米大統領が代わり、新たな地政学的リスクの高まりも予想される2025年。日々変革が求められる時代に、企業経営者やビジネスパーソンは何を意識して行動すべきか。窮地のソニー(当時、現ソニーグループ)変革をけん引した平井一夫氏に、経営戦略論の専門家・宇田川元一氏が問いかけ、その要諦を前後編に分けて深掘りする。前編のテーマは、混迷の時代に求められる変革の意識について。(構成:白壁達久)
宇田川元一さん(以下、宇田川氏):地政学的リスクの高まりに加えて、AI(人工知能)などの新技術が浸透し、以前に比べて未来を見通しにくい環境になりました。企業経営者だけでなく、働く個人それぞれに、日々変革が求められる時代です。歴史あるグローバルな巨大企業であるソニーの変革をけん引した平井さんは、この社会環境の変化をどのように見ますか。
平井一夫さん(以下、平井氏):異業種の参入による競争も激化していますね。自動車ではソニーがホンダと手を組み、電気自動車(EV)の開発を進めています。EVには逆風も吹き始めましたが、中国では比亜迪(BYD)が急成長を遂げ、米テスラは世界で存在感を高めています。参入障壁が高いとされてきた自動車業界で、新たなプレーヤーがここまで入ってくるなんて、かつては想像できなかったでしょう。

ソニー元社長兼CEO 一般社団法人プロジェクト希望 代表理事
宇田川氏:ビジネスモデルの寿命も短くなりつつありますね。
平井氏:AIに代表されるような技術の進化が大きい。これまでは、変革を遂げて1つのビジネスモデルをつくり上げれば、5年くらいはもちました。それが今ではあっという間に上書きされてしまう。危機的状況にあった当時のソニーは、ある意味で「有事」でした。今はどの企業や組織にとっても、常に有事のような状況と言えますね。
宇田川氏:企業経営者は「変革が必要だ」とよく口にしますが、実行できているケースは少ない。平時に変革の意識がないような気がします。
課題があるにもかかわらず、平時では気付かないまま当たり前のように過ごしてしまいがちです。競合や新興勢力の台頭など、有事が訪れた際に慌てて対応しても「時既に遅し」となってしまう。
平井氏:宇田川さんの著書『企業変革のジレンマ』にも書いてありましたが、まさにそうですね。トップが変革を声高に叫んでも、何を軸にどこに向かって変革すべきかを現場が分かっていない。これは現場のせいではなく、トップに問題があります。
経営者からよく相談を受けますが、なかなかうまくいっていない組織に共通するのは、会社のパーパス(存在意義)やミッション(使命)、ビジョン、バリュー(価値)がはっきりしていない。定まっていたとしても、浸透せずに文化にまで至っていない。
行き先を決めずに旅行に行くようなものです。旅に出るぞと言って玄関を飛び出したものの、北海道に行くのか、沖縄に行くのか分かっていない。スーツケースの中にコートを入れればいいのか、水着を入れていいのか分からない。
新幹線に乗るのか、飛行機に乗るのか、車で行くのか……。誰も分からないまま迷子になると、「じゃあ、帰ろうか」となってしまうでしょう。どこに何をしに行くか。旅行や遠足でもきちんと定義してから準備しますよね。それが必要なんです。
実際に変革を起こすのは現場
宇田川氏:平井さんはソニー再生において「感動」という言葉を定義した上で、とにかく現場にたくさん足を運んでいましたね。それは現場への浸透が目的だったのでしょうか。
平井氏:そうですね。パーパスは「生きて」なければいけない。そのためには、現場の社員を腹落ちさせる必要があります。年頭の挨拶で語っているだけでは腹落ちしないでしょう。

埼玉大学経済経営系大学院准教授
宇田川氏:企業経営者と話すと、パーパス導入の理由は「経団連の指針に従って」「コンサルに勧められて」など受け身な人も少なくないです。
平井氏:社長を中心としたトップが毎日のように語って、現場に浸透させていくことを自らマネージしていかなければなりません。けん引するのはリーダーですが、実際に変革を起こすのは現場なわけです。
パーパスを設定するに当たっては、仲間と話しながら、ソニーの歴史を振り返りつつ、私たちの存在意義は何なのかを突き詰めました。そこで出てきた1つの答えが、「感動を提供する会社」なんだということです。
宇田川氏:出井(伸之)さんがトップの時には、「デジタル・ドリーム・キッズ」でしたね。アナログからデジタルへと移行する時代を象徴する言葉です。
平井氏:当時としてはそれは大事なポイントでした。ソニーは祖業であるエレクトロニクスだけでなく、ゲームや映画、音楽などのエンターテインメント、金融など幅広い領域で事業を展開しています。私が社長に就任した当時も、「なぜ3つやっているのか」「関係性はあるのか」とよく聞かれました。社外だけでなく、社内からも聞かれました。そこで、自分たちのビジョンやパーパスは何かを突き詰めて出てきたキーワードが「感動」だったんです。

[日経ビジネス電子版 2025年1月2日付の記事を転載]
宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)
平井一夫著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)

