4月23日はサン・ジョルディの日。本を贈り合うこの記念日に合わせて、日経BOOKプラス編集部のメンバーがそれぞれのおすすめの本を自由気ままに語ってみる、という企画。2024年もやります! それぞれがどんなときに手に取り、読んで、どう思ったのか。そんな編集部員のエピソードが、皆さんの新しい本との出合いのきっかけになれば幸いです。あみだくじで決まった順番でお届けします。

長野洋子が贈りたい本/実践的な心の鍛え方を教えてくれた
『勝つ人のメンタル』大儀見浩介著、日経プレミアシリーズ
この企画のように、編集部では日常的に読んで面白かった本をシェアする文化があり、ちょうど一年前に編集部の桜井さん(以下、3番目に登場)に教えてもらったのが、この『 勝つ人のメンタル 』(大儀見浩介著、日経プレミアシリーズ)です。
我が家には毎日サッカーに打ち込む息子がいます。食事から自主トレーニングまで、家族全員で彼のサッカーライフを全力応援する日々。心と体の大事な成長期に、そして、高い目標を達成するために何が必要なのか――編集部での雑談中、そんな文脈で教えてもらった1冊です。
サッカー経験者であり、スポーツやビジネス、教育の現場でメンタルトレーニングを指導している著者が、スポーツ心理学に基づき、やる気や集中力を高めて、最高のメンタル状態で本番を迎えるための心の鍛え方を教えてくれます。
印象的だったのは、「トップアスリートや目標達成できる人は、結果重視ではなく、プロセスや課題、自分の成長を重視している」ということ。結果(=勝ちや評価)にこだわるとミスを呼び、ミスを恐れてチャレンジができなくなってしまう。目標は、現状の1割増しくらいの設定で「やれそうだな感」が高まるのが大事だ、と。イメージトレーニングで使う五感、効果的なやり方も目からウロコでした。思考のタイプ分類と解説もあります。もちろんプラス思考がいいに決まっているのですが、プラス思考にも陥りやすいワナがあるようです。
強いタイトルの本ですが、ここで言う「勝つ人」というのは、誰かと競い合って勝つのではなく、自分のメンタルをコントロールしてやる気を生み出し、達成感を味わえる人のこと。
読み始めた当初は息子のために……なんて思っていましたが、私自身にも役立つノウハウが詰まっていました。この本を読んでから、自分用の「アゲ曲」セットリストをつくり、感情を制御するための独り言をつぶやくように。息子が、ネガティブな気持ちになったときに切り替える言葉がけも意識しています。とはいえ、分かっていても実践できない、続かない弱い自分もいます。だから、心がくたびれそうなときや自分を鼓舞したいときに何度も読み返せるよう、いつも手の届く場所に置いています。
(長野洋子)
木村やえが贈りたい本/親子にもおすすめ お金と経済がわかる絵本
『レモンをお金にかえる法 “経済学入門”の巻』ぶん=ルイズ・アームストロング、え=ビル・バッソ、やく=佐和隆光、河出書房新社
2024年1月に新NISAが導入されたり、円安や物価高でモノの値段が上がったり、ここ最近はかつてないほどお金について考える機会が増えています。そこでマネー本を読み始めてみるものの、基本を知らないと挫折することもしばしば。まじめな本で勉強するのに疲れたらおすすめなのが、お金と経済をテーマにしたロングセラー絵本『 レモンをお金にかえる法 』です。絵本ですので、親子で読むのもおすすめです。
本書は、まずミーという少女がレモンを元手にレモネードという「製品」を作り、「商売」を始めます。「市場価格」を決め、「利益」を「初期投資」にまわし、お店のお手伝いをしてくれるジョニーをやとい「経営」をします。しかし、ジョニーは「労働」に対する不満がたまり、ミーとの間で「交渉」が始まります。さあ、「企業家」のミーの運命は。そして、ミーの「資産」はどうなるのか。
平易な文章とユーモラスな絵で、市場とは何か、経済合理性とは何かという経済の基本を理解することができます。ジョニーの立場に立つと、労働ということについても考えさせられます。
私が子どもの頃は、お金について話すことはあまりいいとされておらず、投資もギャンブルと同等のように扱われることが多かったように思います。今は中学、高校を中心に、学校でもお金の授業がある時代です。自分のお金、資産について考えないことはリスクとも言えるでしょう。
