「もし君がゴルフを愛し、人生の時間とお金が許せば、このゴルフコースを訪ねてみるといい。『ゴルフとは何か?』その素晴らしい答えを君は必ず手にするだろう」(『夢のゴルフコースへ スコットランド編』から)。2023年11月に亡くなった伊集院静さんはゴルフを友としていた。世界屈指の難コースに挑み、強風やブッシュなどの大自然に挑んだ。そんな優雅で手ごわいコースへ、なぜ旅を続けたのか。伊集院静さんの夢のゴルフ紀行を紹介する。

前編 「伊集院静さんが選んだ、一生に一度旅してみたいゴルフコース」

名門コースでのプレーがたっぷりと

 2023年11月に亡くなった伊集院静さんはゴルフを友としていた。山口県防府市の野球少年が高校、大学と真剣に野球に取り組み、肘を壊してもっぱら観戦する側に回った。それとともに社会人になってからゴルフをやり始めた。野球で培った球を捉えるセンスは抜群、還暦が近づいてから本格的に習い始めてフォームも固まって上達。文壇でも指折りのゴルファーになった。手に持つペンをクラブに替えて巧みなショットラインを描いてみせた。

 義理堅く情に厚い気骨ある作家の球筋はその生き方にも似て、本人いわく「ストレート」。その頃から世界中の名門コースを巡るようにもなり、ゆったりしたスイングから繰り出す打球はストレートだった。

 前編で紹介した『 一生に一度旅してみたいゴルフコース 世界の名門22コース 』(日本経済新聞出版)はその頃から世界中の名門コースを訪れた思い出のエッセーだった。世界中といってもスコットランド、米国東海岸と西海岸、そしてハワイの名門22コースが選ばれている。「日本経済新聞」日曜朝刊「NIKKEI The STYLE」で連載したものだったが、1つのコースにつき文字数は原稿用紙4枚ほどと短く、直木賞作家として健筆を振るってきた伊集院さんの文章をたっぷりと味わいたいのに、と思った読者は多かったに違いない。私もその1人である。

 今回紹介するのは、この本の前に書かれた『 夢のゴルフコースへ スコットランド編 』(伊集院静著/宮本卓・写真/小学館文庫/2012年7月刊)である。4分冊になっているが、世界の名門40コースのひとつひとつについて伊集院さんがたっぷりとつづったオールカラーの文庫本だ。以前に学習研究社で出した単行本を小学館が文庫にリメイクした。2012年4月に米国西海岸編が出されるや5月にハワイ編、6月に米国東海岸編、7月にスコットランド編が刊行された。

『夢のゴルフコースへ スコットランド編』(伊集院静著/宮本卓・写真)。ゴルファーにとっての聖地、奇跡のコースと呼ばれ、メジャー大会でも幾多の名勝負が演じられてきた。そんな優雅で手ごわいコースへ、なぜ伊集院静さんは旅を重ねたのか。ゴルフとは何なのか――作家にとっての答えをうかがい知ることができる1冊
『夢のゴルフコースへ スコットランド編』(伊集院静著/宮本卓・写真)。ゴルファーにとっての聖地、奇跡のコースと呼ばれ、メジャー大会でも幾多の名勝負が演じられてきた。そんな優雅で手ごわいコースへ、なぜ伊集院静さんは旅を重ねたのか。ゴルフとは何なのか――作家にとっての答えをうかがい知ることができる1冊
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 文庫のため、コース写真は小さいが350ページを超えるページの随所に宮本卓さんの美しいカラー写真がちりばめられている。さらに伊集院さんが名門コースを訪れてプレーを堪能したことがたっぷりと書かれていることがうれしい。情感豊かな伊集院節炸裂である。

