2023年11月に逝去した作家、伊集院静さんは、ゴルファー歴47年のゴルフ愛好家だった。雑誌の取材やテレビ番組を通じて世界各地の名コースを訪れたが、その中から思い出深い22コースを、美しいコース写真と共に紹介したのが、『一生に一度旅してみたいゴルフコース』(日本経済新聞出版)。スコットランドから、ハワイ、米国西海岸、米国東海岸、再びスコットランドへと地球をぐるり一周する旅の中で、人生訓にも聞こえる数々の“箴言”(しんげん)が胸に響く。

思い出に残る世界の名門22コース

 人気作家だった伊集院静さんが2023年11月24日に亡くなった。死因は肝内胆管がん、73歳だった。伊集院さんの人生は疾風のごとく駆け抜けたものだった。妻で女優の篠ひろ子さんは「最期まで自分の生き方を貫き通した人生でした」とつづった。

 波瀾(はらん)万丈の人生だったが、最も精力を注いだのは他ならない本職の作家活動だった。1991年に『 乳房 』(講談社文庫)で吉川英治文学新人賞を受賞し、翌年に『 受け月 』(文春文庫)で直木賞を受賞してから、憑(つ)かれたように書きまくった。亡くなるまでのおよそ30年の間に上梓(じょうし)した本は100冊近くにものぼる。仕事が忙しいこともあり、当初はそれほどのめり込まなかったゴルフだが、ゴルフに人生を感じだした熟年に至ってからは大いにはまったのである。

 伊集院さんは「ゴルフは友である」と言い切る。ボビー・ジョーンズが「オールドマンパー」、パーじいさんと共にプレーしたと言ったように、伊集院さんはゴルフを擬人化して愛したのである。大概は気難しく、時に優しい人がゴルフだった。伊集院さんは忙しい合間を縫うようにして世界の名門コースを味わったが、それさえも仕事の一環にしてしまった。米国西海岸、東海岸、スコットランド、ハワイ、スペイン、最後はフランスだった。学習研究社の『パーゴルフ』で始まったゴルフの旅は、テレビ東京のゴルフ番組にまでなったのである。

 そして、それらの中から特に思い出深い22コースをつづったものが今回紹介する『 一生に一度旅してみたいゴルフコース 世界の名門22コース 』(日本経済新聞出版)である。「日本経済新聞」日曜朝刊「NIKKEI The STYLE」に2017年11月26日から2019年8月25日にわたる連載であった。

『一生に一度旅してみたいゴルフコース』で紹介する世界の名門22コースは、ゴルファーにとって聖地、奇跡のコースと呼ばれ、メジャー大会でも幾多の名場面が演じられてきた。そんな優雅で手ごわいコースへ、伊集院さんはなぜ旅を重ねたのか
『一生に一度旅してみたいゴルフコース』で紹介する世界の名門22コースは、ゴルファーにとって聖地、奇跡のコースと呼ばれ、メジャー大会でも幾多の名場面が演じられてきた。そんな優雅で手ごわいコースへ、伊集院さんはなぜ旅を重ねたのか
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ゴルフとコースに敬意を表す

 この本で紹介する世界の名門22コースは、ゴルファーにとって聖地、奇跡のコースと呼ばれ、メジャー大会でも幾多の名場面が演じられてきた。そんな優雅で手強いコースへ、伊集院さんはなぜ旅を重ねたのか。

 本書では、宮本卓ゴルフフォトグラファーの美しいコース写真と共に、伊集院さんが旅を通して感じ得たコースやゴルフへの思いがつづられている。文章は平易で読みやすく、プレーした時を夢見ているような語りであるが、伊集院節が至る所に効いていて品格ある大人の嗜(たしな)みが満ちている。

 世界の名門コースを巡った伊集院さんのプレーぶりはテレビ東京の番組『Legend of Golf 伊集院静が訪ねる世界の名門ゴルフコース』で見ることができた。当時の番組を確認すると、上品な服装をしている。伊集院さんはゴルフとコースに敬意を表していて、プレーする際は「礼節と礼儀ある服装で」と語る。ゴルフは品性が問われるスポーツであり、そのためには品格を重んじなければならないとする。ゴルファーは紳士であることが大前提と考えているのである。