ただ、「こうすれば節約できる」「この銘柄を買いましょう」など、対症療法的に資産の運用について聞かされても、状況が変わればその情報は使えなくなります。そのような情報も大切ですが、経済の基本を知っていれば、今起きていること、何の情報が自分に必要かということが分かってくるのではないでしょうか。
お金や経済は、どんな年代の人もきちんと考えなければならないものです。だからこそ、分かりやすく楽しく学びたいですね。
(木村やえ)
桜井保幸が贈りたい本/本と本屋がいとおしくなる
『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』内田洋子著、文春文庫
日経BOOKプラスで「 この街に、この本屋さん 」の連載を始めるにあたって、本屋に関する本を読みあさりました。その中で“私的ナンバーワン”が、『 モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語 』(内田洋子著、文春文庫)です。
イタリアのべネチア在住のジャーナリスト、内田洋子さんは、行きつけのベルトーニ書店の店主から、店のルーツがトスカーナ州のモンテレッジォという寒村にあることを知らされます。その村には今(2018年)、32人しか住んでおらず、そのうち4人は90歳代とのこと。
古代ローマから歴史をたどれるモンテレッジォ村では、ずっと自給自足に近い暮らしが続いていましたが、19世紀初頭、大飢饉(ききん)をきっかけに村人たちは行商で生計を立てるようになります。最初は山で拾った栗やキノコ、聖人の絵札、生活暦、砥石(といし)、次第に本を扱い始めます。
行商人たちは出版社から本を買い付け、籠にかつぎ、イタリアじゅうの青空市場で本を売り歩きます。やがて、行商人の中から、書店や出版社を立ち上げる者も現れ、イタリアの出版文化を支えるまでになりました。
まさに事実は小説より奇なり! 内田さんがモンテレッジォ村の存在を知り、村を何度も訪れて村人たちと交流し、歴史を調べ上げていく過程そのものを、一つの物語として読むことができます。
本書には後日談があります。内田さんが村を取材し始めたのをきっかけに、モンテレッジォを含む学区にある小学校の子供たちと日本の子供たちの交流が始まったのです。さらには、日本のテレビ局の企画で村の周辺の子供たち10人が来日することになりました。子供たち一行が泊まったホテルは、偶然ですが、本の街・神保町にありました。この経緯は『 もうひとつのモンテレッジォの物語 』(内田洋子・モンテレッジォの子供達著、方丈社)に書かれています。
これらの本を読むと、書籍の仕事に携われることの幸せを改めて感じます。本好き、本屋好きの人は必読ですね。それと、すてきなイタリア人が大勢出てくるので『 最後はなぜかうまくいくイタリア人 』(宮嶋勲著、日経ビジネス人文庫)を読んだ方にもおすすめします。
(桜井保幸)
石純馨が贈りたい本/心のよりどころの大切さを教えてくれる
『西の魔女が死んだ』梨木香歩著、新潮文庫
私が贈りたいのは、梨木香歩さんの『 西の魔女が死んだ 』という小説です。
中学生になってすぐ、どうしても学校に行けなくなった主人公の少女まいは、大好きなおばあちゃんの家でひと月あまりを過ごすことになります。「西の魔女」と呼ばれるおばあちゃんから魔女修業の手ほどきを受け、庭に広がる植物たちに囲まれながら、新しい生活へと旅立つ力を少しずつ蓄えていきます。
魔女修業の基礎は、何も特別なことをすることではありません。1つ目が健康的な生活習慣を身につけること。2つ目が、自分で決める力を持つこと。
何でも自分で決めるというのはすごく難しいことですよね。まいが「おばあちゃんはいつもわたしに自分で決めろって言うけれど、わたし、何だかいつもおばあちゃんの思う方向にうまく誘導されているような気がする」(本文引用)――と返す場面がありますが、私にもそうした、そっと背中を押してくれるおばあちゃんみたいな人がいたらいいのに……と思うこともありました。
