最新の経済学は、米グーグルや米アマゾン・ドット・コムをはじめ、多くの米国企業で導入されています。しかし日本に目を向けてみれば、直感や場当たり的、劣化コピー、根性論で進められている仕事も少なくありません。なぜ米国企業は、経済学を積極的に採用しているのか。本当に経済学はビジネスの役に立つのか。役立てるにはどうしたらいいのか。 『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』 から一部を抜粋し、著者の1人、安田洋祐氏がビジネスと経済学の掛け合わせによる新しい可能性を探ります。2回目は、経済学による、需要分析と利益最大化について。

「付加価値を上げる? コストを下げる?」

 さて、突然ですが、質問です。会社の利益を増やす方法を「2つ」答えてください──そう聞かれたら何と答えますか。いうまでもなく、利益は売上からコストを差し引いたものです。数式として書くと次のようになります。

  利益 = 売上 − コスト …【利益①】

 利益を増やすためには、売上を増やすかコストを減らすか(または両方を同時に行うか)しかありません。前者はよりよい製品やサービスを送り出して多くの人に買ってもらうこと、後者はオペレーションを効率化して諸経費を削り利幅を増やすことに対応します。

 つまり、商品の「付加価値を高める」か、それとも生産にかかる「コストを下げる」か。この2つは、会社が利益を増やすための基本戦略ともいえるでしょう。

 では現実問題として、世の中の企業はどちらの戦略をとることが多いのでしょうか。結論からいうと、「コストを下げる」を選ぶ企業が圧倒的に多いはずです。なぜなら、コストの削減というのはいままでと同じ製品、いままでと同じ売り方のままでもできることだからです。投資や努力、カイゼンなどによってコストを引き下げることに成功すれば、その効果がそのまま利益として跳ね返ってくるのです。

 例えば、1個当たり800円の経費をかけて生産し、定価1000円で売っていた商品があるとします。製造・流通過程の至るところで「鬼のコストカット」を断行して、700円でつくれるようになったとしましょう。この商品を同じ定価1000円で売れば、200円だった利幅が300円になりますよね。この差し引き100円分は、コスト削減と同時に確実に実現する利益となります。

 これに対して、よりよい商品を生み出して多くの人に買ってもらうというのは、いうほど簡単ではありません。自信をもって売り出した製品やサービスが、箸にも棒にもかからなかった……。企画開発系の仕事に携わるビジネスパーソンであれば、誰しも経験があるはずです。せっかく優れた商品やサービスをつくり出しても、あるいは「つくり出した」という手応えを感じても、それがきちんと売れなければ利益は増えません。

 付加価値の創造というのは、コストを下げる場合と違って、利益の改善までに時間がかかり、不確実性も高いのです。付加価値と利益との間には、この意味で大きなギャップがあることが分かります。

 言い換えると、すぐに成果が出るコスト削減に対して、付加価値の向上は利益につなげるまでのハードルが高い。結果的に、「まだ見えない商品を新たにつくる」よりも「いま見えているコストを減らす」ほうが取り組みやすいのです。

 逆に考えると、付加価値を高めるような投資や取り組みを企業内で加速するためには、「付加価値向上→利益増」を妨げているハードルを引き下げる後押しが必要となります。この点にも、実は武器としての経済学が役に立つことを、次にご紹介しましょう。

利益を増やす「第3の道」を探る

 利益を増やすためには、「付加価値の向上」と「コストの削減」という2つの方法があることを見てきました。実は、これらとは全く異なる、利益を増やす第3の方法があります。正確にいうと、多くの企業にとって「利益を増やせる可能性が高い」別の方法があるのです。それをお伝えする前に、まずは次の質問にお答えください。

 「利益を増やすためには、売上ができるだけ大きくなるように値付けを行うべきである」 この主張は正しいでしょうか、それとも間違っているでしょうか。

 先ほどの【利益①】を思い出すと、利益は売上とコストの引き算ですので、売上を最大にすることで利益も最大化されるような気がするかもしれません。しかし、この質問の答えは「間違い」です。その理由を説明するために、【利益①】を、もう少し詳しく書き直してみましょう。それが次の数式になります。

 利益 = (価格 − 平均コスト) × 販売量 …【利益②】

 この【利益②】は、価格と販売量が明示されているのが大きな特徴です。カッコの中身が商品1つ当たりの利幅(以降は「マージン」と呼びます)で、それにトータルの販売量をかけると利益が求まる、というわけですね。

 利益と同様に、売上も価格と販売量のかけ算として次のように表すことができます。

 売上 = 価格 × 販売量 …【売上】

 一般的に、ほとんどすべての商品は、価格が上がると需要は減ることが知られています。これは「需要法則」と呼ばれ、経済学における最もシンプルかつ普遍的な法則のひとつです。つまり、価格が上がると販売量が減るわけです。これは、【売上】の式において、「販売量の減少に伴うマイナス」を、「価格の上昇というプラス」が上回らない限り、両者のかけ算である売上が増えないことを意味します。

 具体的な数値例を用いて考えてみましょう。いま、ある商品の価格を10%上げることで販売量が20%減ったとしましょう。価格が1000円のときには1万個売れていた商品が、価格を1100円に値上げすると8000個しか売れなくなってしまった、という状況をイメージしてください。このとき、売上は1000万円から880万円へと、120万円も減ってしまいます。実に12%減です。売上を増やすという観点からは、値上げは望ましくない状況であることが分かります。

