今、「イノベーション」は重要かつ必要な時代なのに、多くの人が「イノベーション」とは何なのかをよく理解していません。今こそ、「イノベーション思想を生み出した父、ヨーゼフ・シュンペーター」のオリジナルな考えを知るべきだ、と語るのは一橋ビジネススクール教授の楠木建さん。ビジネス書や経営書の最強の読み手としても知られる楠木さんが、新刊 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 を読み解きます。
100年以上前、29歳の若さで「イノベーション」という概念を創造したシュンペーター。この偉大な経済学者の遺産を今日的な文脈に置き直して解読する。とにかく読みやすい。考察の対象が知的巨人であるだけに、かなりの分量のある本だが、一気に読んだ。
多くの人は、イノベーションという概念を誤解している。「イノベーションは0→1の創造」「変革を進めるためには両利きの経営が必要」「新たな機会を捉えリスクを取るのが企業家の役割」――こうした言説はいずれもシュンペーターの説くイノベーションとは似て非なるものだ。イノベーションの重要性と必要性が広く認識されている今こそ、シュンペーターのオリジナルな定義と議論に立ち戻るべきだ、と著者の名和高司氏は言う。
第3部「資本主義の先を見る」はとりわけ考えさせられる。一貫して資本主義の本質を見据えたシュンペーターは、名著『資本主義・社会主義・民主主義』で資本主義の終焉(しゅうえん)を予想した。イノベーションをエンジンとする資本主義はその成功故に自壊し、徐々に社会主義にシフトするとシュンペーターは考えた。
カール・マルクスが亡くなった1883年にシュンペーターは生まれている。経済を「機械」ではなく「生き物」として捉え、動態的に分析し、結果的に社会主義への移行という結論に至る――シュンペーターとマルクスには共通点が多い。しかし、決定的な違いがある。マルクスはヒトを労働力として捉えた。これに対して、シュンペーターはヒトを知力の源泉と見なした。外的な力による革命は必要ない。資本主義はその内在的なメカニズム故に社会主義へと自然に移行する、とシュンペーターは言う。
著者の答えは「志本主義」。資本主義が曲がり角にある今、改めて個々の経済主体の「志」が問われている。すなわち、シュンペーターの初期の著書『経済発展の理論』への回帰だ。