仕事がなかなか終わらない、いつも何かに焦っている…。それは、あなたの意志や能力が原因ではありません。時間に追われる現代社会で、どうすれば、あふれる仕事を早く終わらせて、「本当に大切なこと」のために時間を使うことができるのか。吉川ゆりさんの新刊『 なぜ、あなたは時間に追われているのか 「時間がない」から解放される15の仕組みと思考法 』から、集中力を高めて仕事をサクッと終わらせ、「人生の主導権」を取り戻すための方法を紹介します。
集中力は「競争における優位性」を意味する
誰もが時間に追われている現代社会。だからこそ、集中力を身につけることには大きな価値があります。集中力があれば、睡眠時間や大切なプライベートの時間を削らなくても、短時間で最大の成果を出すことができます。「集中力がある」ということ自体が、競争における優位性を意味するのです。
あなたが何かもっと面白い仕事をしたい、会社の中で影響力を高めていきたい、もっと出世したいと思っているのなら、集中力はとても強い味方になります。もちろん、早く仕事を終わらせて大切な人と時間を過ごしたいという場合にも有効です。
一度しかない人生、その有限のリソースをどこに投下して、どのように使うか。それを考えることが、あなたがどんな人生を生きたいかにつながっていきます。突き詰めると、集中力は「よりよい人生を生きるためのスキル」だと言えるのです。
科学で解き明かす「集中力とは何か」
集中力についてもう少し詳しく見ていきましょう。そもそも集中力とは一体、何なのでしょうか。集中力の科学的な定義について、ものすごく真面目に研究した学者がいます。ポジティブ心理学の大御所でもあるミハイ・チクセントミハイ(1934-2021年)という学者で、集中する状態を示す「フロー」という概念を提唱した人です。
チクセントミハイ博士によれば、集中力は次のように定義されています。
出典/“Flow: The Psychology of Optimal Experience” Mihaly Csikszentmihalyi ※日本語訳は著者による
要するに、集中力は「ツール」であり「自分が使えるエネルギー」だと、チクセントミハイ博士は定義しています。私たちが何かを認識したり、考えたり、判断したりする際には、注意力や思考力、記憶力といったエネルギーが必要とされます。このエネルギーのことを、認知心理学の用語で「認知資源」と呼びます。集中するとは、この脳の「認知資源」を、必要とされる一点に向けることだと言えます。
同じことをしていても、どこに意識を向けているかによって、そこから得られる体験の質も、成長の度合いも大きく変わります。集中して仕事に向き合うと、時間の感覚が変わり、達成感や満足感が高まり、結果として仕事の質も自然と上がっていきます。
ただ、疑問も湧いてきます。そもそも、脳の認知資源(エネルギー)である集中力は、何によって決まるのでしょうか? 生まれつき、人によって違うのでしょうか? 次から、集中力についてのよくある「誤解」を紹介しましょう。
集中力の誤解(1)集中力は生まれつき備わった能力
よく「私は集中力がない人間だから無理です」と言う人がいます。でも、これは誤解です。集中力は筋力と同じように、意識付け、繰り返し(習慣化)、環境の最適化などによって、誰でも身につけることができます。
私たちの脳は、経験や学習を積むことによって、構造や機能を変化させることができます。新しい経験や学習を積むことで、これまで使っていなかった神経回路が活性化するのです。これは、脳の「神経可塑性」(しんけいかそせい)と呼ばれる能力です。
有名な研究の1つに、ロンドンのタクシードライバーの脳を調べた研究があります。ロンドンの街には数多くの通りがあり、世界一複雑だともいわれています。ロンドン大学の神経学者だったエレノア・マグワイア教授は、その複雑なロンドンの街中を走るタクシー運転手16人の脳を調べました。脳の断面図を撮影できる専用の機械、MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の部位別のサイズなどを細かく調べたのです。
すると、ロンドンのタクシードライバーの脳では、場所の記憶を司る後部海馬という部分の体積が、通常の人よりも有意に大きくなっていました。経験年数が多いベテランの運転手ほど、後部海馬の体積が大きい傾向が見られたといいます。
