KPI(重要業績評価指標)やKGI(重要目標達成指標)、OKR(目標と主要な成果)、売り上げなど、ビジネスでは様々な指標を用いて目標管理がなされています。しかし、経済学の視点で見ると、多くの日本企業では、そうした指標によって、かえって業績が悪化しているといいます。なぜ指標の導入が業績悪化を招くのか、企業が成長していくためにはどの指標を用いるべきなのか。新刊 『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』 の著者で経済学者の星野崇宏氏と安田洋祐氏が、経済学のビジネス実装に取り組んできた自身の経験から語ります。対談第1回は、「利益よりも指標が優先されている現場の不思議」について。

「利益を高める」決意と覚悟があるか

安田洋祐氏(以下、安田氏):ファッションに「はやり廃り」があるように、企業のマーケティングにもはやり廃りがありますよね。熱心な経営者ほど、「今は○○理論だ」「これからは○○組織だ」とはやりのマーケティング理論を追いかけているようにも見受けられます。

 星野さんは、共著『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』で、「日本のビジネス界は、利益につながらないようなコンセプトをむやみに弄んでいるところがあるのではないか」という問題提起をされています。

星野崇宏氏(以下、星野氏):企業は営利目的の組織である以上、一番重要なのは「利益」であるはずです。にもかかわらず、利益という観点からビジネスを最適化しようとしている企業は少ない。

 その代わりに何やら中間的なコンセプト――例えばKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)や利益以外のKGI(Key Goal Indicator=重要目標達成指標)を設けたりしています。それぞれのKPIやKGIを上げることが利益を増やすことにつながるのかどうかを分からないまま、適当に決めた基準の達成が自己目的化し、有意義なことをしている気になっているんです。だから利益が上がらない。多くの日本企業が、そんな罠(わな)に陥っているように見えます。

安田氏:利益以外の中間的なコンセプトで満足してしまっているということですね。

星野氏:はい。流行しているコンセプトを何となく取り入れてはうまくいかず、また別の流行の概念を取り入れては、またうまくいかない……、ということを日本のビジネス界は繰り返している印象です。

 もちろん、利益以外は全部無視していいと言いたいわけではありません。ただ、中間的な指標がそもそも利益に相反しているケースも多い。いろいろな試みをしても中途半端に終わってしまいがちなのは、そのあたりに原因があるのかなと思います。

安田氏:「試みが中途半端に終わっている」というのは、具体的にはどういうことでしょう。

星野氏:例えば最近、日本で流行している「ネットプロモータースコア(NPS)」という手法があります。もともとは顧客生涯価値という利益観点の経済学理論の裏付けのあるコンセプトなのですが、コンサルタントが“オリジナル”の名前を付けて売り出す過程で、「利益追求」という観点が抜け落ちた簡易バージョンになってしまいました。

安田氏:キャッチーで分かりやすい部分だけが切り取られているんですね。

星野氏:そうです。本来、「その顧客が今後、どのくらい自社に『利益』をもたらしてくれるか?」が顧客生涯価値ですが、さらに「その顧客が他の顧客に推奨してくれるか?」という観点が加わったものが、学界では提案されていました。その顧客がもたらしてくれる利益を総合的に測ることができるというものだったんです。

 ところが日本では「他者にお勧めしたい度合い」という部分だけが切り取られて、「他者にもお勧めしたい度合いが10段階中7段階以上の人が多ければ合格」といった安易な形で採用されている。

安田氏:背景には「利益」という観点があったのに、その一番肝心なところが見過ごされて、都合よく切り取られてしまったわけですね。

星野氏:これはほんの一例です。もともとは企業の「利益を高めるんだ」という決意と覚悟の下で論じられていたものが、分かりやすい部分、ウケやすい部分だけが切り取られて、日本に持ち込まれているケースがとても多い。もともとの戦略や手法がどれだけ優れていても、利益という視点が欠けた状態ではうまくいきません。

安田氏:「利益を高めるんだ」という決意と覚悟ですか。確かに、多くの米国企業には、ベースとして利益への強い目的意識があるように感じます。日本は残念ながらそうではない分、ウケやすいところを集めた簡易版になってしまうのかもしれませんね。

海外発の「最新手法」は、なぜ危ないか?

