学生時代から今現在まで、週に2~3回は書店に足を運んでいるという平石直之さん。「人生は、いい本を探す旅」というほど、平石さんの人生に本は欠かせない。平石さんにとっての「いい本」とは?
信じがたい世界の現実に触れて、経験できないことを追体験できるのは読書の醍醐味の1つ。 『ワイルド・スワン』 (ユン・チアン著、土屋京子訳、講談社)は、その醍醐味をこの上ないほど味わえる自伝的ノンフィクションです。
1966~1976年の中国で起きた文化大革命とは、いったい何だったのか。その真実を知ったときの衝撃はすさまじく、信じられないような事実の連続で、読み進めるのがつらくなったほどでした。
教科書に書いてあるような「中国で毛沢東が社会主義的な新しい文化を作るために起こした政治運動かつ、社会的騒乱」といったサラリとした内容ではまるでありません。しかも、私が生まれたとき(1974年)に中国で本当に起きていたこと。えも言われぬ恐怖を覚えました。
――清朝(中国本土とモンゴル高原を支配した最後の統一王朝)末期を生きた祖母の代から、満州国時代に育った母、そして中華人民共和国成立後に誕生して、文化大革命の混乱と狂気の中で青春を過ごした著者の時代までの3代の一族の歴史を冷静な目で描く。著者の両親は中国共産党の高級幹部だったが、一家もろとも文化大革命による迫害の犠牲になってしまった。両親は「思想改造」という名の下、労働キャンプに送られ、その後父親は逮捕。著者自身も農村に下放(国民を地方に送り出す政策)。しかし、農民として働きながら「野生の白鳥」として羽ばたく日を夢見続け、無資格医師や電気工などを経て四川大学に入学。文革後の1978年にはイギリスに留学して自身の道を切り開いていった。日本では93年に発売され、全世界で1000万部を超えるベストセラーに。中国では発禁処分となった。
これを読んだのは、大学生のときでした。手に取ったのは、『三国志』がきっかけになり中国の歴史が好きだったこともあるし、世界的なベストセラーになって話題だったこともあると思います。
とにかく、有無を言わさぬ社会のうねりの大きさにおいても、何もかもスケールが大きい。率直に、目の前の小さいことで悩んでいる場合じゃないな、と思ったのを覚えています。
この主人公に比べたら、いまの日本に暮らす自分たちの境遇はどれほど恵まれていて、そこで感じる悩みなんてちっぽけなものに過ぎない。視野を広げて世界を見渡し、目の前のつらさを見返したら、今、自分がやるべきことにまい進しようという気持ちに切り替わりました。
同時に、悲惨な社会を作り出してはならないという思いも強くしました。
もし自分が極限状態に陥ったら
著者の両親は中国共産党高級幹部で、何不自由ない優遇された暮らしから一転して、両親も自身も文化大革命により迫害を受けることに。お父さんは逮捕されて極限状態に陥り、精神に異常をきたしてしまい……。一方で、著者のように自分らしさを失わずに生き延びた人もいる。その違いはなんなのか。
こう言いながら、もし自分自身が極限状態に陥ったら病んでしまうかもしれません。それでも、心の持ちようで、誰にも侵されない自分らしさを保てた人がいた、ということを学びました。そう、大事な自分らしさを誰かに侵されそうになったら、気持ちを隠せばいいんだ、と。
私たちの日常は、もちろん、文化大革命による迫害ほど過酷ではありません。それでも、職場や学校で、嫌な状態や嫌な人から距離を取りたいけど、どうしてもうまく取れないときがありますよね。そういうときは、心の中に誰からも侵し切れない領域を持てばいい。そうして、その領域に閉じこもって自分を守りつつ、自分が置かれている状況を達観しながら、事態が好転するのを諦めずに待つ。
この本は、どんな状況でも自分らしさを保つことが生き抜く力になることを教えてくれました。
人生はいい本を探す旅だ
いい本との出合いは、私にとって大切なテーマの1つで、「人生はいい本を探す旅」だと思っています。
若いときには、名著集のような本を読んで、紹介されている本をしらみ潰しに読んだこともあります。本屋さんにもよく行っていました。大学時代から今現在までずっと、週2、3回のペースで行っています。もとい、通っている、というのが正しいですね。
学生時代に貧乏生活を送っていた自分にとって本を1冊買うのはそれなりの出費でしたから、何回も本屋さんに足を運んで、本当に買うかどうか吟味しました。だから、買った本はすごく時間をかけて丁寧に読みました。なかには買うかどうか迷った結果、本屋さんで読破してしまった本も(苦笑)。
最近は仕事の資料として本を読むことが多く、すっかり速読になりましたが、本を読むのは私の生活の一部で、人生の一部です。
何かを学ぼうとか、知りたいから読むのではなく、食べることや寝ることと同じ延長線上に「読むこと」がある感じです。純粋に楽しいことがあるから、読むことは欲求でもある。「第4の欲求」と言っても過言ではないかも。もし無人島に1人で行かされることになっても、本だけは持っていきたいですから。
さて、この流れでこの話はすべきかどうか、悩むところなのですが……。
合コンより読書
入社して間もない頃の話で、同期入社の勝田くん(元アナウンサーで、現在は報道局社会部にいる勝田和宏さん)がいまだによくする話なんですが、「当時、平石は合コンに誘っても来なかった。理由を聞くと『家で本を読みたいから』だった」と。
変な人だと思われますかね……。恐らく、当時の私としては、正直な気持ちをそのまま伝えただけだったんだと思います。確かに、知らない人との新たな出会いももちろん大切ですが、それは未知数で、もし目の前に読みたい本があれば、それを読んでいたほうが幸せじゃありません?
取材・文/茅島奈緒深 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子