球春到来。3月18日からは第97回選抜高等学校野球大会(春のセンバツ甲子園)やMLB開幕シリーズ2025が、そして3月28日から日本プロ野球が開幕します。今回は野球の面白さと奥深さに触れる本を市川いずみさんに紹介してもらいました。市川さんは、年125冊以上の本を読み、スポーツ紙や雑誌にスポーツコラムを執筆するフリーアナウンサーであり、ピラティスインストラクターとして、阪神タイガースのキャンプや早稲田大学野球部で指導も行っています。取材者やインストラクターとして、プレーヤーの近くで野球を見つめる市川さんの視点から、新たな野球の魅力に迫ります。1回目は、高校野球とその光を支える人たちにスポットを当てた本です。
私の夢は阪神園芸のグラウンドキーパーになることでした。中学1年生の夏に初めて甲子園球場へ高校野球を見に行き、野球場がいいなと思ったのです。蒸し暑い夏の日に、球場に着いてみたら土と芝の香りがして、青々とした芝が広がっていた。圧倒されました。ここってすごい、これを作っている人たちすごいなと。2015年に阪神タイガースの担当リポーターになってからも、球団の取材より先に、阪神園芸の人に取材するほど甲子園のグラウンドが好きです。
高校球児やプロ野球選手は、甲子園でプレーするという形で夢をかなえた人たち。でも、甲子園に関わるのは彼らだけではありません。甲子園という場所は、グラウンドキーパー、スタンドで見守る親御さんやブラスバンドで演奏する高校生たち、地元で応援する人や取材者など、プレーする選手以外にも、その一員になりたいという人たちの夢をかなえてくれる場所なのだと思います。
今回は甲子園という舞台と高校野球を支える人たちに思いを寄せたくなる3冊を紹介します。
緑の芝と黒い土、あの甲子園をじかに感じたくなる
『 あめつちのうた 』は阪神甲子園球場のグラウンドキーパーを主人公にした物語です。ケガでプロの道を断念した同僚、病気を克服し歌手を目指すビールの売り子、同性への思いに苦しむ親友、父子の葛藤など、それぞれの抱える問題を切なくいとおしく描くお仕事小説。小説ではあるものの、甲子園球場のグラウンド整備を手掛ける阪神園芸のプロの技、いかにあのグラウンドが作られているかがリアルに描かれています。
例えばシーズンオフの重要な作業の一つに、耕運機で約25cmまで内野の土を掘り起こす「天地返し」があります。弾力があって、程よい硬さがある、水はけのいいグラウンドにするために欠かせない作業で、1年のグラウンドの状態を決めると言ってもいいほど重要だと、私も阪神園芸さんに取材してお聞きしたことがあります。その天地返しについても、グラウンドを作る人の思いや土の手触りまでが伝わってくるような描写で、作者の徹底した取材を感じます。
阪神園芸さんは、前日までの大雨や突然の夕立があっても、グラウンドを守り整え試合ができる状態にしてくれます。しばしば「神整備」と言われます。もちろん、その日の作業もすごいのですが、それだけはなく、シーズンオフの作業がコンディションを支え、神整備を可能にしている。物語を通じてそうした日々を知ることもできます。これは、プロ野球選手がオフの自主トレやキャンプを経て、充実したシーズンを過ごすのと一緒なのだなと感じます。多くの野球ファンにとって雨は避けしたいものだと思いますが、この本を読むと、グラウンドにとって大切な雨が少し好きになれます。
光も影もある高校野球をすがすがしく描く、母子の成長物語
甲子園球場という聖地への思いは、球児だけでなくその姿を見守り続けてきた親にとっても特別なものがあります。『 アルプス席の母 』は看護師をしながら1人で息子を育てる秋山菜々子と、その息子で甲子園を目指す航太郎の物語。シニアリーグで活躍した航太郎が選んだ進学先は大阪の新興校でした。厳しい保護者会のおきて、監督への献金、故障を無視した登用、先輩の暴力など数々の理不尽に、菜々子は憤り葛藤し向き合っていきます。
これは小説のふりをしたノンフィクションでは? という印象を持つほど、全てに関してリアル。高校野球ファンであれば、実在の学校をオーバーラップさせながら読んでしまいそうです。球児やその家族として高校野球に触れた経験がある方はもちろん、野球をあまり知らない方も、この本を読んだ後は甲子園で戦う選手の姿を特別なものとして見られるのではないかと思います。
そして高校野球を取材する方にも読んでほしい本です。グラウンドにいる球児だけでなく、その後ろで彼らを支えてきた家族に寄り添い、気持ちをもっと理解して取材ができるのではないかと感じました。
私自身、今までたくさんの選手やお母さんにも取材をさせてもらいましたが、この本を読んで保護者の方ってこんな気持ちで息子さんと向き合い送り出していらっしゃるのだと。悔しさをこらえ喜びを胸に秘めて子どもを応援する、その思いが痛いほど伝わってきます。航太郎の姿を通じて、子どもって知らないうちに成長するのだということ、そしてどこで野球をするかはとても大事だけれど、どんな仲間と野球をするかがすごく大切であることを教えてくれます。
350ページというボリュームが全く気にならずに一気読みしました。航太郎が、大学で野球とどう向き合い、どれほど上手になっていくのか、これから先も読みたくなる作品です。
被災し多くを失っても、野球があるから立ち上がれた
『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる
石巻工高野球部の奇跡』佐々木亨著、ベースボール・マガジン社
「あきらめない街・石巻 その力に俺たちはなる!」は石巻工業高校が2012年春のセンバツに21世紀枠で出場したときにスタンドに掲げていた横断幕の文言です。その前年、3月11日、監督の「逃げろ!」の叫びでグラウンドにいた選手たちは管理棟の3階へ駆け上がりますが、北上運河から流れ込んだ最高水位120㎝の津波で、グラウンドが消えます。残った野球道具は倉庫にあったバット2本とボール5個だけでした。
校舎のがれきを撤去し、グラウンドのヘドロをかきだし、トラクターで土を掘り起こし、消毒して足で踏み固めた。がれきを取り除くため重機を貸してくれた建設会社の男性、バスをチャーターして駆け付けてくれた仙台市内にある高校の監督たち、延べ1000人近い人が手伝い、全国から野球部への支援物資が届きます。大阪府立春日丘高校からは420個のボール、その1つ1つにフェルトペンでメッセージが書き込まれていました。
3.11から1年後のセンバツ出場まで、石巻工業高校の選手たちが何を思いどう行動したか、人々がどんな思いでいたかを追ったルポルタージュです。
2001年の第73回大会から採用されている21世紀枠は、今回から1枠減って2校になりました。21世紀枠はいらないという方や、そもそも「選抜大会」ではなく、夏の大会のように力勝負で決める枠組みに変えた方がいいという方もいますが、私はこの本を読んで21世紀枠はなくしてほしくないという思いを強くしました。
強豪校と当たってたとえ20対0で負けたとしても、21世紀枠の学校が甲子園に出て、全力でプレーすることを喜んでくれる人たちがいて、感謝を伝えることができる。試合の勝敗以上に人に与える影響は大きいと思うのです。地元の人、地元を離れて暮らす人、そして練習試合を引き受けてくれた他校の人たちや試合前の練習場所をサポートしてくれた人など、関わった多くの人たちにとって、石巻工の球児たちが甲子園で野球をすることがパワーになったはず。改めて多くの人に読んでほしい本です。
取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/太田未来子




