ホテル三日月グループは、日系企業では過去最大金額のベトナム投資でダナンにリゾートホテルを開業した。同グループ代表の小髙芳宗(おだかよしむね)氏と、ベトナム初の日系会計事務所を創業した蕪木優典(かぶらぎゆうすけ)氏がASEAN(東南アジア諸国連合)進出の意義と成功のカギを語り合った。日経ムック『中堅・中小企業のASEAN進出 2025年版』の巻頭対談を抜粋・再構成してお届けする。
きっかけは創業者の「ここで商売しよう」
まずはお二方がベトナムに進出した経緯から教えてください。
蕪木優典氏(以下、蕪木) 私は学生時代にアジアで初めて訪れた国がベトナムでした。就職後は、現在のKPMGベトナムへ出向し、2000年には日本人で初めてベトナム公認会計士試験に合格。2003年にベトナム初の日系資本の会計事務所を創業しました。その頃、ベトナムに進出する日本企業は輸出加工企業が中心でしたが、今ではサービス業などの進出も増えています。ところで、小髙さんがこういう場でお話しされるのは珍しいですね。
小髙芳宗氏(以下、小髙) メディアには基本的に出ないと決めているのですが、ベトナム進出で大変お世話になったジェトロ(日本貿易振興機構)が監修するムック本の巻頭対談だと聞き、お礼と恩返しのためにお引き受けしました。
ホテル三日月グループ代表
蕪木 なるほど。拙著『 加速経済ベトナム 日本企業が続々と躍進する最高のフロンティア 』(東洋経済新報社)でも大きく取り上げさせていただきましたが、御社は2022年6月に、ベトナム中部のダナン市に「ダナン三日月ジャパニーズリゾート&スパ」を開業されましたね。
小髙 はい。2017年3月にホーチミンに社員旅行をした際、祖父でホテル三日月創業者の小髙芳男が気に入り、「ベトナムで商売をしよう。できなかったらお前はダメな」と口にしたことがきっかけです。
蕪木 まだ、ダナン市に五つ星ホテルが17軒しかなかった頃ですよね。
小髙 当時、先代は87歳で、私は社長になって3年目。私たちにとって初めての海外進出だったので、まずはメインバンクの商工組合中央金庫(商工中金)千葉支店とジェトロ千葉事務所へ相談に行きました。そして進出場所などの情報収集を進め、2017年6月に先代とダナン市を訪問した際に、ダナン湾沿いに小さなヴィラと約1万8000坪の土地を所有していた提携先と出会いました。
しかし、その2週間後に先代が急逝してしまったのです。契約書1枚すらない段階でしたから、まずは死去の2日後に、ホーチミン市の非居住者口座に26億円のM&A(合併・買収)費用を送金し「自分たちは本気だ」と伝え、プロジェクトが終わらないように提携先に熱意をアピールしました。
不退転の覚悟で経営資源を集中
蕪木 その決意の表れからか、ベトナムではいつも首に実印をぶら下げていましたね。
小髙 2回払いの合計26億円のM&Aでしたが、日本人は「意思決定が遅い」と言われ、諸外国にチャンスを奪われることが多かったので、「私はいつでもこの場で契約を結べる」ということを示したのです。意思決定の速さこそが、中小企業の最大の強みですから。
もっとも、そのM&Aだけでは私が思い描いていたジャパニーズリゾート&スパの構想を実現することはできませんでした。隣接地の土地使用権や建設許可も取得する必要があるなど、いくつもの条件をクリアしなければなりませんでした。
蕪木 さらに資金と土地が必要だったのですね。
小髙 そのため、ダナンへの進出には、商工中金がアレンジャーとなり、7つの銀行が参加した総額90億円のシンジケートローンを組成していただきました。また、隣接地については、2019年1月に日本人で初の土地使用権の口頭入札を行い、4月には現地提携先の株式を100%取得することに成功。それでようやくホテル建設のメドが立ったのです。
ただ、初めて蕪木先生に相談したときには、「20億円くらいの投資にしたほうがいいのでは?」と諭(さと)されましたね…。
蕪木 投資金額があまりにも大きく、リスクヘッジがしにくい案件だったので、中途半端な決意で臨まないほうがよいと感じたのですが、すぐに小髙代表の本気度を知り、全力でサポートしたいと思いました。それに日本のホテル三日月と同様に、現地の親子3世代をターゲットにする狙いや、「日本文化を輸出する」というコンセプトは、他の五つ星ホテルにはなく、面白いとも思いました。
I-GLOCALグループ代表
