21世紀において不当に国家が侵攻され、戦争が起きてしまった――。ウクライナとロシアの状況を見ると、何千年にもわたって人間が戦争を繰り返してきた歴史を思い起こさせます。人間の存在そのものが諸悪の根源なのか?ジーンクエスト代表で生命科学の研究者でもある高橋祥子さんが、ウクライナ戦争で胸を痛めている人にお薦めの本を紹介します。

人類が「よい未来」を築くために

 今回は、なんと21世紀に国家間の戦争が起きてしまった今こそ読みたい1冊を紹介します。

 ロシアによるウクライナ侵攻のニュースに不安を覚え、胸を痛めている人も多いのではないでしょうか。そんな人にお薦めしたいのが、 『ブループリント 「よい未来」を築くための進化論と人類史(上)(下)』 (ニコラス・クリスタキス著/鬼澤忍、塩原通緒訳/NewsPicksパブリッシング)です。

戦争を繰り返すのと、仲間を愛すのと、どちらが真の人間の姿なのか。『ブループリント』はその答えを示す
戦争を繰り返すのと、仲間を愛すのと、どちらが真の人間の姿なのか。『ブループリント』はその答えを示す

 今回の戦争のニュースを見て、「結局、何千年にもわたって人間は対立し、格差を生み出し、戦争を繰り返してきた。人間の存在そのものが諸悪の根源なのではないか」──と性悪説を信じている人もいるかもしれません。

 しかし一方で、人間は進化の過程で仲間を愛し、集団で生き残り、共存・共生してきたという性善説的な能力も持っています。いったいどちらが人間の真の姿なのでしょうか。

 この本には、1つの解として、「性善説、性悪説のどちらが正しいということはなく、人間の性質を引き出すのは環境によるところが大きい」と説明されています。

 例えば、厳しい気候にさらされ、食糧も乏しく、狭い土地にひしめきあって住んでいるとしたら、よりよい生活を求め、戦争をしかけるかもしれません。でも、食糧がふんだんにある環境ならば、対立や戦争を起こす必要はありません。つまり、環境が人間の性質を引き出すのです。

 この本では、人類が「よい未来」を築くには、いかに「性善説」の部分を引き出すかがカギだと説いています。性善説の部分を引き出す仕組み作りも必要でしょう。例えば、SNS(交流サイト)は他者への妬みや攻撃など、性悪説の部分を増長させる一面があるかもしれません。でも、批判的な意見よりもポジティブな意見を拡散させる、炎上を止めるといったアルゴリズムを作れば改善していけるはずです。

 そして、生物学にも詳しい著者は、進化の過程で生き残ってきた人間は「より安全で、穏やかな世界を築く方向に働く」という遺伝子も保有しているといいます。

 生物学と社会学の視点から「よい未来」に焦点を当てているので、希望が持てる1冊です。「しょせん、人間は悪なんだ」と嘆きたくなる人はぜひ読んでみてください。

希望に満ちた生き方をするには?

 私は学生時代、生命科学を学び、今は仕事で遺伝子に関わっているので、この本の著者のように、「生物学的な観点ではどうなんだろう?」という考え方をよくしています。

 例えば、1歳になった私の子どもが「ママ好き」といってくれるのですが、それは親がいないと生きていけず、この1年間、最も身近で世話をしてくれたから生物として「好き」なだけなんだろうな……とか。子どもが大きくなって、いろんな人と出会った上で私の個性を「好き」といってもらえたら、うれしいですね。

 「好き」もそうですが、自著の 『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』 (NewsPicksパブリッシング)では、「なぜ人間は非効率とも思える感情を持っているのか」「どうして人間は怒りや不安といった感情を持っているのか」といった謎を生命科学的な視点から解説しています。

 人間の行動には、基本的にすべて遺伝子が関わっています。食事をする、人と会う、早寝早起きするといった行動も自分で選んでいると思いがちですが、どれも遺伝子を残すための行動です。怒りや不安も、種の存続のために必要な感情です。

「人間は知性を使って、未来をよりよい方向に変えていける」と語る高橋祥子さん
「人間は知性を使って、未来をよりよい方向に変えていける」と語る高橋祥子さん

 ただ、遺伝子のもたらす行動が最適解とは限りません。

 例えば、人間は常に食糧へのアクセスがあるとは限らない環境で進化してきたので、食べられるだけ食べるようにインプットされています。ただ、食糧が手に入りやすい現代では、本能のままに好きなだけ食べると、肥満や生活習慣病になります。また、資本主義は、人々が自分の欲求のままに消費行動をすれば需要と供給のバランスが取れるという原理ですが、それも行き過ぎるとさらなる経済格差や分断、環境破壊を引き起こしてしまう。

 だからこそ、人間が持っている「知性」を生かし、例えば腹八分目を心掛ける、SDGs(持続可能な開発目標)に基づいた行動をすることが大事になります。

 生物学的な観点から見れば、実は「考える」ことはエネルギーを消費する大変な行為です。考えずに行動する方が楽なんです。でも、「考えるのが面倒臭い」と思考停止に陥っては、よりよい未来は開けません。

 この本は、「知性を使って、未来をよりよい方向に変えていける」という点では、「よい未来」に焦点を当てた『ブループリント』にもつながる内容です。希望に満ちた生き方をするヒントとしてもらえれば幸いです。

取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子