物語を彩る植物たちもすてきです。春から初夏に向かう季節の中で、身近なハーブから初めて聞くような花まで、さまざまな植物がかわるがわる登場して、その風景が目に浮かぶ描写が多く、すがすがしい気持ちにさせてくれます。まいが自分だけの畑を選ぶシーンも印象的でした。そうした心のよりどころとなる場所ができたからこそ、まいはその後、新しい世界に思い切って進むことができたのでしょう。
新しい環境での生活を始めたばかりの人が多いこの季節に、とこの本を選びました。よく考えると、本を贈ること自体、セレクトやタイミングを間違えると押しつけがましい行為になることもありますよね。私はこの本で、おばあちゃんのさりげないやさしさに触れ、元気をもらいました。こんな小さなエピソードが、誰かの本を手に取る機会につながったらうれしいです。
(石 純馨)
小谷雅俊が贈りたい本/最先端のテクノロジーに触れられる青春小説
『オーグメンテッド・スカイ』藤井太洋著、文藝春秋
藤井太洋さんは、私が好きな小説家の一人。『 オービタル・クラウド 』(ハヤカワ文庫JA)で日本SF大賞、『 ハロー・ワールド 』(講談社文庫)で吉川英治文学新人賞を受賞し、日本SF作家クラブの会長も務めた方です。好きな作品はいくつもありますが、今回は2023年6月刊行の長編『 オーグメンテッド・スカイ 』(文藝春秋)をご紹介します。
本作の舞台は鹿児島県にある県立高校の男子寮。先輩が絶対という体育会的な厳しい規律を守る男子寮なのですが、寮の大きな目標が、「VR甲子園」というVR(仮想現実)作品を学生たちが競う全国大会に出場すること。
その作品づくりに寮生たちは没頭するのですが、「ビヨンドチャレンジ」という別のVRの世界大会の存在を知り、そこへの出場も目指すことに。しかし、世界の猛者が集う大会に向けて、高いレベルの作品を作る道筋は簡単ではなく、様々なトラブルが起きます。それらを乗り越えてついに作品が完成し、大会に出場。結果は?――。
個性的な登場人物たちがぶつかり合いながら作品を作り上げていく様子はワクワクし、時にハラハラします。私は高校を卒業してから30年近くがたちますが、若者たちの圧倒的な熱量や真っすぐな思いに打たれ、さわやかな読後感が残る青春小説でした。高校生が大容量サーバーを構築し、VRソフトをフル活用するなど、IT知識を駆使してハードやソフトを存分に使いこなす様子は、昔と今の高校生の違いの一断面が知れて興味深かったです。
藤井さんの作品は、経済社会で話題のトピックを織り込んでいることも魅力の一つ。過去には、遺伝子組み換え作物、ビッグデータ、非正規雇用、シンギュラリティー(AI[人工知能]が人間の知能を上回ること)、ドローン、感染症対策などを取り上げ、時代を先読みする作品を多数発表してきました。
本作でも、主題であるVRはもちろん、仮想通貨、DAO(ダオ、分散型自律組織)などが登場し、そうしたテクノロジーやコンセプトがどのように使われるのか、ストーリーの中で生き生きと描かれています。物語として楽しめるのはもちろんですが、最先端のテクノロジーに触れたい方にもおすすめの1冊です。
(小谷雅俊)
常陸佐矢佳が贈りたい本/100年前に奮闘した女性記者たちの変装潜入ルポ
『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』平山亜佐子著、左右社
日本初の女性弁護士を描くNHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』が話題ですが、今から100年ほど前、新聞の黎明(れいめい)期に活躍した女性記者に注目したのが『 明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記 』です。彼女たちが手掛けた変装潜入ルポ「化け込み」は大ブームとなりましたが、ジャーナリズム史では忘れられた存在でした。著者はその記録を膨大な資料や文献から掘り起こして、本書にまとめています。
変装潜入ルポはアメリカでは19世紀後半に広がった取材手法です。ニューヨーク・ワールド紙のネリー・ブライ記者は病院や工場などの実情を伝え、女性ジャーナリストの草分け的存在となりました。日本では大阪時事新報の下山京子記者が1907年に発表した記事が人気となって「化け込み」の波が到来したのです。
