ゴルフにはいくつもの楽しみがある。第一は技術向上の楽しみ。第二は良いスコアが出るようになる楽しみ。第三は各地の名コースに挑戦する楽しみ。そして第四はゴルフを通して多くの友人ができる楽しみである。しかし、それ以上の楽しみは、ゴルフの歴史にまつわるもろもろの知識を深めることだ。ゴルフの起源やゴルフ倶楽部の誕生、コースの設計思想の変遷についての理解が深まれば、第三、第四の楽しみも、より味わい深いものになっていく。

前編 「ゴルフ1000年の歴史をコース設計論から振り返った本」

時代ごとに進化を遂げてきたコース設計

『コースが語る世界のゴルフ史』(大塚和徳著)。ゴルフ1000年の歴史を、コース設計・理論、人、倶楽部で振り返る
『コースが語る世界のゴルフ史』(大塚和徳著)。ゴルフ1000年の歴史を、コース設計・理論、人、倶楽部で振り返る
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 ゴルフ歴史家、大塚和徳氏は、1988年よりニットー・オーバーシーズ常務として英国の高級ゴルフリゾート、ターンベリー・ホテルの経営と「ジ・オックスフォードシャー・ゴルフクラブ」の建設に携わるなど、海外でのゴルフ経験が豊富だ。訪れた有名コースは450を超え、「世界ベスト100コース」(米国「ゴルフマガジン」誌)の選定パネリストでもあった。日本と世界のゴルフ史を、経験を踏まえて語ることができる数少ない評論家の一人だった。

 その大塚氏が、過去に活躍したコース設計家、数々のコース設計概念、歴史的に重要なゴルフコース、そしてゴルフの歴史で忘れてはならない人物などについて50のエピソードで紹介したのが本書『コースが語る世界のゴルフ史』だ。

 「書斎のゴルフ」第3回後編では、本書の第2編「時代ごとに進化を遂げてきたコース設計理論」から紹介していきたい。ここでコース設計家の具体的な設計が明らかにされる。まずは「戦略型設計」を理論化&実践したジョン・ローとハリー・コルトで、一つのホールに複数の攻略ルートを存在させる手法だ。

 「コースはプレーヤーの知恵とリスクのコンテスト」とローは言う。「個性的なコースを造り、人真似はしない」も彼のコンセプト。コルトは「ゲームは面白くなければ意味がない」とし、ワンオンできる短いパー4を造り、真向かいのアゲンストホールは造らず、また上り坂は斜めになるように、風は毎ホール変わるなど、プレーが楽しくなるホールを編み出した。

「近代コース設計の父」ハリー・コルトの第1作。イングランドにあるリンクスコース、ライGC(ゴルフクラブ)7番のパー3、風の影響が強い難ホール(写真/『コースが語る世界のゴルフ史』より)
「近代コース設計の父」ハリー・コルトの第1作。イングランドにあるリンクスコース、ライGC(ゴルフクラブ)7番のパー3、風の影響が強い難ホール(写真/『コースが語る世界のゴルフ史』より)
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 マスターズの舞台、「オーガスタ・ナショナルGC」を設計したアリスター・マッケンジーは「戦略型設計」を推し進め、ティからグリーンへの最短ラインである“beeline(ビー・ライン)”にハザードを置く。“beeline”とは本能的に最短ラインを飛ぶ蜜蜂のライン。リスクと報酬をプレーヤーに与えるルートだ。これは伝説のゴルファー、ボビー・ジョーンズの思想と一緒だった。

 全英王者のジェームス・ブレイドはバラエティに富んだ18ホールを造り出した。グリーンはハザードにガードされる、グリーンの大きさはグリーンを狙うショットの長さに応じる、グリーンの形状は皿形、砲台型、2段グリーンなど多彩にすることで、何度プレーしても飽きないコースを生み出した。

 「米国ゴルフの父」と呼ばれるチャールズ・マクドナルドはセントアンドリュース大学に留学し、ゴルフプレーとゴルフコースを学び、アメリカに戻って「ナショナルGL(ゴルフリンクス)」を設計・建設。英国の名コースの名ホールのエッセンスを自分流に応用した。