 そのコースが存在する街や人の有り様、コースの歴史や雰囲気、各ホールの特徴と印象、一緒にプレーした同伴者、宿泊したホテルやゴルファーが訪れるバーなどの記述は、いずれも目に浮かんでくるようなリアル感がある。そこにはすべて一生に一度かもしれない一期一会のことを記憶にとどめたいとする伊集院さんの情熱とこだわりが通奏低音のごとく流れている。特に一緒に回ったそのときだけの同伴者への思い。外国人とのゴルフを通じての出来事の記述は無類の人物好きの伊集院さんの真骨頂である。

コース巡りではなく「コースを旅する」

 伊集院さんは大学を卒業後、CMディレクターになり、同時にコンサートツアーのプロデューサーになり、作家であり作詞家でもあった。それらのすべてに成功しているのは、人の気持ちがよく分かることに尽きると私は思っている。見る人、聴く人、読む人が何を思っているのか、何を期待しているのかが手に取るように分かる人なのである。だからこそ伊集院さんが手掛けるものはヒットする。

 そして、伊集院さんの小説もまた人の気持ちが分かるからこそ素晴らしい登場人物を生み出せていると私は思う。人の心の奥深い所が分かるからはっとさせられるのだ。それは伊集院さんのエッセーでも同様である。伊集院さんが美しい女性にもてたことも編集者に愛されたこともその才能ゆえだと信じてしまう。そしてそれはゴルフエッセーでも同様である。

 『夢のゴルフコースへ』では、街の情景や住む人たちの思い、コースの情景やプレーする人たちの思いを、伊集院さんが鋭敏に感じて見透かしてしまうところがことさら面白い。そして、さらに自分のこと。誰もが分かるようでまったく分からない自分という人間、それを「自分の鏡」と言われるゴルフによって知ろうとしたのだ。プレーをしながら自分を懸命に分析しようとする姿勢がいじらしくもあり、素晴らしくもある。

ターンベリーのアイルサコースをプレーする伊集院さん。美しい海をバックにティショット。本文中には、宮本卓さんの美しいコース写真と共に、コースの歴史やラウンド体験をつづっている(『夢のゴルフコースへ スコットランド編』本文から)
ターンベリーのアイルサコースをプレーする伊集院さん。美しい海をバックにティショット。本文中には、宮本卓さんの美しいコース写真と共に、コースの歴史やラウンド体験をつづっている(『夢のゴルフコースへ スコットランド編』本文から)
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 自分とは一体何者だろう? それを探すために世界の名門コースを回ったのではあるまいか。だからこそ、コース巡りではなく、コースを旅するとうたったのだと思う。自分探しの旅を世界の名門コースを巡る旅で果たしたいと。そしてそれは、見果てぬ夢だったのかもしれない。『夢のゴルフコースへ』は、生涯プレーできそうもない夢のコースを回れるというだけでない、自分探しの夢でもあったのだと思う。

難コースに挑むことで自分が変わる

 世界屈指の難コースに挑み、強風やブッシュなどの大自然に挑む。その日のコース、天候や季節、一緒にプレーする同伴者、自分の体調によって己のゴルフは変わる。さらに年を取ってくれば体力や筋力、視力も変わる。こうした変化によって自分が変わる。だからこそ伊集院さんはゴルフの虜(とりこ)となり、世界中の名門コースを旅したのだと思う。

世界屈指の難コースに挑み、強風やブッシュなどの大自然に挑む。そうした変化によって自分が変わる。だからこそ伊集院さんはゴルフの虜となり、世界中の名門コースを旅した(『夢のゴルフコースへ スコットランド編』本文から)
世界屈指の難コースに挑み、強風やブッシュなどの大自然に挑む。そうした変化によって自分が変わる。だからこそ伊集院さんはゴルフの虜となり、世界中の名門コースを旅した(『夢のゴルフコースへ スコットランド編』本文から)
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 『夢のゴルフコースへ』はスコットランド編で終わっているが、テレビ東京の番組『Legend of Golf 伊集院静が訪ねる世界の名門ゴルフコース』ではスペインとフランスの名門コースも訪れている。それらも本になっていればとつくづく思ってしまうのだが、果たされぬまま亡くなったのはとても残念だ。

写真:スタジオキャスパー