2026年初頭に2冊の新刊が発売されました。澤円氏著『The Giver 人を動かす方程式』(文藝春秋)と、水谷享平氏著『話が長いエンジニア、答えを急ぐ営業』(日経BP)は、切り口こそ違えど「ほかの人とうまくやって、より良い未来を目指す」というゴールは共通しています。なぜ今、このテーマで本を出したのか。職場の関係性づくりについて、お二人に語ってもらいました。

今年に入ってから、澤さんは『 The Giver 人を動かす方程式 』、水谷さんは『 話が長いエンジニア、答えを急ぐ営業 』を刊行されました。それぞれ、どのような経緯だったのですか?
澤円氏(以下、澤):もともと文藝春秋の編集者から出版の話が来たときの内容は、「澤さんの勉強法を教えてください」というものでした。「AI時代に、人はどうやって勉強していけばよいのか」という。でも、僕は一般的にイメージするような勉強はあまりしていないから、困りました。じゃあどうするかとなって、原点に戻って考えました。
個人が生きるのは幸せになるためで、そのためには他者との関係性が必要です。それとAI時代というのを掛け合わせて、「Giver」というコンセプトに落としました。自分からアウトプットし続けていると、他者からのフィードバックがあって、それがすごく良いインプットになるんです。僕は常に「Giver(ギバー)でありたい」と思っていて、その考え方をノウハウ風にまとめたのが今回の本です。
水谷享平氏(以下、水谷):私は一日中Xを見ているんですが、2025年の3月ごろに「エンジニアって性格悪くない?」という匿名の投稿が話題になっていたんです。これまでに何度見かけたかわからないテーマですが、それに対する反応を見ると、みんな「エンジニアが悪い」「いや営業が悪い」と言い合っていて。私自身がずっと仲介役的な役割をしてきたこともあって、Xで「性格や能力じゃなくて、構造の問題では?」というポストをしたら、多くの方に見ていただけました。それでnoteでもう少し詳しく書いた記事を公開したら、それも多くの反応をいただけて。それが本を出すきっかけになりました。
職場におけるGiverと仲介者
澤さんの「Giver」は個人の幸せに焦点を当てていて、水谷さんの「仲介者」は少し俯瞰して構造を見ているように感じます。それぞれの視点はどう感じますか?
澤:ズームインとズームアウトの違いですね。「どこに近づいて見るか」というフォーカスが違うだけで、見ているものは同じだと感じました。見ているものは同じだけれど、解像度に違いがある。俯瞰して構造を見ると、解像度は粗くなるけれど、全体を網羅できる。
それはそれで一つの見方であって、僕は最終的に「個人の幸せ」に落ちるように書いているから、究極のズームインなんですよね。

水谷:そうですね。対人関係にしても対AIにしても、「コンテキスト(文脈)」というキーワードはこれからどんどん重要になると思います。これまでは「いかに質の高いアウトプットを出すか」ということばかりを考えがちでしたが、これからはその背景や裏側も大事になる。「エンジニアって無口だよね」とか「営業って雑だよね」とか、表面上のアウトプットだけじゃなくて、ちょっと冷静に見てみたらどうでしょうかということで、私は少し引いて構造を見るところから始めました。
「人との関係性」は、よくいう「人脈」とは別のものなのでしょうか。
澤:僕は人脈という言葉があまり好きではないのですが、例えば、異業種交流会とかで、まるで手裏剣のごとく名刺を配る人もいるじゃないですか。でも、渡されたほうは相手のことを1ミリも覚えていないですよね。仮に、その名刺がきっかけで何か仕事につながったとしても、相手が話しているのは会社と肩書が書かれた名刺に対してであって、その人ではない。それは、お互いがハッピーになれる関係性とはいえませんよね。
水谷:私もこれまでいろいろな職を経験してきましたが、私がどの会社でどの役職かに関わらず、ずっと気にかけてくれる方や、何かあれば「一緒にやろう」と言ってくれる方がいます。本当にありがたいなと思っていて、そういう関係を作るためにも、社内で対立している場合ではないんです。
澤さんが著書で書かれていた「ビジネスは壮大な推し活である」っていうのが、すごくいいなと思って。推し活って、仲介役にも通じるなと感じました。