安田氏:関連して、以前、経営学者の稲水伸行さんから伺った印象に残る話があります。「日本や欧州で導入される経営理論の多くはメード・イン・アメリカだが、なかには、日本企業を元ネタとして構築された理論もある」という指摘でした。トヨタ自動車の「カイゼン」などはその代表例でしょう。

 米国の企業の大多数は圧倒的なトップダウン型です。いかにボトムアップで現場の声を吸い上げるかということが1980年代の日本企業の事例を基に研究され、新たな経営理論が構築されました。従来の米国企業に足りなかったものを、日本企業のあり方を参考にして補ったわけですね。

星野氏:にもかかわらず、日本人はそれを「最新の理論」として輸入しようとする。

安田氏:そうなんです。「最先端の米国式を学ぼう」とばかりに導入すると、実はすでに実践してきたことを、よく分からない横文字を使って学び直す、といった非効率が起こりかねません。

 こうした輸入が有効な場合もあるかもしれませんが、むしろ日本企業に足りていないのは、逆に米国企業ではすでに実践されてきたトップダウンの意思決定や、それこそ「利益」という単一指標でビジネスを考えることでしょう。稲水さんは、はやりの横文字の「○○理論」や「○○組織」に飛びつくことに警鐘を鳴らしていて、私も大きくうなずきました。

星野氏:海外で構築された理論を、何が必要で不要かと考えずに無条件にすべてを受け入れようとするのも問題ですね。

安田氏:都合よく切り取ってもダメ、無条件にすべてを受け入れようとするのもダメ。だからといって海外から学ぶものはないと考えるのは行き過ぎですが、経営学の全体像を俯瞰(ふかん)して、利益を上げるために必要なものを見極める見識が、特に経営陣には求められますね。そうでないと、安易に飛びついたコンセプトを部下に押し付けて、かえって社内のモチベーションを下げてしまうということが起こりかねませんから。

星野氏:最近だとDX(デジタルトランスフォーメーション)でそういう問題が生じていますね。

安田氏:確かにここ数年、どこを向いてもDX、DX と騒がれていますが、その内実はちょっと疑問ですね。

 本来DXは、組織やビジネスの変革(トランスフォーメーション)を伴うデジタル化、あるいは変革を促すデジタル化を指すキーワードだったはずです。にもかかわらず、いつの間にかデジタル技術の導入自体が目的化してしまい、DXの精神に反する「変革なきデジタル化」が横行しているようにも感じます。

星野氏:やはり利益という単一指標をもって、何のために、どこをDXすると最も費用対効果が高いかということを考えなくてはいけません。DX化にも優先順位があるはずで、最も利益貢献が高いDX化は何なのかを考えれば、ただのコストカットの守りのDXより、新規事業での攻めのDXを先に行ったほうがいいことになるかもしれません。

 ところが多くの企業では「はやりのDXに乗り遅れるな」という浅はかな捉え方をしたために、本当にDXにコストをかけるべきところにかけられなかったりして、結局、うまくいかなかったというのはよく聞く話です。AI(人工知能)の導入でも似たようなことが起こっているのではないでしょうか。こうした、本質を無視した「コンセプトの独り歩き」に悩まされている企業は多いと思います。

80年代までの学知がまかり通る不思議

安田氏:それにしても、日本では、「コンセプトの独り歩き」が本当に多いですよね。何年かに一度は「海外からの最新理論」が本質を欠く形で独り歩きしている印象です。少しうがった見方かもしれませんが、これはコンセプトを独り歩きさせたほうが、コンセプトを売りにしているコンサルティング会社の仕事になるから、と見ることもできるでしょうか。

星野氏:そうですね。「これは我が社が独自に開発したモデルです」といったうたい文句に多くの企業が乗せられているというのが本当のところではないかと思います。

 もちろん、その背景に世界最先端のビジネス戦略があって、クライアント企業がものすごく利益を上げている、といった話ならばいいのですが、どうもそういうわけでもなさそうですね。

安田氏:そもそもコンサルティング会社の報酬って、時間給の場合が多いですよね。もちろん、「上級」のコンサルタントには一定の金額が上乗せされるといった具合に、役職に応じた料金の差別化などは行われています。けれども基本的には、かかった時間や費用に比例して料金を決める「コスト上乗せ型」のプライシング(価格設定)になっていて、成果や顧客利益とは直接関係なく金額が決まってくる。これは需要サイドを無視したプライシングで、経済学の教科書などでは、しばしば「悪いお手本」として登場する方法ですよね。

 洗練された経営手法をアドバイスしているはずのコンサルティング会社の報酬体系自体が、いまだに原始的な方法に頼っている。こうした点を観察するだけでも、この業界で何かおかしなことが起きている気がしてきます。経済学者など、コンサルタント業界の外側にいる人たちが本気を出すことで、従来のコンサルティング会社とは違う形のバリューを生み出せるチャンスがあるんじゃないかと思います。

星野氏:同感です。戦略コンサルティングのフレームの多くは、80年代までの産業組織論や経営戦略論が元です。一方、膨大なデータに基づく実証研究で学術が現実の現象を精緻に説明できるようになったのが2010年代以降。海外では企業が経済学の学知をこぞって取り入れたのがこの頃ですね。

安田氏:それで星野さんは、今回の本でも「企業は戦略コンサルと組むより経済学者と組んだほうがいいのではないか」と提案しているわけですね。

星野氏:経済学がビジネスに与えられる価値が非常に大きいのは、GAFAはじめ海外の先端企業で活用されていることからも分かります。

経営学者も認める「経済学の最大の強み」

安田氏:星野さんから見て、経済学者がもっと入り込むことで、よりマネタイズしやすくなるビジネス分野は多いと思われますか?