小髙 「宝船大作戦」と名付けた日本文化の発信基地にする作戦です。「あとから進出する企業は、すでに進出している企業にないものを高品質かつ安価に提供すればいい」という方針で設計しました。
蕪木 新型コロナウイルス禍に翻弄される時期もありましたね。
小髙 2020年1月に日本政府が中国・武漢からチャーター便で日本人を帰国させることになったのですが、成田や羽田周辺のホテルが軒並み二の足を踏み、当社の勝浦スパホテル三日月で受け入れることにしたのです。「誰もやらないなら三日月がやらなければ」と決め、社員も一丸となって賛同してくれました。受け入れ前日に政府と調整を図り、合意形成ができた場面では安倍晋三元総理からもお電話をいただきました。当時のことが『 安倍晋三 回顧録 』(安倍晋三著/中央公論新社)に掲載されたのは、当社の誇りとなっています。
ところが、受け入れからたったの2週間で風評被害により、当グループのホテルの予約が一気にキャンセルされ、黒字倒産の危機に直面しました。「いくら世のために動いても会社を潰しては…」と困り果てた私を救ってくれたのが商工中金の関根正裕社長でした。2020年3月6日に「日本のために最初にがんばったホテル三日月に1円たりとも心配はさせない」と電話をくださったのです。まだコロナ禍の初期段階のことです。この一言が当社の起死回生のきっかけになりました。
しかし、コロナ禍はいつまで続くかわからない状況でしたし、ダナンプロジェクトを推進するには国内の赤字を止める必要がありました。そこで、断腸の思いで創業の地である勝浦スパホテル三日月と鴨川スパホテル三日月を売却する決断をしたのです。ホテル名の継続と従業員全員の雇用、地元仕入れ業者との取引継続という条件を受け入れてくれた、ホテルマネージメントインターナショナルに経営権を譲渡し、不退転の覚悟でダナンプロジェクトに経営資源を集中させました。苦渋の決断だっただけに、「物語は始めることより終わらせることのほうが難しい」と痛感しました。
蕪木 その頃は、ベトナムにもコロナ禍の嵐が吹き荒れていましたね。
小髙 2020年8月には、ダナン市で初めての医療従事者隔離の協力要請が政府からありました。「日本で最初に隔離者を受け入れた御社にお願いしたい」と頼まれ、正直悩みましたが、ベトナムはロックダウン下だったので、ホテルの建築工事を続けることを条件に応じました。
蕪木 日本でもベトナムでも「誰もやらないことをやる」ことで活路を開いてきたのですね。施工を現地企業に直接発注していましたが(設計は日系企業)、これもあまり例がなかったことだと思います。
小髙 1円でも抑えたい思いもありましたし、現地の建設会社から「ベトナム人だけでも五つ星ホテルが建てられることを示したい」と言われて、発注を決断しました。
蕪木 ロックダウンによりベトナム全体でゼネコンへの支払いが滞っていたときにも、ゼネコンの財務内容を信用調査したうえであえて過払いをしていましたよね。
小髙 苦しい状況にあるなら、私たちが過払い気味に払えば喜ばれるだろうし、工事現場に人も気持ちも投入してくれるだろうと考えました。現場で働く職人と家族に、現金や食料、サプリメント、マスクなども差し入れました。当時の職人の数は300人程度でしたが、関係ない人たちまで来てしまい、どういうわけか600人分くらいの差し入れを配布することになりましたね。
蕪木 なるほど(笑)。
小髙 一方、2018年にM&Aをしたホテルのベトナム人スタッフには、「二つ星ホテルから五つ星ホテルのスタッフにする」と宣言し、コロナ禍で従業員を解雇したホテルも多いなかで、全員継続して雇用しました。
蕪木 そういった心意気があったからこそ、コロナ禍という非常事態のなかで職人もスタッフも全力で仕事に取り組んでくれたのでしょうね。
小髙 国が違っても、経済合理性と情熱が両立すれば、多くの人たちに納得してもらえるということを実感しました。
B/Sで稼げるビジネスモデルを構築する
蕪木 2022年3月には、他の資産も売却し、40億円の追加投資(増資)をしていますね。そして2022年6月に、ホテルを全室オープン(ホテル294室、ヴィラ48室)されましたが、部分オープンにするか、全室オープンするか、迷われましたよね。