 伊集院さんのスイングはオーソドックスで少しも力まずにゆったりと振る。飛ばそうといった欲は一切なく、ミスしたら嫌だといった不安も感じられない。長年ゴルフをしてきた円熟味にあふれている。「設計者の罠にははまりたくない。頭を使ってマネジメントしたい」と言うが、その通り非常にクレバーなプレーぶりである。深めの前傾姿勢からフットワークを使ってリズミカルにスイングする。インパクトでの球さばきが巧みだと思わせる。このあたりは高校・大学で野球を真剣にやってきたからとお見受けする。

『一生に一度旅してみたいゴルフコース』の本文中には、写真家の宮本卓氏の美しいコース写真がちりばめられていて、伊集院氏のエッセーと見事にマッチしている(『一生に一度旅してみたいゴルフコース』の紙面から)
『一生に一度旅してみたいゴルフコース』の本文中には、写真家の宮本卓氏の美しいコース写真がちりばめられていて、伊集院氏のエッセーと見事にマッチしている(『一生に一度旅してみたいゴルフコース』の紙面から)
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ゴルフを仕事に

 伊集院さんは山口県防府市で生まれ育った。姉の夫がプロ野球選手だった。巨人と西鉄で活躍した高橋明投手である。この義兄によって長嶋茂雄選手と知り合い、「大学で野球をやるならセントポールに行きなさい」と言われ、立教大学野球部に所属する。寮に文学全集を持ち込んだため、変わった新入部員だと思われた。肘を壊して途中退部するものの、六大学野球の新人戦などで出場を果たしている。

 野球を本気でやっていた人は、ゴルフにおいてフォームが安定し、球をミートするのがうまいことが多いが、伊集院さんも同様だったのだろう。還暦が近づいた頃から本格的にゴルフに取り組みだし、文壇ゴルフで活躍し、シングルハンデにもなったのである。

 そして、ゴルフ好きが高じて世界の名だたるコースを回りたいという夢を見るようになる。その夢を出版社とテレビ局がかなえてくれた。それまでも一個人としてプレーしていたが、名門でのプレーは様々な事柄で限界がある。それをクリアするために自ら出演してコースの歴史やホールの特徴などを語り、そこから体得したゴルフ精神を話し、それらを文章にした。趣味が仕事になった。

 それって苦しくはなかっただろうか? おそらくそれよりもまさったことがあったのだと思う。伊集院さんはゴルフを仕事にしたからこそ、真剣にコースに挑むことができたのだと私は思う。だからこそより良いゴルフ体験記を残すことができたのだ。

 本書は5つの章に分かれている。第一章が「リンクスの魅力 スコットランド」の見出しで、かつて幻のコースといわれた北の果てのロイヤルドーノックゴルフクラブから始まってセントアンドリュース・オールドコースなどスコットランドの6コース、第二章は「クジラと溶岩が主役 ハワイ」で、ポイプベイゴルフコースなどハワイの3コース、第三章は「その土地でしか誕生しない 米国西海岸」でペブルビーチゴルフリンクスなど米国西海岸の4コース、第四章は「ゴルフコースの品格 米国東海岸」と題してパインハーストリゾートなど米国東海岸を7コース、最後の第五章では「再びリンクスへ スコットランド」としてスコットランドの2コースで締めくくった。

ゴルフの聖地、セントアンドリュース・オールドコースは、第一章「リンクスの魅力 スコットランド」で紹介されている(『一生に一度旅してみたいゴルフコース』の紙面から)
ゴルフの聖地、セントアンドリュース・オールドコースは、第一章「リンクスの魅力 スコットランド」で紹介されている(『一生に一度旅してみたいゴルフコース』の紙面から)
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 ゴルフ好きの読者の皆さんはこの本で、伊集院さんの思い出と共にスコットランドと米国本土とハワイを楽しく旅していただければと思う。ただし、文章が短いだけに内容の濃さを求めてはいけない。写真も美しいが大判の本ではないだけに詳細を見ようとしてはいけない。あくまでもこの本では伊集院さんの旅ゴルフのエッセンスが書かれていると理解してほしい。

(後編に続く)

写真:スタジオキャスパー