 ところが、売上が減る一方で、利益は増える可能性があるのです。これはいったいどういうことなのでしょうか。

 いま、商品1個当たりの平均コストが800円だとします。先ほどの【利益②】に、値上げ前と値上げ後の価格、平均コスト、販売量を当てはめて計算すると、利益はそれぞれ次のように求まります。

 ・値上げ前の利益 = (1000 − 800)円 × 10000個 = 200万円

 ・値上げ後の利益 = (1100 − 800)円 × 8000個 = 240万円

 いかがでしょうか。値上げによって利益が200万円から240万円へと、確かに20%も増加していることが確認できるでしょう。一見すると不思議な現象が起きている理由は、マージンの大幅な上昇にあります。値上げ前の200円から値上げ後の300円へと、マージンが一気に50%も増加しているのです。これが、販売量が1万個から8000個へと20%も落ち込んだにもかかわらず、利益が増えたカラクリです。

 以上の計算は説明のために用意した架空の数値に基づいたものですが、値上げや値付け(プライシング)の潜在的なパワーを実感された方も多いのではないでしょうか。

売上か利益か、最大化したいのは?

 さらに、需要分析からは次のような一般的な教訓も得ることができます。

〈教訓〉利益を増やすためには売上を犠牲にするほど積極的に値上げすべし!

 もちろん、すでに十分高い価格を付けているような企業は、さらに値上げする必要はありません。また、どの程度の値上げが最適なのかは、企業や商品の置かれた状況によって異なります。

 この〈教訓〉のポイントは、仮に値上げを行ったとしても売上が下がらないような価格水準というのは、利益を最大にする価格と比べて例外なく低すぎる、つまり決して最適にならないという点です。この意味で、「利益を増やすためには、強気の値上げが欠かせない」と解釈することもできるでしょう。

 ひょっとすると、日本経済がなかなかデフレの罠(わな)から抜け出せない理由のひとつは、こうしたプライシングの重要性が理解されていない、つまり需要分析が多くの企業にとって武器になっていないからかもしれません。

 この仮説が正しいかどうかは分かりませんが、自社の製品やサービスが直面している需要を精緻に予測し、プライシング戦略を見直すだけで、(付加価値向上やコスト削減がなくても)利益を改善できる可能性があるのです。

 余談ですが、市場に関する公開情報や顧客のデータから需要予測を行っているのが、統計学や計量経済学(エコノメトリクス)を修めたデータサイエンティストたちです。プライシングだけでなく、ウェブサイトのデザインや広告の送り方など、売り方・伝え方を変えたときに潜在的なカスタマーの需要がどう変化するのかを彼らは精緻に分析しています。

 近年では、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表される米国の大手IT企業が、こぞってデータサイエンティストを採用しています。アマゾンでは、経済学博士号をもつ専門家だけでも、100人以上も採用しているといわれています。こうした動きは、需要分析に代表されるデータ分析が、いかに武器として活用されているかを物語っているでしょう。

「経済学×ビジネス」で未来は明るい!

 ここでは、より幅広いビジネスに活用することができる武器として、「需要分析」について、少し大胆に大風呂敷を広げてお話ししました。わたしの専門分野でもあるマーケットデザインでも、あるいはそれ以外の経済学の分野でも、現実のビジネスや生活に役立つサイエンスの蓄積が進んでいます。

 人は「よいものさえつくれば自然に売れる」と考えがちです。職人気質が美徳として尊重されている日本では、ことさらこのムードが強いかもしれません。しかし、よいものがつくれても、人に知ってもらわないと世に存在しないのと大差ありません。だから宣伝や広告、マーケティングが大切なわけです。

 専門家による研究はその性質上、専門家以外の人が簡単に理解したり、使ったりすることができません。だったら、わたしたち専門家は、受け身で使い手を待っているのではなく、できるだけ使いやすい武器へと加工して、使ってくれる人のところへ、自分から届けに行けばよいと思うのです。

 経済学者のみなさん、武器を磨いてビジネスの世界に飛び込んでみませんか? ビジネスパーソンのみなさん、専門家とのコラボを一度はじめてみませんか? 日本で「経済学×ビジネス」のすてきなマッチングが広がることを願っています。

米アマゾンは100人を超える経済学者を直接雇用している(写真:Sundry Photography /Shutterstock.com)
米アマゾンは100人を超える経済学者を直接雇用している(写真:Sundry Photography /Shutterstock.com)
「経済学のビジネス実装」第一人者の経済学者&実務家が贈る
「現場で使える」ビジネス教養


「経済学は、ビジネスとは別もので、役には立たない」と思い込んでいませんか?
実は、最新の経済学は、マーケティング、データ分析、財務管理などの限られた分野だけでなく、商品開発や企画立案、販売戦略、ESG(環境・社会・企業統治)対策、さらには、日ごろの会議、SNSの新しい活用などあらゆるビジネス現場で活用できる段階に達しています。

経済学がどのように役に立つのか?
実際にどう使えばいいのか?

気鋭の経済学者5人[安田洋祐氏(1章)、坂井豊貴氏(2・6章)、山口真一氏(3章)、星野崇宏氏(4章)、上野雄史氏(5章)]と、ビジネスにすでに経済学を実装している実務家[今井誠氏(終章)]が語る、「ビジネス×経済学」の決定版です。