 バンカーにこだわり、すべてのバンカーは意味のあるものとし、妙味を加えた。「サイプレスポイントC(クラブ)」はアリスター・マッケンジーが設計し、ロバート・ハンターがサポートしたが、ハンターも名設計家である。名コースにふさわしい用地選びや、土壌と気候に適正な芝、クラブハウスの位置など、コース造成の要点を考えた。ブレイドもそうだが、当時はパー5のホールは2つで、パー70のコースを造った。

「米国のゴルフの父」チャールズ・マクドナルド。全米アマの初代覇者でもあった(写真/『コースが語る世界のゴルフ史』より)
「米国のゴルフの父」チャールズ・マクドナルド。全米アマの初代覇者でもあった(写真/『コースが語る世界のゴルフ史』より)
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 筆者がすごいとうなったのはジャック・ニクラウスの設計だった。彼の設計論は“Visibility(可視性)”と“Containment(ボールの保留性)”を重視している。つまり、打球がよく見え、打球は紛失することなくとどまる。これが楽しいゴルフになるという理屈だ。このことはボビー・ジョーンズも同様だった。具体的なニクラウスの設計論、ティからフェアウエーやハザード、グリーン形状などの考え方はこの本を読んで理解してほしい。

世界のゴルフ史に残る記念碑的名コース

 世界中のコース、特にスコットランドのリンクスに魅せられた大塚氏ゆえに、第3編では、筆者の知らないリンクスが多数紹介されていて、ことのほか興味深かった。まずは「ノースベリックGC」の15番パー3の“レダン”は世界中のコースで模倣された名ホール。レダンとは、グリーンが斜めの縦距離のない形状で、さらにグリーン前にハザードが効いているというもの。常に正確な距離感が要求されるレイアウトで、まさに「オーガスタ・ナショナルGC」の12番である。

 この他、16番の“ゲート”や18番の“ポイントガリー”など、わくわくもののホールが続く。願わくば他のゴルフコースもそうだが、名物ホールの写真がこの本でたくさん見られたらなおさら良かったと思う。ちなみに筆者はネット検索して、それらのホールを見て楽しんだ。

 また、オールド・トム・モリスが各ホールを形作った「プレストウィックGC」は筆者も行ったことがあるが、鉄道がコースに沿って走るという個性的なもの。1番は駅のプラットホームがギャラリースタンドのようになったユニークなスターティングホールである。3番の“カーディナル”、5番の“ヒマラヤ”、10番の“アラン”も名物ホール。さらに16番の“カーディナルバック”はドライバーショットでワンオン可能なパー4であり、昨今の全米オープンでこれを取り入れ、ティを前に動かすことで試合を面白くしている。

 この他、「ロイヤル・ドーノックGC」や「クルードゥンベイG&CC」、「マクリハニッシュGC」、「サザーネスGC」など、どれもこれも垂涎(すいぜん)のコース。ゴース(ハリエニシダ)の黄色の花やヘザーの紅(あか)い花で丘が染まる夏に訪れたいと熱望した。

 大塚氏が紹介するイングランドの知られざる名リンクスもプレーしたいもの。「ウォラシーGC」、「ロイヤルウェスト・ノーフォークGC」、「ロイヤル・ノースデボンGC」などには、名物ホールだけでなくコース自体に物語が存在する。オックスフォード大とケンブリッジ大のゴルフ部がホームコースとしている「ライGC」は夏坂健氏(連載第2回 「夏坂健 ゴルフがますます好きになる極上の物語」 参照)のコラムにも出てきそう。「ロイヤル・シンクポーツGL」は全英オープン開催コースになっておかしくないと大塚氏は太鼓判を押す。

 世界最古の倶楽部、「ジ・オナラブル・カンパニー・オブ・エジンバラ・ゴルファーズ」が本拠とする「ミュアフィールド」はフリーメイソンが造ったコース。ロンドン近郊で唯一の全英オープン開催コースである「ロイヤル・セントジョージズ」にも物語がある。筆者が目を見張ったのはスコットランド王が1608年に創設したという「ロイヤル・ブラックヒースGC」である。「エジンバラ」の創設は1744年だからそれより100年以上も前に当たる。

 アメリカでは「ナショナルGC」に始まって、大塚氏の推しコースが紹介される。「パインバレーGC」の歴史、「ペブルビーチGL」や「パインハーストGC」の変遷も明らかにされる。英国に戻ってハリー・コルトの作品的コースや設計家のロバート・トレント・ジョーンズ家のコース造りも面白かった。

