人生で迷ったとき、立ち止まりたいとき、誰かを頼るのではなく、本を手に取るという平石直之さん。ビジネスパーソンとして、人として、生き方の指針となっている1冊の本を教えてもらった。次の世代にも受け渡していきたい大切な本だった。
私は、いい本を繰り返して読むほうです。目に留まった文には、線を引きながら読む。何度読んでも刺さる文もあれば、読むたび新たに刺さる文もあります。
『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』 (キングスレイ・ウォード著、城山三郎訳、新潮文庫)は、何度も読み返してきた本の一つ。手紙形式で読みやすく、人生のステージごとの悩みにきちんと向きあってくれます。実体験に基づくアドバイスで、とにかく内容が濃い。自己啓発系の本は、この一冊があれば十分かな。そう思えるほど、広くて深い人生訓が網羅されています。
人として必要な誠実さや礼儀正しさ、学ぶ姿勢、友情、金銭感覚、健康など、「人生の作法」を教えてくれる、そんな本です。
――カナダの実業家である著者は苦労して大学を卒業し、6年間公認会計士として働いた後、事業を起こして成功した。が、2度も心臓の大手術を受けて死に直面。生きているうちに、自身の経験から得た人生の知恵やビジネスのノウハウを息子に伝えたいと願うようになり、30通の手紙を書いた。それが編集者の手に渡って、書籍化されたのが本書である。学生から実社会に出発するときの心構えに始まり、企業での人間関係、部下とのコミュニケーション、友情、結婚など、ビジネスパーソンが人生で遭遇するあらゆる場面に言及。人生論のあるユニークなビジネス書として、全世界でミリオンセラーとなった。
父が実家で読んでいた
この本を知ったきっかけは父で、父が購入した単行本が佐賀の実家にあったことです。本棚に置かれていたので、何気なく手に取った記憶があります。きちんと読んだのは大学生になってから。大学進学で上京後、自分で文庫を購入しました。
私は、どちらかというと、親元を離れた後、電話もほとんどしないタイプでした。だから、自分自身の方向性を模索するときも、頼ったのは本。
もっとも、方向性が見えなくなるようなビッグイベントがあったわけではなく、大学生特有の人生を模索する時期だったからですが、とにかく何度も読みました。訳者の城山三郎さんも好きで、彼の本もたくさん読んでいます。
特に印象に残っているのは、「教育の設計」という章です。
学校のカリキュラムのことだけではなくて、実社会に出ても続く学びについての話で、私がなんだかんだ学び続けてこられたと今感じるのは、この本のおかげです。
本の通りに、毎年一つずつ学んだ
「私は君に毎年一つずつ新しい学問を始めるように勧める」
「二十歳から三十歳は、学ぶ期間として、もっとも重要である。将来の仕事に必要な勉強をこの期間にすませておかないと、最後までしないで終わることが多い。三十歳になれば、君の生活は妻子のものとなる。住宅ローン、生活のための仕事。キャリアのための勉強に向ける時間はごくわずかしか残らない」
※『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』キングスレイ・ウォード著、城山三郎訳、新潮文庫より引用
後半は、父親と息子の男同士ならではのノリもあって、リアルな助言として伝わりますよね。私は、この本の助言に従って、1年に一つずつ何か新しいことを学ぶように心がけていました。そして著者が言う通り、あのときの学びが後々の自分を支えている。後になって取り戻すことはできない貴重な時間だったことを痛感します。
「誠実さの代価」という章に書かれた、誠実さの定義も印象に残っています。誠実さは、ビジネスの世界に限らず、どの世界でも必要な人としての資質。その重要性だけでなく、手を抜くとどうなるか、といった人生で陥りがちな落とし穴も、この本は教えてくれています。
本の中に記述がありますが、著者は書籍化の依頼を2年間断り続けていたそうです。そのぐらい、私的な内容なんですよ。「父親を超えられない」と不安に思う息子を励ますくだりなど、父の深い愛情がにじみ出ていて、思わず込み上げてしまう章もあります。
よく読んだ20代の頃は、著者の息子と同じような年代でした。だからこそ、余計にグッときた部分が大きかったのかもしれません。
子どもに受け渡していきたい一冊
40代になり、父親となった今は、著者と同じ父親の目線で違う読み方ができそうです。もっとも、著者が手紙を書いた年齢は今の私よりもっと上で、仕事を引退する頃なんですが。
うちは娘なので、この本の「娘編」の 『ビジネスマンの父より娘への25通の手紙』 (新潮文庫)を渡すのもいいかもしれません。もちろん同じ著者で、これも実際の自分の娘に宛てた手紙で構成されています。
そのうち親の言葉を素直に聞いてくれなくなってきたときに、そっと渡すのがいいのかもしれません(苦笑)。私自身を振り返ってみても、そういう時期にこの本と出合ったような気がします。
息子編にせよ娘編にせよ、どちらも親から子に受け継いでほしい、一家に一冊という類いの本だと思います。
取材・文/茅島奈緒深 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子