澤:これは本には書けなかった話なのですが、量子力学の世界で「観測をした時点で状態が決定する」っていうのがあるじゃないですか。「Giverである」ということを意識して観測した時点で、その人は見返りが目的のMatcherであることが確定してしまうんですね。「ここで相手に何かしてあげたら、次は何か得につながるかな」と考えてしまいがちなんですけれど、そうではなくて。Giveすることを習慣にして、ただ「職場のあの人を推したい」「貢献したい」と行動できるようになると、本物のGiverと言えるのだと思います。
水谷:私は仲介役のスキルのひとつとして第3章で「謙虚さ」を挙げましたが、「仕事相手を推す」というメンタルで接することができたら、それでうまくいくのではないかなと思いました。
「べき」「難しい」「サクッと」が職場の関係を壊す
具体的に「仕事相手に使ってはいけないNGなワード」はあるのでしょうか?
澤:これは明確にあります。「べき」と「難しい」です。
特に「べき」は、対立を生む最短ワードです。「エンジニアなら、○○すべきだろう」のような言い方ですね。主語が「私」ではなく集団や物事になると、イデオロギー論争になってしまいます。だから、私は「『べき』と言いそうになったら、『私はこう考える』と言い換えましょう」とお伝えしています。主語を、集団から自分に取り戻すんです。
また、「難しい」は結論なので、そこで会話を終わらせてしまう言葉です。何かを相談して「それは難しい」と言われたら、もう何も話せないですよね。だから、「難しい」も「それは、どうやったらできるかな?」と言い換えることをお勧めしています。

水谷: 別の記事(「これ、簡単なので急ぎでお願いします」はNG エンジニアを味方につける「仲介思考」) でもお話ししたのですが、私は「サクッと」「パパッと」のように、相手の仕事を軽く見積もる言葉はNGだと考えています。自分の解像度が高くないことを、「簡単だろう」と決めつけて話すのは対立のもとになります。逆に「大変だと思うんですけれど……」とお願いしたほうがスムーズに物事が進むことのほうが多いと思います。
もし、「これはエンジニアとしてやるべき。サクッと対応してよ」みたいな言い方をしたとしたら……
澤:完全にアウトですね(笑)。昔、マイクロソフトのエンジニア向けの講演のときにそういう対立をテーマにしたことがあって、そこでも「ちゃちゃっと」「なる早で」「いい感じに」といった言い方が挙がり、「それはマネジメントとして欠けているよね」という話をしました。
水谷:でも、すごくありそうなシーンですよね。「相手のことを推して、応援したい」と思っていれば、そんな言い方にはならない。やっぱり「Giver」と「仲介役」は、メンタルとしてかなり似ているように感じます。
まずは挨拶と感謝から。毎日一つ違うことをする
まずは、どんなことからやっていけばいいのでしょうか?
澤:関係を作る最小単位は、挨拶と感謝です。明日会社に行ったら、ドレミファソの「ソ」くらいの音程で「おはようございます!」と挨拶をしましょう。人って、ぼそぼそとしゃべると「ド」の音程で、「ソ」の音程だとちょうど聞きやすくて元気な声になるんだそうです。すでに挨拶をしている人は、普段挨拶をしない人に対してしてみましょう。
また、社内でなくても、店員さんやいろんな方に「ありがとうございます!」とお礼を言いましょう。「挨拶なんて」と思うかもしれませんが、これができないくらいなら、人との関係性なんてつくれません。

水谷:私は対人関係とはちょっと違うのですが、「いつもと違うことを一つやってみる」のもいいと思います。いつもと違う駅から歩くとか、入ったことがないお店に入ってみるとか。日常を少しずらすだけで観察のスイッチが入って、新しいことへのハードルが少しずつ下がっていきます。そうやって、自分の外にある新しいコンテキストに触れる習慣は、AI時代にも効いてくると思います。
澤:面白いですね。身に着けるものをちょっと変えるというのも、ファッションは心理状態をアップデートできる効果がありますからね。
(後編へ続く)
取材・文/西 倫英(日経BOOKプラス編集) 写真/尾関祐治
Googleで仲介役を務めた著者が、エンジニアと営業のすれ違いを解決する「仲介思考」をまとめた1冊。「謙虚さ」「理解」「発見」という3つのプロセスを経て解決に導く考え方やトレーニング方法も紹介。
価格:2,420円(税込)
発行日:2026年2月27日
著者名:水谷享平 著
