米大統領が代わり、新たな地政学的リスクの高まりも予想される2025年。日々変革が求められる時代に、企業経営者やビジネスパーソンは何を意識して行動すべきか。窮地のソニー(当時、現ソニーグループ)変革をけん引した平井一夫氏に、経営戦略論の専門家・宇田川元一氏が問いかけ、その要諦を前後編に分けて深掘りする。前編のテーマは、混迷の時代に求められる変革の意識について。(構成:白壁達久)

宇田川元一さん(以下、宇田川氏):地政学的リスクの高まりに加えて、AI(人工知能)などの新技術が浸透し、以前に比べて未来を見通しにくい環境になりました。企業経営者だけでなく、働く個人それぞれに、日々変革が求められる時代です。歴史あるグローバルな巨大企業であるソニーの変革をけん引した平井さんは、この社会環境の変化をどのように見ますか。

平井一夫さん(以下、平井氏):異業種の参入による競争も激化していますね。自動車ではソニーがホンダと手を組み、電気自動車(EV)の開発を進めています。EVには逆風も吹き始めましたが、中国では比亜迪(BYD)が急成長を遂げ、米テスラは世界で存在感を高めています。参入障壁が高いとされてきた自動車業界で、新たなプレーヤーがここまで入ってくるなんて、かつては想像できなかったでしょう。

平井一夫(ひらい・かずお)氏
ソニー元社長兼CEO 一般社団法人プロジェクト希望 代表理事
1960年生まれ。84年国際基督教大学卒業後、CBS・ソニー入社。ソニー・コンピュータエンタテインメント米国法人(SCEA)社長などを経て、2006年SCEI社長。09年ソニーEVP、11年副社長、12年社長兼CEO、18年会長。19年からソニーグループ シニアアドバイザー。22年には子どもたちの未来創造のきっかけとなる感動体験を提供する目的で、一般社団法人プロジェクト希望を設立。代表理事を務める。著書に『仕事を人生の目的にするな』(SB新書)などがある。(写真=吉成大輔)

宇田川氏:ビジネスモデルの寿命も短くなりつつありますね。

平井氏:AIに代表されるような技術の進化が大きい。これまでは、変革を遂げて1つのビジネスモデルをつくり上げれば、5年くらいはもちました。それが今ではあっという間に上書きされてしまう。危機的状況にあった当時のソニーは、ある意味で「有事」でした。今はどの企業や組織にとっても、常に有事のような状況と言えますね。

宇田川氏:企業経営者は「変革が必要だ」とよく口にしますが、実行できているケースは少ない。平時に変革の意識がないような気がします。

 課題があるにもかかわらず、平時では気付かないまま当たり前のように過ごしてしまいがちです。競合や新興勢力の台頭など、有事が訪れた際に慌てて対応しても「時既に遅し」となってしまう。

平井氏:宇田川さんの著書『企業変革のジレンマ』にも書いてありましたが、まさにそうですね。トップが変革を声高に叫んでも、何を軸にどこに向かって変革すべきかを現場が分かっていない。これは現場のせいではなく、トップに問題があります。

 経営者からよく相談を受けますが、なかなかうまくいっていない組織に共通するのは、会社のパーパス(存在意義)やミッション(使命)、ビジョン、バリュー(価値)がはっきりしていない。定まっていたとしても、浸透せずに文化にまで至っていない。

 行き先を決めずに旅行に行くようなものです。旅に出るぞと言って玄関を飛び出したものの、北海道に行くのか、沖縄に行くのか分かっていない。スーツケースの中にコートを入れればいいのか、水着を入れていいのか分からない。

 新幹線に乗るのか、飛行機に乗るのか、車で行くのか……。誰も分からないまま迷子になると、「じゃあ、帰ろうか」となってしまうでしょう。どこに何をしに行くか。旅行や遠足でもきちんと定義してから準備しますよね。それが必要なんです。

実際に変革を起こすのは現場

宇田川氏:平井さんはソニー再生において「感動」という言葉を定義した上で、とにかく現場にたくさん足を運んでいましたね。それは現場への浸透が目的だったのでしょうか。

平井氏:そうですね。パーパスは「生きて」なければいけない。そのためには、現場の社員を腹落ちさせる必要があります。年頭の挨拶で語っているだけでは腹落ちしないでしょう。

宇田川元一(うだがわ・もとかず)氏
埼玉大学経済経営系大学院准教授
1977年生まれ。専門は経営戦略論・組織論。長崎大学経済学部准教授、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。著書に『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版)、『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)、『組織が変わる──行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』(ダイヤモンド社)がある。(写真=吉成大輔)

宇田川氏:企業経営者と話すと、パーパス導入の理由は「経団連の指針に従って」「コンサルに勧められて」など受け身な人も少なくないです。

平井氏:社長を中心としたトップが毎日のように語って、現場に浸透させていくことを自らマネージしていかなければなりません。けん引するのはリーダーですが、実際に変革を起こすのは現場なわけです。

 パーパスを設定するに当たっては、仲間と話しながら、ソニーの歴史を振り返りつつ、私たちの存在意義は何なのかを突き詰めました。そこで出てきた1つの答えが、「感動を提供する会社」なんだということです。

宇田川氏:出井(伸之)さんがトップの時には、「デジタル・ドリーム・キッズ」でしたね。アナログからデジタルへと移行する時代を象徴する言葉です。

平井氏:当時としてはそれは大事なポイントでした。ソニーは祖業であるエレクトロニクスだけでなく、ゲームや映画、音楽などのエンターテインメント、金融など幅広い領域で事業を展開しています。私が社長に就任した当時も、「なぜ3つやっているのか」「関係性はあるのか」とよく聞かれました。社外だけでなく、社内からも聞かれました。そこで、自分たちのビジョンやパーパスは何かを突き詰めて出てきたキーワードが「感動」だったんです。

(写真=吉成大輔)
(写真=吉成大輔)

日経ビジネス電子版 2025年1月2日付の記事を転載]

デビュー作『他者と働く』で異例の大反響を呼んだ注目の経営学者が、「構造的無能化」という独自のキーワードをもとに、今、多くの企業が直面する複雑な問題のメカニズムを丁寧に解き明かし、状況打開への道筋を示す、まったく新しい企業変革論。

宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)
2012年3月期、5000億円を超える大赤字の中でソニー社長の重責を引き受けた著者は、なにから手をつけ、復活を果たしたのか。「常に異見を求める」「聖域は設けない」…ソニー再生という難題に挑んだ「異端社長」が、その知られざる歩みと経営哲学を語る。

平井一夫著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)