ゴルフを変質、「ガタ・パーチャ・ボール」

 第4編は「コース論から離れて」と題して、ゴルフ史上の人物や事柄が書かれている。「ガタ・パーチャ・ボール」の出現、プレーヤーとしてもコース設計家としても傑出していたホーレス・ハッチンソン、『種の起源』で進化論を発表したチャールズ・ダーウィンの孫のバーナードのゴルフ文筆活動など、興味深いネタばかり。

 アメリカゴルフを隆盛させたビジネスマン、アレックス・フィンドレイ、強かったのに評価されない全米王者のジョン・マクダーモット、全米オープンとアマを同年に制したチック・エバンス、ウォルター・ヘーゲンとジーン・サラゼン、アーノルド・パーマーと彼を大金持ちにした敏腕弁護士マーク・マコーマックなどの話も面白い。さらにはゴルフとオリンピックや名門ゴルフ倶楽部のしきたりなど、筆者も知らないことが多かった。

 ただ、ゴム状ボールの始まりとなった「ガタ・パーチャ・ボール」の出現に関しての大塚氏の記載は、筆者が読んだ『TOMMY’S HONOR』(オールド・トム・モリス物語。邦訳なし)の記載とは事実が異なっている。大塚氏によれば当時のセントアンドリュースのプロであったアラン・ロバートソンがガタ・パーチャを取り入れたように書いているが、『TOMMY’S HONOR』では、アランはフェザリーボール(羽を詰めた革のボール)メーカーでガタ・パーチャを“filth(汚物)”といって毛嫌いし、これを使用した弟子のトム・モリスを追放したと書かれている。

 また、ゴルフだけでなく野球の才能もあったウォルター・ヘーゲンは、メジャーリーグチームのキャンプに出かけたが入団に至らず、故郷へ失意の帰還をしたと大塚氏は書いているが、これは『ウォルター・ヘーゲン物語 ヘイグ自ら語った反骨の生涯』(大澤昭一郎訳/文芸社)でヘーゲン自ら、メジャーリーグから誘いは受けたが、全米オープンに勝ってしまい断ることになったと記している。

 ジーン・サラゼンについては、バイオリン弾きのユジェニョ・サラチェニのホールインワンを記事で読み、サラゼンが自分の名前を変えたと大塚氏は書いているが、これも『サラゼン・ウェッジ』(戸張捷訳/小池書院)の中でサラゼン自ら、ホールインワンをしたのは自分であり、それが新聞記事として自分の名前が載ったときに、バイオリニストや教師の名前のように感じて「ジーン・サラゼン」に改名したことを述べている。

 『書斎のゴルフ』の編集長を20年以上もやってきた筆者は、ゴルファーの偉人伝をこれまで数多く読んできた。もしもこの『コースが語る世界のゴルフ史』の改訂版を出版する機会があれば編集に携わり、大塚氏の遺志を引き継ぎ、訂正すべきところは修正していきたいと考える。

 また、本書には英国とアメリカの数々の名コースが登場するが、読者がどこにあるのかが一目で分かるようにこの2カ国の地図を付けて、所在地を明確にするべきだと考える。コース名だけでなく、開場した年月日や原設計を行った人、改造に携わった人の名前も列記されていたら読みやすかったに違いないと思った。

 日本ではゴルフ書の数は多いが、ゴルフを味わい深いものにしている、コースそのもの、設計概念、名設計家にスポットを当てた一般ゴルファー向けの書籍は非常に少ない。ゴルフの歴史を知らずともゴルフはできるが、その歴史とコース設計概念を理解すれば、プレーは何倍も楽しくなるだろう。ゴルフ前夜、オフにじっくり読みたい1冊だ。

自然と闘い、大地と遊ぶ。だから、ゴルフは奥深い!

ゴルフは歴史を知れば、もっと楽しくなります。本書では、偉大なコースを築いた名匠たち、時代ごとに進化を遂げてきたコース設計理論、ゴルフ史に残る記念碑的な名コースを50のエピソードで振り返ります。貴重な写真も入った豪華保存版。

大塚和徳著/日本経済新聞出版/3520円(税込み)