星野氏:はい。そもそも利益を最大化するために、限られた人、お金、情報などの資源をどう配分するかというのは、まさに経済学が得意とするところですよね。

安田氏:資源の最適配分は、経済学の考え方の大きな柱の1つです。

星野氏:例えば「今期は広告と販促と営業、それぞれにどれくらいの資源を割り振ったらいいか」ということを理屈で考えられるのが経済学です。今の日本企業の多くはそこが欠けているから、何となくの感覚で「今期は何%ずつにしましょう」という決め方をしてしまっている。

 先ほどのNPSの話も同じです。NPSのような一見よさそうなKPIだけを見ると、「とにかくそれを上げろ」という話になる。でも、「どれだけ上げると利益がどれだけ増えるか」は分からないから、コストをいくらかけるべきかが分からない。

 一方、他者への紹介価値を含めた顧客生涯価値の最適化ならば、「他社紹介を促す施策にいくらコストをかけたらいいのか」「離脱防止には、いくらコストをかけたらいいのか」の配分ができます。

安田氏:なるほど。お金という単一の物差しでセクション(部署)ごとの事業を比較することで、事業間のトレードオフが把握でき、最適な資源配分が実現しやすくなるわけですね。

 逆に、社内での資源配分がうまく機能しないと、どうしてもセクションごとにしか戦略を立てられなくなりますよね。個別最適にはなるかもしれませんが、企業そのものの全体最適にはなりません。

星野氏:それで利益を最大化しようとしても、かなり厳しいものがあるでしょうね。

安田氏:経営学者の入山章栄さんがおっしゃっていたのですが、経済学の最大の強みは「ディシプリン」、つまり「体系立った理論」があることだ、と。

 僕たち経済学者自身はあまり自覚していないところがありますが、ディシプリンをたたき込んでいることで、何かキャッチーなコンセプトが出てきても惑わされにくいという下地はあるように思います。

星野氏:経済学者は「理論に則して考える」という訓練を徹底的に積まされますからね。

安田氏:例えば、ひと口に「競争戦略」といっても様々な理論や手法がありますが、それらの多くに共通して当てはまるのは、つまるところ「利益を最大化するために、いかにしてライバルを減らし自社の競争環境を独占市場に近づけていくか」というテーマなのです。

 この下地があると、競争戦略の新しい理論や手法に触れても、「アプローチが違うだけで、究極的な目的は同じ」と俯瞰(ふかん)的に捉えることができる。下地がないと目的を見失ってコンセプトに飛びつきがちですが、それとはまったく見えている景色が違うわけです。

星野氏:新しい「最新の理論」が出てきても、自分を失わずに、見栄えのよさにだまされずにいられるということですね。

評価指標の設定ミスが企業の成長を妨げる(写真:Rawpixel.com/Shutterstock.com)
評価指標の設定ミスが企業の成長を妨げる(写真:Rawpixel.com/Shutterstock.com)

構成/福島結実子

「経済学のビジネス実装」第一人者の経済学者&実務家が贈る
「現場で使える」ビジネス教養


「経済学は、ビジネスとは別もので、役には立たない」と思い込んでいませんか?
実は、最新の経済学は、マーケティング、データ分析、財務管理などの限られた分野だけでなく、商品開発や企画立案、販売戦略、ESG(環境・社会・企業統治)対策、さらには、日ごろの会議、SNSの新しい活用などあらゆるビジネス現場で活用できる段階に達しています。

経済学がどのように役に立つのか?
実際にどう使えばいいのか?

気鋭の経済学者5人[安田洋祐氏(1章)、坂井豊貴氏(2・6章)、山口真一氏(3章)、星野崇宏氏(4章)、上野雄史氏(5章)]と、ビジネスにすでに経済学を実装している実務家[今井誠氏(終章)]が語る、「ビジネス×経済学」の決定版です。

 『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。」(日経BP)刊行を記念して、The Night School×三省堂書店 Presents でZoomによるオンラインセミナーが開催されます。

<開催概要>
イベント名:「このビジネス課題、こうやって解決しました。」
開催日時:2022年6月2日(木)19:00~(1時間程度を予定)
開催方法:Zoomによるオンラインイベント
参加方法:三省堂書店有楽町店にて『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』(日経BP 1600円+税)をお買い上げの方
参加券配布期間:5月18日(水)10:00~6月2日(木)18:00
詳しくは→三省堂書店 オンラインイベント The Night School×三省堂書店 Presents「このビジネス課題、こうやって解決しました。」