職場の雰囲気がギスギスしている、人が次々と辞めていく、組織のパフォーマンスが落ちている……。人手不足を背景に、日本企業が直面している組織づくりの問題に、気鋭の組織開発コンサルタントが切り込む書籍が、新刊『 「働く」を問い直す 誰も取り残さない組織開発 』(勅使川原真衣著、日経BP)だ。独立研究者で著作家の山口周さんが、本書の魅力を解説する。

 能力のある人が高い地位につき、高い報酬を得るのは当たり前だ……この文章を読んで特段の違和感を覚えないのであれば、あなたもまた「能力主義の呪い」にかかってしまっています。

 「呪いとはなんと古風な」と思われるかもしれませんが、「呪い」は「人から思考や行動の自由度を奪う言葉」ですから、SNSが普及した現代ほど「人事や組織に関する呪い」が飛び交っている時代はありません。

 本書は、この「能力主義の呪い」を解こうとする投げかけです。呪いにかかった人の脳は「認知のゆがみ」を抱えているので、その呪いを解くための「つきもの落とし」もまた言葉でなされます。優秀なコンサルタントやカウンセラーは「現代の陰陽師」なのです。

 しかしでは、この呪いはどのように解けるのでしょうか? 著者はこの呪いの本質的な虚構性について指摘します。曰く、そもそも、私たちのほとんどは組織に所属して仲間と一緒に仕事をしているわけで、成果や業績を個人の資質や能力に正確に還元することは不可能だ、と。まったくその通り。しかし、ではなぜ、このような歪んだ考え方が世界に広がったのでしょうか?

 現代の社会にまん延している「個人主義」や「能力主義」は、ある特定の宗教的世界観を背景にしています。それはプロテスタント的個人主義です。プロテスタントの倫理は、神と個人との直接的な関係を重視し、他者や教会の仲介を不要とします。その結果、信仰の誠実さや神への献身は、個人の勤勉・節制・努力といった行動によって可視化されると考えられました。この考え方が資本主義とともに世界に広がったことで、「個人主義」「能力主義」もまた世界へと広がりました。

 しかし一方で、日本が、キリスト教徒の人口比率が世界で最も低い国の一つであることを考えれば、このような世界観に基づいた組織や人事がいつまでもギクシャクとして機能しないのは当然だとも言えないでしょうか。そもそも、私たちが日常的に使っている「個人」という概念すらもともと日本には存在せず、明治の開国期に入ってきた「Individual」という概念に「個人」という言葉を無理に当てたものです。

 トランプ大統領率いるアメリカが覇権国の立場を降りると宣言している今、あらためて「私たち日本人らしい組織や人事のあり方」を考えなければいけない時期に来ているように思います。「能力ではなく持ち味へ」「個人ではなく関係へ」……本書が様々な示唆を与えてくれることと思います。

<評者> 山口 周(やまぐち・しゅう) 独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年東京都生まれ。慶応義塾大学大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、コーン・フェリー・ジャパンなどで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。現在、ライプニッツ代表。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)など。