エンジニア、クリエイター、事務職――「AIに仕事が取られてしまうのではないか」という不安を感じたことはないでしょうか? その問いに対して、澤円氏と水谷享平氏の答えとは。『The Giver 人を動かす方程式』(文藝春秋)と『話が長いエンジニア、答えを急ぐ営業』(日経BP)を刊行した両氏の対談、後編です。

「AIに仕事を奪われるのではないか」と不安を感じている方は多そうです。

澤円氏(以下、澤):計算とかの分野では、すでにコンピューターのほうが人間よりもずっと賢かった。それを考えると「何を今さら」とも感じます。でも、「考える」ことは人の仕事だと思っていたのに、これだけ思考が外部化されてしまうと、仕事観の前提が揺れてしまって、慌てるのも無理はないですよね。

水谷享平氏(以下、水谷):私は、キーワードは「コンテキスト(文脈)」だと思っています。AIは賢いですが、今はまだ「何を判断するのか」「何が前提なのか」を言語化して渡さないとうまく動けない。これを整えてあげるのが人間の仕事になるでしょう。本でも書いていますが、コンテキストをそろえるという仕事は、相手が人でもAIでも変わりません。

:大きな変革のときには、コンテキストを意識するのは大事ですね。例えばアートの世界でも、写真機が登場したとき、「写実的に描く」という仕事の意味合いや位置づけが、がらっと変わってしまったんです。写真機があることを前提にしつつ、新たに「描くこと」の意味を作り出すというチャレンジの結果、アートはまったく違う発展を続けています。このようなチャレンジをすることが、「グリップ感のある仕事」をする上で必要なマインドセットだと思います。

澤 円(さわ・まどか)
(株)圓窓 代表取締役。武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 専任教員(教授)。元・日本マイクロソフト株式会社業務執行役員。マイクロソフトテクノロジーセンターのセンター長を2020年8月まで務めた。2019年に株式会社圓窓を設立。DXやビジネスパーソンの生産性向上、サイバーセキュリティや組織マネジメントなど幅広い領域のアドバイザーやコンサルティングなどを行っている。

水谷:もっと先の未来まで想像すると、正直人間の仕事はほとんど残らないんじゃないか……とも思ってしまうのですが、当面は「AIに適切なコンテキストを与えること」が人間の役割になると思います。この「適切」というのがまだAIには難しくて、仕事や業界の解像度も高くないといけないから、そこはまだ人間が必要です。

「コンテキストのずれ」が苦手な日本人

:コンテキストの話で言うと、日本の組織文化は「前提が非常にそろいやすい」という特徴があります。だからこそ、逆に「ずれ耐性」が育ちにくいとも言えます。AI時代は、常に「何かがずれている」のが常態化するので、そこが課題と言えるかもしれません。

水谷:「言わなくても察して動く」みたいな文化は、特徴的かもしれないですね。外資系企業だと、誰かが動いてくれないときは「はっきりと要望を伝えなかった側が悪い」となることが多いですが、日本企業だと「察して動かなかったほうが悪い」となってしまうこともあります。

水谷 享平(みずたに きょうへい)
東京大学大学院工学系研究科修了後、新卒でGoogleに入社。技術営業・技術コンサルタントを経験した後、XRスタートアップSTYLYで執行役員としてプロダクトマネージャー、ディレクター、人事、資金調達、経営企画など幅広い職務を担当。その後、外資系AI半導体スタートアップ Tenstorrentで官公庁プロジェクトを牽引。現在はAIスタートアップのブリングアウトでVP of AIとして新規事業開発を担う。また、事業構想大学院大学の客員教授を務める。

:小学校から高校までのあいだに、日本にだけない制度というのがあって、何だか分かりますか? それは「飛び級」制度です。正確には、大学には「飛び入学」という制度自体はあるのですが、ほとんどなじみがありません。飛び級がないと、小学校から高校まで、基本的には同年代で同質な人と、12年間ずっと一緒に過ごすことになる。だから嫌でもコンテキストはそろうし、「相手も同じことを考えているはず」という前提が育ちやすいんですね。

 今のAIは第4次産業革命と言われていますが、第1次と第2次に対しては、日本は非常にうまく適応しました。高度経済成長の時代には、この同質性と効率化というのが有効に働いた。でも、第3次のインターネットのときに、盛大につまずいてしまった。

水谷:インターネットで、人の行動や物の買い方も変わりましたね。世代や性別に向けてではなく、個人の趣味嗜好に向けてマーケティングが行われるようになりました。インターネット以前は、そもそも自分とは違う他人の価値観にじっくり触れるという機会が少なかった気がします。

:日本にも、インターネットでリードする技術的なチャンスはありましたが、それを生かしきれなかった面もあります。それで、プラットフォーマーはほぼ全部が米国企業になってしまった。その流れが、AI以降も続くかもしれません。

「やりたい仕事」は人間がやっていい

前回の「人と関係性をつくる」ことと、今回の「コンテキストを整える」こと。それが、人間の仕事ということでしょうか。

:本の中でも「他人とうまくやっていく」ことについて書いたのですが、やっぱり「面白いことを一緒にやる」というのが、一番手っ取り早いと思います。AIが進化しても、「楽しい」「やりたい」と思う仕事は、人間がやっていいと思いますよ。

 別の本に書いたのですが、小室哲哉さんのエピソードで大好きなものがあるんです。小室さんは早くから電子音楽を作られていますが、ライブでは自身でキーボードを演奏するんです。それで「コンピューターが正確に演奏できるのに、なぜ自分で弾くんですか?」と聞かれたとき、「自分が弾きたいと思うフレーズは、コンピューターに入れずに自分で弾いている」と答えたそうです。もしかしたらミスするかもしれないけれど、それがライブなわけで。もう数十年前のインタビューですが、「弾きたいから弾く」というのは、すごく素敵な答えですよね。

水谷:わかります。VR業界にいた頃の話ですが、あるVTuberのライブに参加したときも、みんな実際に会場に行くんです。理屈だけで言えば、映像を流すだけでもライブは成り立つはずです。でも「今、そこで人間がやっている」からこそ特別な意味が生まれる領域っていうのは、あると思います。当時は今と比べるとトラッキングの技術も発展途上でしたから、リアルタイムならではのトラブルもあったりして。でも、そういうライブ感がめちゃくちゃ楽しかった。

:知人がエリック・クラプトンのライブに行ったとき、ギターソロのパートでクラプトンがミスをしたそうなんです。誰が聞いても分かるような変な音が出た。そうしたらクラプトンがぱっと演奏を止めて、舞台袖のほうを見て「やっちゃった」って顔をして、また弾き始めたそうなんです。それで観客はもう熱狂しちゃうんですよ。これがライブの揺らぎで、コンピューターでは起きないことですよね。

水谷:そういう楽しい仕事や、意味があると感じる仕事は、人間に残しておいてもいいですよね。人間に残るのは、速くて正確な仕事ではなくて、「何のためにやるのか」「誰のためにやるのか」という、意味をつくる仕事なのだと思います。

取材・文/西 倫英(日経BOOKプラス編集) 写真/尾関祐治

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発行日:2026年2月27日
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