「人生の先輩として若いみなさんに伝えたいことは、夢とはあなたの人生そのものではないかということです。『人生を拓く』というのは、あなた自身の夢を実現するための長い旅のようなものと言い換えてもよいかもしれません」。ジャーナリストで立教大学の客員教授でもある池上彰さんが、大学生に向けて特別講義を行いました。『人生と仕事と学びをつなぐ15の講義 18歳からのキャリアデザイン』(日本経済新聞社、立教大学編/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けします。

どんな未来を描いていますか?

 これから大学生活を始める新入生、大学進学を目指し始めた高校生はどんな夢を描いているでしょうか。「商社でグローバルに活躍したい」「教師になって子どもたちに教えたい」「生まれ育った地元の自治体で公務員になりたい」。将来への夢はより現実的な姿として浮かぶようになっているのではないでしょうか。

 私は小学生のころ、地方で働く新聞記者のドキュメントを読んだことがきっかけになり、新聞記者になりたいという夢を抱くようになりました。気象庁の予報官になりたいと考えていたこともあります。大学生になってから、戦後史として語り継がれる「あさま山荘事件」のテレビニュースを見て、「これからはテレビ報道の時代が来るのだろう」という予感からNHK記者の道を選んだのです。

 NHKを退職した後、ジャーナリストとして取材・執筆活動を続けています。テレビキャスターの仕事も経験しました。そして、最近は全国の複数の大学の教授として現代史や経済学などをテーマに講義をしています。新聞記者にはなりませんでしたが、世代を超えて人々に伝え続ける役割を果たしてきたのです。夢は変わっていくものです。

立教大学で行われた池上さんの公開講演会「グローバル社会を生きる」(写真:立教大学提供)
立教大学で行われた池上さんの公開講演会「グローバル社会を生きる」(写真:立教大学提供)
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 人生の先輩として若いみなさんに伝えたいことは、夢とはあなたの人生そのものではないかということです。「人生を拓く」というのは、あなた自身の夢を実現するための長い旅のようなものと言い換えてもよいかもしれません。

 人生を考えるようになり、将来が不安になったり、知らない世界を恐れたりすることがあるでしょう。それはあなたが決して弱い人だからではありません。人生と真正面に向き合っている証しです。迷ったら友人や先輩、恩師に相談してみるのもよいでしょう。生きるためのマニュアル本はありません。そのために新しい知識を学び、人との交流を深めながら世界を広げていく場として大学という存在があるのです。

経済や社会の変化を知ろう

 大学で講義をしたり、各地で大学生や高校生に講演したりしているとよく尋ねられる質問があります。それは「人工知能(AI)が進化すると人間の仕事が奪われると言われます。どのような仕事がなくなるのでしょうか」という疑問です。

 「その疑問への答えはAIに求めた方がいいかもしれません」と答えたくなりますが、あなたに気づいてほしいことがあります。それはAIが普及してなくなる仕事がある一方で、新たな仕事が生まれてくるということです。たとえばAIそのものを設計する技術者、AIで大量のデータを分析する専門家が思い浮かびます。さらにAIを活用して従来の仕事の時間を短縮すれば、新しい提案や戦略を練る時間を増やせるのです。

 あなたは世界史の授業で産業革命を学んだでしょう。蒸気機関が発明され、人間に代わる新たな動力源が普及しました。工場で必要とされる労働力が減り、多くの人々が仕事を失いました。一方、工場の生産力が高まると新たな取引や貿易の機会が生まれ、経済が成長するきっかけも生んだのです。いまやAIが経済や社会にもたらすその衝撃は産業革命にも匹敵するとも言われるようになりました。

 社会のできごとを見るときには、プラスとマイナスの両面からその意味を考えましょう。たとえば、日本は人口減少に直面しています。長期的には人口が1億人を下回るという分析もあります。将来を見据え、労働力不足を新しい技術で補っていかねばなりません。AIにはその役割を担う先端技術として期待が集まっているのです。

 資源の乏しい日本が成長するための切り札の一つは技術革新です。技術革新が既存の産業にも成長のチャンスになる事例があります。1970年代の石油危機のとき、日本の自動車メーカーは世界に先駆けて燃費性能のよい新エンジンを開発して、市場を獲得していきました。自動車産業はAIや情報技術(IT)、環境対策技術などと融合して進化し続けています。そんな新しい時代の可能性を切り拓くのはあなたのような若者なのです。

 あなたは、いまは4年間の大学生活、卒業後の進路を考えるだけで精いっぱいでしょう。いまは明解な答えがなくてもよいのです。学び方や生き方を選ぶことは、AIではなくあなた自身に託されているのです。それは大学の先輩たちが歩んできた道なのです。

 大学では友人や先輩、先生とたくさん話をしてみてください。人に自分の思いを語って聞いてもらうには自分の考えをまとめなければなりません。ほかの人の考えや価値観に触れて、共感したり、自分との違いに気づいたりすることも大事です。人生は人それぞれなのです。

大学での学びが世界を広げる

 学生たちから質問されるのが「大学でどんなことを学んでおけばよいでしょうか」という悩みです。この質問には「経験したことのすべてがあなたの力になります」と助言します。高校までは社会に出るための基礎学力を身につけることに重点が置かれていました。学習指導要領に基づいて先生が教えることは文部科学省が決めていました。大学では学生が関心のある科目を選択し、自ら学びの機会を広げていくことが可能になります。

 私が客員教授を務める立教大学で「働くこととは何か」をテーマに、経済学部の首藤若菜教授、学生たちと対話する機会がありました。学生たちの疑問や考え方は、これから始まる学生生活のヒントになると思いますので一部を紹介しましょう。