男性記者が情報戦にしのぎを削ったり、スラム街に入って格差問題を伝えたりしていた当時、女性記者の担当は著名人のお宅訪問や家事まわりの記事に集中していました。実情をすっぱ抜く「化け込み」はそんな風潮に一矢報いる企画でしたが、潜伏先が著名人、名士の家庭やカフェなどに限られていたために「大きな社会問題に関わらず、興味本位」といった批判も寄せられたのです。しかし、著者は「そもそも日本では女性に求められる行動範囲が狭められていた」と看破、「社会の周辺に生きた者の記録として意義と魅力がある」と賛辞を贈ります。
実際、職業図鑑としても面白く、貴重なデータベースとなっています。ホルマリン液を抱えて花柳街の電話を消毒してまわる「電話消毒婦」は、感染症流行時に電話が普及したことで生まれた職業で、日当は50銭(現代の2000円程度)ほどだったとか。百貨店の販売員や絵画モデルなどの仕事もまた、エピソードや会話を通じて当時の様子が浮かび上がってきます。
愉快な描写だけではありません。「化け込み」で注目を集めた女性記者の多くは、社内外から中傷を受けました。ジェンダーはもちろん、炎上、オーバーキルなど今につながる問題への考察も興味深いものがあります。書籍のタイトルを見て、「婦人記者」表記は「女性記者」にすべきじゃない? そう感じた人にこそ手に取ってほしい1冊です。
市井の人々の言動から時代への理解を深める姿勢を貫く点では、石原壮一郎さんの日経BOOKプラス連載「 昭和人間のトリセツ~厄介な自分や周囲との付き合い方 」にも通じるところがあります。こちらもあわせてご覧ください。
(常陸佐矢佳)
幸田華子が贈りたい本/肩の力を抜いて癒やしてくれる1冊
『長い旅の途上』星野道夫著、文春文庫
「目が疲れたら、遠くの緑や山を見なさい」と言われたことがある人はいませんか。マイナスイオンや森林浴など、なにかと人間は癒やしを緑や自然に求める気がします。今回私がおすすめするのは、癒やされたい時に読んでほしい自然を感じる1冊です。
それが、星野道夫さんの『 長い旅の途上 』という本です。星野道夫さんは動物や先住民に焦点を当てて活動をした写真家で、その写真は 「ナショナル・ジオグラフィック」 にも大きく評価されました。
写真の撮影とあわせて文章の執筆もされていた星野さんが、主にアラスカで撮った写真とそこで書いた文章をまとめたのが本書です。
自然の中で生きる動物たちの姿やアラスカの壮大な自然、暮らしは、写真を眺めているだけでも癒やされます。さらに、星野さんがつづる言葉を読むと無意識に凝り固まっていたり、緊張していたりする自分の感覚まで解きほぐされて癒やされる感覚があります。
私が特に好きなのは、編集者が働く日々の中でアラスカの海で飛び上がるクジラを感じる話です。それを星野さんは“悠久の自然”と呼んでいます。「日々の暮らしに追われている時、もうひとつの別の時間が流れている。」そして「そのことを知ることができたなら、いや想像でも心の片隅に意識することができたなら、それは生きてゆくうえでひとつの力になるような気がするのだ。」と書かれています。
おととしの冬に星野さんの写真展があることを知り、動物と写真が好きな私は事前に本を読んでから見に行こうと意気込みました。私自身、本を手に取った当時は仕事で落ち込んだり、目まぐるしい毎日に精いっぱいだったりした時期でした。そんな時にこの箇所を読み、肩の力がスッと抜けた感覚がありました。
他に好きな言葉に星野さんの友人の言葉もあります。それが「寒さが人の気持ちを暖かくする。遠く離れていることが、人と人の心を近づけるんだ」という言葉です。本を読んだ当時、ちょうど友人と離れるタイミングだったこともそうですが、自分の落ち込んでいた状況からも寒さ=つらいことや苦しいことがあるからこそ、暖かさ=うれしいことや感動することがある、ととらえて、元気をもらいました。
写真は撮る人の心を写す、とよく言われますが、星野さんの本を読み、言葉に触れてから写真を見ると「この人が撮るから、あの写真なのだ」と、感動と納得感はますます大きくなります。
動物や自然が好きな方、写真が好きな方はもちろん、年度はじめのバタバタで忙しい、新天地で心がザワザワしている人など、自分の落ち着きを取り戻したい、そして癒やされたいと感じているすべての人にこの1冊を贈ります。
(幸田華子)
写真/スタジオキャスパー







