の受け持ちエリアを狭く定義することができ、日に何度も同じ場所に届けることも可能になります。今では再配達受付システムも充実させてきたため、再配達をその日のうちに行うことも可能です。

 在宅率の低さが、宅配ビジネスの大きな問題になっています。郵便小包は、受取人のもとへは、郵便物の配達(自転車や原付きが多い)とは別に、小包用の配達員が回っています。もともと数日で配達することを前提に組まれていて、再配達の利便性までは念頭に置いていなかった配送の仕組みですから、ヤマトに対して反撃を打とうにも、荷物配達用のインフラが整わず、どうしても後手に回らざるをえませんでした。配送員や車両、情報インフラなどに先行投資をしたヤマトは、リーダーによる反撃を予防することができていたと言えます。

 ポーターは、同質的な過当競争に陥ることを避けるべきだと主張してきました。競争の土俵をすみ分けることも過当競争を避ける方法の1つですが、バリューチェーンを再編成することによっても、同じ土俵の上で大型力士に対する攻撃を仕掛けることが可能になるのです。

 こうした戦略的思考の土台にあるのが、『競争優位の戦略』でポーターが導入したバリューチェーンの枠組みです。数十年の時を経ても、こうした考え方は有効であり、特に低成長時代だからこそ(右肩上がりによる結果オーライが期待できないからこそ)、ポーター理論に立ち返って戦略を練り直すことが重要になっているのかもしれません。

『競争優位の戦略』の名言
『競争優位の戦略』の名言
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日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)