立教大学の首藤若菜教授と「働くこととは何か」について対談した池上さん(写真:立教大学提供)
立教大学の首藤若菜教授と「働くこととは何か」について対談した池上さん(写真:立教大学提供)
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 まず、学生から「自分のやりたいことをどのように考えたらよいのでしょう」と問われました。私自身は高校の政治経済の授業で面白さを感じ、大学で経済学を究めたいと思いました。まさに日本が高度経済成長期でした。しかし、その豊かさから取り残されている人々がいることにも疑問を抱いていたのです。経済学は限られた資源を配分し、経済や社会の課題を解決する学問なのです。

 いま振り返れば、高校生、大学生だったころの自分自身に具体的な将来の見通しがあったわけではありません。それでも自分がやりたいことを自分で見つけ出し、一歩ずつでも構わないので自ら動いてみないと、やってみたいことは見つけられないものだと考えています。

 さらに別の学生から「働くことの意味ややりがいをどう考えるか」と尋ねられました。働いていると自分が世の中の役に立っているかどうかと考えることがあります。働くこととは、社会に自分の居場所をつくることだと思います。あるいは社会から自分が必要とされ、その期待に応える自己実現の場ともいえるかもしれません。

 やりがいを感じ、給料も高い仕事があればいいけれど、その両方を満たすのは現実には難しいでしょう。働くということは、理想の生き方や働き方を考えながら、現実社会を見極めながら、一つひとつ答えを導いていくような作業なのだと思います。

学びが人生を豊かにする

 毎春、専攻分野の学びや留学、サークル活動に夢を膨らませている新入生がいる一方で、新たな一歩を踏み出せずにいる新入生がいます。たとえば受験で燃え尽きてしまい、なかなかやる気が出ずに悩んでいる新入生。第1志望の大学を忘れられずに再受験するかどうか迷っている新入生。みなさんの心情はよくわかります。

 多くの先輩たちが期待と不安を胸にキャンパスライフをスタートさせてきたのです。あなたの人生ですから、じっくりと考え、信じた道へ一歩を踏み出してください。迷ったら一度、立ち止まってみましょう。何事にもチャレンジできる心が若さの特権なのです。

入学式の大学正門で記念撮影をする学生ら(立教大学池袋キャンパス)(写真:立教大学提供)
入学式の大学正門で記念撮影をする学生ら(立教大学池袋キャンパス)(写真:立教大学提供)
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 毎年、新入生から「大学で何をどれだけ学んでおけば、社会に出て役に立ちますか」と尋ねられることがあります。残念ながら「これだけ学べば十分」といえるものはありません。大学で講義に出席したり、論文を執筆したりすることは、試験対策のように暗記をして臨むわけにはいかないのです。対話を通じて、あなたの好奇心が刺激されるでしょう。

 学び続けていく上で大事なポイントがあります。それは文科系、理科系の壁を越えて学びを広げる「文理融合」の姿勢です。専攻科目に偏ることなく、経済、法律、AIといった分野の基本的な知識や関連ニュースを知り、学びへのヒントにしていくことを勧めます。現代世界が抱える課題を理解し、未来への解を考えていかねばなりません。予期せぬ変化を乗り越えていくには文理の壁を破る知識と視点が欠かせなくなっているのです。

 代表的な現代の課題がAIとの共存でしょう。利便性が先行して注目されていますが、経済、社会、教育など私たちの暮らしに広く影響を及ぼしていく可能性があります。世界の人々が利用するルール、企業がビジネスに活用するルール、著作権などの権利を保護するルールなど様々な角度から考えていかねばならない課題があるのです。これらは技術者だけが考えればよいテーマではありません。

 「リスキリング」という言葉を聞いたことがありますか。この言葉は学び直すことを意味しています。とりわけ、社会に出て働く人々が「再びスキルを身につける」という狙いがあります。新しいビジネスの手法や技術革新に対応するために、世界や日本の有力企業がこうした社員研修に力を入れています。学び続ける力があなたの好奇心を刺激し、チャレンジする心を育んでくれるでしょう。その積み重ねが人生を豊かにしてくれるはずです。

 学び直しのために大学に入ってくる社会人もいます。彼らの姿勢は、あなたにとって大いなる刺激になるでしょう。

 大学の入学式はあなたの長い人生のスタートラインなのです。大学生活はあなたの人生を切り拓いていく助走期間ともいえるでしょう。学部を卒業するまでの4年間はかけがえのない時間です。それが人生の先輩から若者たちに贈る偽らざる気持ちです。

 キャンパスには四季折々の風景があります。春には桜が満開になり、学生たちや近隣に住む人々が記念撮影をします。春学期の定期試験が始まるころには、木陰が厳しい日差しから学生を守ってくれます。長い夏休みを終えると、久しぶりに会う友人との会話にうれしさを感じるかもしれません。晩秋には美しく黄色に輝く銀杏(いちょう)並木の下で、大事な人や仲間と夢を語り合うことでしょう。あなたがそんな風景を懐かしく思える日はあっという間にやってきます。

 さあ、キャンパスへようこそ!

なぜ私たちは大学で学ぶのか?

全国の大学生や進学を考える高校生に向けて、大学で考えてほしい人生や仕事につながる15のテーマを1冊に。キャンパスでの新生活の心構えから、情報収集に強くなるコツ、自分の進路を考えるためのニュースの読み方、未来につながる大学での学び方や仲間との活動まで、やさしく解説します。

日本経済新聞社、立教大学編/日本経済新聞出版/1760円(税込み)