小髙 はい。ベトナムは経済を再開していましたが、日本はまだコロナ禍で集客が回復していない時期だったので、不安がありました。しかし、思い切って全室オープンしたら、1週目の土曜日から客室の稼働率が90%を超えました。開業から2年半が経過し、初年度の宿泊&日帰りは合計59万人(稼働率63%)、2年目は67万人(同69%)で、ダナンの五つ星ホテルではトップレベルの集客数となっています。
蕪木 ホテル三日月グループには、P/L(損益計算書)が苦しいときはB/S(貸借対照表)で稼げるビジネスモデルという強みがあります。わかりやすい例では、ダナンで取得した不動産の価値が取得時から7倍に上がっているそうですね。
小髙 他にも、ベトナムに送金した資金を現地の銀行で運用していますが、2022年ごろは年利11%だったことに加え(2025年現在は6%前後)、円安の進行で運用と為替の2馬力状態になりました。
蕪木 日本企業はB/Sで稼ぐことをあまり意識しませんが、実現できれば、短期的には売り上げや利益が伸びなくても踏ん張れます。
小髙 まさにB/S、P/L、時間、外貨を同時に稼ぐ宿泊業の輸出モデルです。ベトナムの1人当たりGDP(国内総生産)は1970年代前半の日本と同程度なのに、ベトナムの人々は皆、スマホを持っている。文化や経済が一足飛びに跳ねる原理に着目すれば、中小企業にも勝機はあります。
先進国の尺度が通用しないことも…
蕪木 ただ、ベトナムをはじめとする新興国へ進出する際には、先進国の尺度では通用しない物事があることも理解する必要がありますね。
小髙 日本国内では人手不足が深刻ですが、ラグビー日本代表のようにグローバルな構成にすれば、多くの問題が解消します。当グループは、国内では7カ国の人が働いていますし、ダナンでは社長が韓国人、GM(ゼネラルマネジャー)はイギリス人、500人以上のベトナム人スタッフという構成です。
蕪木 社内で多様性を育むことで、グローバルビジネスに対応していったわけですね。しかも、ダナン三日月を訪ねるたびに感じることですが、社員の皆さんがいつも笑顔で、いきいきと働いていますね。
小髙 一般的な五つ星ホテルでは、修繕する際、元通りの状態にすることが常ですが、ダナン三日月では従業員の判断に任せ、彼らのアイデアで変更してもらっています。チャレンジと冒険ができるせいか、他の五つ星ホテルから高い給料で誘われても残ってくれる従業員がたくさんいます。本当にありがたいです。
周辺のASEAN諸国の状況はどうなっているのでしょうか?
蕪木 インドネシアの人口は世界で4番目に多く、中間層向けのビジネスも拡大が見込まれます。ただし、インフラが未整備で物流コストが高く、ややリスクもあります。タイはASEANの物流拠点ですが、労働コストが上昇し、環境規制も厳しくなっています。フィリピンは若年人口が多く、労働力を確保しやすいものの、インフラが未整備で物流コストが高く、離職率が高い問題もあります。マレーシアは人口が3000万人程度と少なめです。その点、ベトナムは若年人口が多く、グローバルサプライチェーンとしての役割も拡大中です。勤勉で優秀な人材が多いという特長もあります。
小髙 ASEANには素晴らしい可能性があると思うのですが、今の日本には挑戦しない風潮があります。しかし、私は成功の反対は失敗ではなく、何もしないことだと考えています。だから「どうやったらできるか」しか考えない。海外進出についても、できない理由を考える人が多すぎると思います。
蕪木 まったく同感です。中小企業こそ後継者や若い世代を海外に出して挑戦させるべきだと思います。
小髙 1人では何もできないけれど、1人が動かなければ、何も始まらない。自分で決断できる中小企業の経営者は、1人目になれる存在だと私は考えています。これからの経営においては、誰もが嫌がることを率先してやる「道徳」と、人がやらないことを正解にする「経済」の観点が欠かせないと思います。
蕪木 ホテル三日月グループがダナン三日月の前の国道に、3億円の歩道橋を建築して寄付したのは、道徳と経済の両面において素晴らしい取り組みでしたね。まさに現代の日越の架け橋だと思います。
取材・文/大山弘子
日本企業がASEANに進出する際に知っておきたい入門知識を一冊に。事前計画やファイナンスといった海外進出に共通する基礎知識のほか、ASEAN各国の政治・経済の状況、進出時の注意点、税制や法規制のルールなど、中堅・中小企業のビジネスパーソンに向けてわかりやすく解説。
日本貿易振興機構(ジェトロ)中堅中小企業課監修/日本経済新聞出版/1980円(税込み)





