米大統領が代わり、新たな地政学的リスクの高まりも予想される2025年。日々変革が求められる時代に、企業経営者やビジネスパーソンは何を意識して行動すべきか。窮地のソニー(当時、現ソニーグループ)変革をけん引した平井一夫氏に、経営戦略論の専門家・宇田川元一氏が問いかけ、その要諦を深掘りする。前編に続く後編のテーマは、「リーダーの素養」について。(構成:白壁達久)
宇田川元一さん(以下、宇田川氏):平井さんはトップを務めた時代に、海外の現場訪問も積極的にされたそうですね。現場の声を拾い上げる際に心がけている点などはありましたか。
平井一夫さん(以下、平井氏):全世界の色々な拠点に行って、タウンホールミーティングを開催しました。10名くらいでのランチョンミーティングもやりましたが、気になっている点やビジネスアイデアだけでなく、私のことを批判してもいいと伝え、自由闊達にものが言えるオープンにディスカッションできる場づくりを心がけました。最初は緊張している人が多かったのですが、回を重ねるうちに自作のプレゼン資料を持ってくる社員も出てきました。
ソニーの本社がある品川にいるだけでは、情報は何も入ってきません。入ってくる情報もフィルターがかかっています。自分で現場に足を運び、従業員の話を聞くことが大切です。

埼玉大学経済経営系大学院准教授
宇田川氏:トップが各地の事業所を回るのは、多くの会社が実践しています。ただ、なかなか効果が出づらい部分もあります。広報や現地の事業所が気を遣って、都合の悪い部分は覆い隠して、当たり障りのないやり取りに終始してしまうケースも少なくありません。意味のある対話をするために気をつけた部分はありますか。
平井氏:海外でも、改革の必要性を話す時などは、原稿を読まない点ですかね。聞き手からすると、正しく話せているかはどうでもいい。自分の言葉で話しているかが大事です。改革はプラスの面もあれば、マイナスの面も出てくる。そこで原稿を読んでいるようでは、マイナスな面ばかり印象に残ってしまうでしょう。
ランチョンミーティングから帰ってきた人に対して、必ず周囲は「どうだった?」と聞くはずです。そこで「偉そうでつまらないヤツだった」と言われるか、「情熱的に会社の未来を語っていた」と評価されるか。
少数ですが、会った彼ら彼女らがプロモーションをしてくれます。11万人も社員がいるので、当然全員とは会えません。ただ、トップ自らが、どういう人かを知ってもらう努力をする必要はあるでしょう。あと、自分の肩書は置いてくる。トップが来るとなると、当然構えてしまう。雲の上の人になっては意味がありません。
トップも痛みを分かち合う
宇田川氏:私もあなたも同じ人間で、痛みも感じれば、難しい、楽しいと思うこともある点を伝える。そして、同じ地平にどう立つのかに、ずっと取り組んでいらっしゃった。現場の社員からすると、全く違って見えてきますね。取り組みを継続する中で、平井さん自身も変革への考えが深まり、思いも強くなりそうです。
平井氏:そうですね。自分自身がまずコミットしないと、誰もついてきてくれませんから。改革に伴う痛みは分かち合わなければいけないし、うまくいったらどれだけ素晴らしい仕事をしてくれたかと大いに喜ぶ。
最終的な責任者は私で、取締役会できちんと説明すると伝えます。一度はしごを外されたら、二度と協力してくれなくなります。
宇田川氏:赤字が長く続いていたテレビ事業の黒字化などの実績をお持ちですが、平井さん自身はエレキ出身ではありません。ソニーの中では異色のトップだったと思います。逆に本流ではないからこそ、改革ができたのではないでしょうか。
平井氏:それは一理あります。知ったかぶりをした瞬間にリーダーは信頼を失うので、分からないことはすべて聞く。当時、4000万台のテレビを売ると意気込んでいましたが、コストで勝てるはずがない相手と同じ土俵で戦っても負けるだけです。
高付加価値化して台数を追わない形にシフトする。この考えは理想としてはあるけれど、それでは台数を売ることで評価を得ていた人たちは納得できない。そこを1つずつ議論して納得してもらう必要がある。
コストを下げて安く売り、シェアを取るというのは、長く日本のエレキ産業を苦しめてきた習慣でもあります。

ソニー元社長兼CEO 一般社団法人プロジェクト希望 代表理事
宇田川氏:多くの日本企業は、負け戦をずっと続けている印象を受けます。ある会社の変革を担当する人事の方に話を聞いたら、「私は入社してから20年間、ずっとリストラしかしていませんでした。やっと新規事業に関われてうれしい」と話していらっしゃいました。この失われた30年でみんなが傷ついて、自信を喪失しています。
平井氏:もっと自信を持っていい。ソニーも一時期自信を失っていましたが、やっぱり素晴らしい人材が集まっているんです。エレキに限らず、全事業で優秀な人がたくさんいる。
創業者をリスペクトし、ソニーのDNAをきちんと持った人たちがいる。ただ、バラバラの方向を見ていてはダメです。ベクトルを合わせて、同じ方向に向かって突き進む。いかにそういう環境をつくるのか。そこはトップの力量が問われるところです。
宇田川氏:現場だけでなく、経営者にも覚悟と時間が必要ですね。
平井氏:そして、仲間も必要です。どれだけ強力なリーダーでも、1人で改革を実行するのは難しい。自分と考えを共有できないような人が周りや部下にたくさんいるかもしれません。では、そういう人たちの心にどうやって炎をつけるのか。
宇田川氏:どのようなスキルが必要と考えますか。
平井氏:ピープル・マネジメント・スキルです。EQといわれる、「心の知能指数」がより重要になってくるでしょう。周囲とどうコミュニケーションをして、どう腹落ちさせて行動を起こさせるか。自由闊達な意見が出る環境をつくり、いい意見をきちんと採用して、うまくいけば評価し、失敗をすれば責任を取る。
EQは教育によって身に付けることもできます。日々の変革が必要になる今、ぜひ身に付けて、日本の変革をけん引していってほしいです。

[日経ビジネス電子版 2025年1月7日付の記事を転載]
宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)
平井一夫著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)

