「研究者の目線で世界をどう見ているのか、という本が面白い」。ジーンクエスト代表の高橋祥子さんは、本を通じて、人間とはどういう生き物なのかを考えると言います。研究者でもある高橋さんが、今こそビジネスパーソンに読んでほしい本として、 『計算する生命』 (森田真生著/新潮社)、 『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』 (矢野和男著/草思社)を紹介します。

数学の本なのに、文学的

 私は小さい頃から本が好きで、大人になってからもよく読んでいます。

 好きなのは、研究者が書いたテーマもページ数も「重たい本」。本の中に「私はこう思う」という著者の考えが書いてあるだけだと、「本当にそうなの? それはあなたの経験においてはそうかもしれないけど」と思ってしまうのですが(笑)、論文やデータが引用されていて、客観的に説明されていると、すんなり頭に入ってきます。それも、研究者が自分の研究領域について書いた本ではなく、「研究者の目線で世界をどう見ているのか」という本が面白いですね。

 ただ、2020年に出産し、新生児期は子育てが大変で、読書がまったくできませんでした。久しぶりに手に取ったのが森田真生さんの『計算する生命』(森田真生著/新潮社)です。

 「計算」と聞くと、数学が苦手な人は「読まなくていいかも」と思うかもしれません。確かにこの本は計算と数学について書かれてはいるのですが、文学的で、まるで小説のように楽しめます。

 人類が数という概念を知り、計算するという行為を操り、今や自分たちでは追いつけないほどの膨大な計算をAIが行うに至った計算の歴史をはじめ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大予想や今後の環境問題など、人類が生きる未来についても触れられています。果たして、人間は計算するだけの「機械」なのか。それとも主体的に何かを生み出し続ける「生命」なのか。その問いに対する答えも書かれています。

「文学的でまるで小説のように楽しめる」『計算する生命』
「文学的でまるで小説のように楽しめる」『計算する生命』

 著者の森田真生さんとは面識がないのですが、独立研究者として京都の山麓に住み、畑を耕しながら暮らしていらっしゃるとか。そのため、自然の美しさに対する尊敬の念が強く、それが文章にも表れています。森田さんの文章はとても美しく、以前からファンでした。

 この本は数学初心者にも分かりやすく書かれていますし、「学ぶことの楽しさ」「世界の奥深さ」を感じられます。私も産後、久しぶりに森田さんの文章に触れ、ものすごく感動しました。

 「やっぱり読書はいいな。何もインプットせず、『頭がヒマ』な状態には耐えられない!」と思い、今は入浴中に防水イヤホンでオーディオブックを聞くこともあります。

「予測不能の時代」の幸せとは?

 『予測不能の時代 データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(矢野和男著/草思社)は、人から「すごく面白かった。読んだ方がいいよ」と薦められて読みました。

 私が本を手に取る決め手は、「人から薦められた」「アマゾンのレビュー」「書店で目が合った」の3つ。一番外れが少ないのは「人から薦められた本」です。読書とは、読み手という受容体と、本という刺激による反応だと思います。やはり私がどんな本を好きか、よく分かっている人が薦めてくれた本は精度が高いですね。

 一度、ツイッターで、「連休中に読むお薦め本を紹介してください」と呼びかけたら、多種多様な推薦本が寄せられたのですが、残念ながら自分の好みに合う本はあまりありませんでした。

 さて、今はまさにVUCA(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態)時代。最初この本には、「この時代をどうやって生き抜いていくか」といったことが書かれているのかと思いました。でも、むしろフォーカスを当てているのは「人の幸せ」や「ウェルビーイング」。いい意味で期待が裏切られました。

 結局、予測不能な時代においては、「この先に何が起きるか」と予測の精度を上げるよりも、「変化が起きたときに柔軟である」方が大事なのかもしれません。

「『変化が起きたときに柔軟である』ことの重要性を教えてくれる」と話す高橋祥子さん
「『変化が起きたときに柔軟である』ことの重要性を教えてくれる」と話す高橋祥子さん

 この本では会社組織の在り方についても触れられていますが、変化に強い組織の共通点が「ウェルビーイング」であるそうです。組織が幸せな個人の集まりであればあるほど生産性が高く、変化にも強いのです。

 私自身は今まで、「企業人としての生産性を優先するか、個人の幸せを優先するか」と、生産性と個人の幸せは相反するものだと思っていたので、この考え方は新鮮でした。組織でウェルビーイングを高めるための手法も紹介されているので、経営者やチームリーダーの人にお薦めです。

 私も、「予定表にとらわれないタイミングで会話をしよう」「立場の違いにとらわれず、会話を身体で盛り上げよう」「発言権を平等に与えよう」といったくだりに深く納得し、意識するようにしています。

 もともとジーンクエストは発言しづらい、立場の違いが大きいといった雰囲気はないのですが、それでもコロナ禍のリモートワークが始まったときには、「聞いていない」「知らなかった」と社内の連携が取りにくくなったことがありました。そうするとコミュニケーションにかかるコストが高くなり、仕事にも支障が出ます。

 今は「誰が何をするか」や部署間の連携を整理したので大きなトラブルはありませんが、これからは組織全体のウェルビーイングについても意識していきたいと思います。

取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子