国内最大の産直通販サイト「食べチョク」。直近2年で流通額は128倍に、運営するビビッドガーデンの従業員数は2年半で約10倍増に。急成長する事業と拡大していく組織を率いる秋元里奈さんが、組織をつくる過程で参考にしている本がある。人間関係に悩むすべての人に薦めたい「ナラティブアプローチ」を実践する一冊だ。
この数年で、食べチョクの事業を支えるメンバーは10倍に増えました。組織はどんどん大きくなる。とてもありがたいことです。でも同時に、組織づくりには課題もあります。しなやかで、強い組織をつくりたい、そう思ったときに、多くの学びを得た本があるんです。
立場や価値観の異なる他者と対話する
それは、
『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』
(宇田川元一著、 NewsPicksパブリッシング)。
日々、他者とうまく分かり合えないことって、よくありますよね。この本には、そんな、立場や価値観の異なる他者と対話をするためのノウハウがたくさん詰まっています。

ノウハウやスキルだけでは解決できない問題を、他者との対話で解いていく。経営学者であり、経営戦略論、組織論を専門にしている宇田川元一さんが、その実践方法を実例とともに解説している書です。
宇田川さんは、埼玉大学経済経営系大学院で、「大企業が新規事業開発や変革ができないのはなぜか?」というテーマで研究に取り組み、大企業やスタートアップでアドバイザーも務めています。
ナラティブアプローチというのは、1990年代に臨床心理や福祉の支援者たちが生み出した支援方法の一つです。
専門家の客観的な専門的知識が問題を解決するのではなく、問題を抱える当事者の「ナラティブ(語り、物語)」を中心に、支援者も含む対話を通じてケアを皆で実践するという、支援のあり方そのものをとらえ直した動きの総称です。これは、「社会構成主義」という、「人や社会はそれぞれ独立して存在しているのではなく、人の相互のやり取りを通じて生成する」という思想に基づいています。
現在は心理・医療・福祉などの臨床の場、社会学や文化人類学、ビジネスやキャリア・コンサルティング、司法領域などありとあらゆる分野に広がっています。
橋をどう渡すのか
本の中では、私たちが対人関係で陥りがちな課題をパターンごとに分類して、どのようなステップ、アクションに起こせるかを網羅的に示してくれます。
環境の異なる二者がそれぞれに異なる物語を抱えているとき、その差をどう埋めるかではなく、どう橋を渡すかというポイントで語られている部分では、私は思わず、壁の中に生きる人間と巨人が戦う漫画『進撃の巨人』(諫山創作、講談社)を思い出しながら読みました。

対話とは、「溝に橋を架ける」こと。そのプロセスを具体的に絵で見せながら解説していて分かりやすいんです。
一方で、「対話を阻む5つの罠」について指摘している章では、ドキッとさせられます。
自分に当てはまることがたくさんあるんですよね。例えば、相手の敷地に行ったけどそのまま帰ってこなかったり、うっかり相手に迎合し過ぎてしまったりするパターン。「これは、あるあるだな」と共感と反省を繰り返しながら、読み進めました。
結局は、人の問題
事例そのものはビジネス寄りなのですが、想定するターゲットはビジネスパーソンに限定されない。人と関わるすべてのシチュエーションにおいて深い学びがあると感じています。
例えば、「相手のストーリーを読みに行こう」とか、「そもそも背景が違うことを知ろう」とか、「観察をしよう」といった姿勢は、職場の人間関係やクライアントとのやりとりだけでなく、友人関係やママ友のような小さなコミュニティーでも展開できる気がします。
アドラー心理学の教えを基にした『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)にも、「すべての悩みは対人関係の悩み」と言及されている箇所がありますが、本書でも展開されている「すべての問題は、人間関係によって起きる」という指摘に、私はとても納得しました。結局、会社を経営するなかで起きるトラブルもほとんどが人間同士の問題に起因しているんですよね

もともと、食べチョクはローンチ時、オーガニックや農薬節約栽培を対象としたサービスでした。しかし、生産者さんによって農法はさまざまです。慣行栽培、有機農法など、皆それぞれにこだわりの農法で取り組んでいます。そんな生産者さんそれぞれのこだわりを、食べチョクは尊重したい。まずは特定のこだわりを持つ生産者さんにフォーカスして、少しずつ取り扱うこだわりの幅を広げていこうと考えていたのです。そして、2020年5月からようやく、サービス開始時から検討していた慣行栽培の生産者さんも登録可能にしました。
しかし、サービス拡大をアナウンスすると、ローンチから協力してくれていた生産者さんから、納得できなかったり、不安に感じたりする声を直接いただくことがありました。丁寧に言葉を紡いだつもりの自分たちのメッセージでも、すべての人に等しく、想定通りに伝わるわけではない。受け取り方も人それぞれなんだと、改めて、痛感したんです。
伝え方や伝える内容が、一方的だったのではないか、互いの理解を阻んでいるものは何なのか。必要に応じて個別に話を聞いたり、改めて自分たちの思いや意図を説明する機会を設けたり。生産者さんの背景や価値観をもう一度丁寧に理解する作業を一つ一つ重ねていった結果、生産者さんにご理解いただくことができました。

他者と過ごす日常で必ず役に立つ
互いの物語を持って対話するナラティブアプローチは、経営者やマネジメント層だけに限定した話ではありません。社内外問わず、仕事プライベート問わず、「他者」と過ごす毎日のなかで起きるすべてのことに対応できる有効な手法だと思います。
学術的な学びもありますが、かなり実用的。しかも、難しい言葉で書かれていないので、スルスルと読めるのも特徴。「なんかうまく伝わらないんだよね」――そう感じている人は、どこか一つは引っかかるポイントが、すぐ実践できるヒントが、見つかると思います。
取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/品田裕美