また、指先の触覚を鍛えるトレーニングを受けた若者は、トレーニング後に集中力が向上したという、中国の研究者らの論文があります。まだ検証が必要なデータだとは思いますが、この実験では、34人の健康な若者(平均年齢約22.7歳)を2つのグループに分け、片方のグループは、耳栓とアイマスクをつけて指先の力を一定に保つトレーニングを、1日40分、5日間行いました。このトレーニングは、指でセンサーを一定の力で押し、ちょうどよい力に達すると課題達成が知らされるという、いわば集中力が試される内容です。
実験の前後で、算数の課題(合計が10になる数字のペアを見つける)などのテストや、集中力を測るテストを行い、触覚トレーニングを受けなかった群と比較しました。すると、触覚トレーニングを受けた群は、受けなかった群に比べて、算数の課題における正答率と計算効率が上昇し、集中力テストでも良い結果が出ました。さらに、トレーニングを受けた群は、目の前の作業に集中できない「マインドワンダリング」(心ここにあらず)の時間が減少し、自分の状態に気付く割合も増えたといいます。
テキサス大学の研究でも、若者や学習困難がある人に注意力を高めるトレーニングを行ったところ、トレーニング後には注意力が有意に高まったという結果が出ています。
集中力を鍛えるということは、こうした注意に関わる神経回路の結びつきを強化し、信号伝達の効率を高めることを意味します。神経可塑性によって回路の連携が滑らかになるほど、処理速度が向上し、思考や作業の精度・スピードも自然と高まっていきます。誰でも、日々の積み重ねによって、情報処理のスピードを速めることができるのです。
集中力の誤解(2)長時間集中するほど成果が出る
集中力は脳のエネルギーであり、使い続けていればやがて減っていきます。脳に負荷がかかった状態が続くと、バーンアウト、 つまり燃え尽きにつながります。よく「集中力が続きません」とか「集中した後に疲れ切ってぼーっとしてしまいます」というお悩みを聞きますが、それは人間の自然な姿なのです。決して個人の集中力が低いとか、集中力が足りないというわけではありません。
長時間の労働で集中力が落ちることは、数多くの実験で証明されています。例えば航空管制官など、長時間何かを注意して見続けなくてはいけない職業の場合、時間の経過に伴ってパフォーマンスが落ちることが指摘されています(ビジランスの低下)。
オランダ・アムステルダム大学のレオン・リテイグ氏らが行った研究によれば、長時間の作業によって疲労が生じ、たとえ作業の途中で新たなモチベーションを提示しても、パフォーマンスは完全には改善しないことが分かっています。
この実験では、21人の被験者に、110㎝の距離にあるモニターを80分間休憩なしで見つめてもらい、ランダムに表示される短い線を検出してもらいました。実験中は正答率や反応時間を計測しただけでなく、10分ごとにモチベーション(やる気)と嫌悪感を自己申告してもらいました。そして、実験開始から60分経過後に突然、「最後の20分で参加者の上位35%であれば追加で30ユーロ(約5500円)の報酬が得られる」と告げたのです。
金銭的な報酬を提示された後の20分、被験者たちのモチベーションは実験開始と同等まで回復しました。しかし、パフォーマンスは実験開始と同じレベルにまでは戻らず、課題終了間際では最も低いパフォーマンスを記録しました。
つまり、モチベーションを新しく導入しても、長時間の作業が続いている限り、クオリティは完全には戻らなかったのです。これは、集中力を司る機能の安定性が、時間とともに薄れるからだといわれています。
解決策は、休むことです。短い休憩を取ることで、人は集中力を回復させ、休憩しない場合よりも高いパフォーマンスを発揮することが、さまざまな実験により示されています。ただ、人は自律的に休むのが苦手です。頑張る人ほど「休むのはあまりよくないことだ」という意識があるからです。ここでポイントとなるのが、休むといっても、ダラダラと休むわけではなく「時間を区切って集中して休む」ことです。集中して、休息していくことが大事なのです。
構成/久保田智美(日経ウーマン編集)
[日経ウーマン Web 2026年3月17日付の記事を転載]
吉川ゆり著/日経BP/1980円(税込み)

