医療へのICT(情報通信技術)活用のトップを走っていた2018年に突如重症のギラン・バレー症候群を発症し、四肢の自由を失った東京慈恵会医科大学の医師、高尾洋之准教授。高尾医師が闘病の過程で得たデジタル機器の活用ノウハウを、体験を交えて詳細に解説した 『闘病した医師からの提言 iPadがあなたの生活をより良くする』 を、シリコンバレーと日本で、スタートアップと大企業のオープンイノベーションを支援する外村仁氏が世界最速書評を記した。

 突然罹患(りかん)したギラン・バレー症候群により体も指も動かせなくなった現役のお医者さんである高尾洋之准教授。『闘病した医師からの提言 iPadがあなたの生活をより良くする』は、高尾医師が闘病しながら会得した「アクセシビリティ」の活用法を克明に解説した、恐らく世界で初めての本である。病気にかかる前から著者はiPadに精通していたが、それでもiPadの助けを借りて生活や仕事をこなせる状態になるまでに気の遠くなるような試行錯誤があった。そうして得た知見がぎっしりとまとめられている。

 「アクセシビリティ」といった文字をiPadやiPhoneの設定画面で目にした人は少なくないはずだ。多くの人が見るだけで素通りしていただろうが、本書を読むとこの機能が体の不自由な人を支援するだけのものではないと分かる。最新のiPadやiPhoneには「人間の可能性を拡張するさまざまな仕組み」が隠されている。これから長きにわたって役立つはずのこれらの仕組みや活用法を、本書で今知っておくのに損はない。

 実は私と家族もiPadのアクセシビリティ機能に助けられた経験がある。緩和ケア病棟に入院した母はコロナ禍により地元に暮らす家族とすら面会できなくなった。突然孤独となった母のために散々試行錯誤し、地元の家族や海の向こうに住む私たちと、iPadを使っていつでもお互いの顔を見ながら話せるようにする方法を発見した。iPadには手が動かせない母でも家族からの通話を自動着信できる仕組みが備わっていた。病院の理解の下、母のベッドのそばにiPadを備え付け、1日に何度もお互いの顔を見ながら好きなだけ話せるようになった。そのことが、母の最後の数カ月のQOL(Quality of Life)を圧倒的に豊かにし、家族も悔いの残らない最後の時間を過ごすことができた。

 「技術は人間の生活を幸せにするために存在する」と私は言い続けてきた。本書の多くの体験談を通じてそれが事実だと改めて実感できる。本書に詰め込まれた知識はあなたや家族の役に立つだろう。だが、それだけではもったいない。恐らくはあなたの身近にもいる「少しの助けがいる人たち」に、ちょっとしたアドバイスをするために本書で得た知識を使ってほしい。そうすればその人たちを今より少し幸せにしてあげられる、そういう本でもある。iPadやiPhoneを今使っている人たちはぜひ目を通して、周囲に幸せを分けるきっかけにしてほしいと思う。

<評者> 外村仁(ほかむら・ひとし)
 1963年生まれ。サンフランシスコ在住。東京大学工学部卒業後、戦略コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーからアップルコンピュータ(現アップル)に転じた。アップルを休職して陸路ヨーロッパに渡り、スイスのIMD(国際経営大学院・ローザンヌ)でMBAを取得した後の2000年、米シリコンバレーに移住。ストリーミング技術のベンチャー企業を共同創業・1200万ドルの資金調達から売却までを経験。2010年からはエバーノートジャパン会長を務めた。
 2016年にフードテックのイベント 「Smart Kitchen Summit Japan」 を共同で開始。2020年秋には 「Food Tech Studio – Bites!」 を創設し、日本の大手食品メーカーと世界のスタートアップによるオープンイノベーションを推進している。
 米スクラムベンチャーズ、米オール・タートルズ、米mmhmmなどでアドバイザーを務める。総務省「異能vation」プログラムアドバイザー。 『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』 (日経BP)の執筆と監修を務める。 『モダンエルダー 40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方』 (チップ・コンリー、同)、 『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』 (カーマイン・ガロ、同)などで解説を担当。