経済安全保障の観点から中国市場にこれ以上期待できなくなった日本の半導体関連産業。中国市場に代わる需要を求めるとすれば、韓国、台湾のほかには、日本の主要企業8社が出資して最先端の半導体の国内生産を目指すラピダスなど、国内の半導体産業の育成がある。しかし、ラピダスには2つの不安な点がある。半導体産業を熟知した経営学者が、日本に必要な復活戦略を示す。『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』(長内厚著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
前編 「鍵を握るのはJASM 日の丸半導体の復権をかけたTSMCの誘致」
ビヨンド2ナノのラピダスの問題点
米中対立の中で経済安全保障は避けて通れないものとなっています。これまで中国は日本の半導体関連産業にとってお得意様でしたが、日本の半導体関連産業が中国市場に代わる需要を求めるとすれば、韓国、台湾のほかにはラピダスなど、国内の半導体産業の育成があります。
ラピダスの挑戦について、電子情報技術産業協会(JEITA)という日本の家電業界団体は「最後にして最大のチャンスだ」と声明を出しました。おそらく、ラピダスが成功しなければ、日本の半導体産業に復活の目はない。反対に、本当に2ナノという最先端の半導体チップをつくることができれば、日本の半導体産業は設備から開発・製造までを奪い返すことができるかもしれない、という願いも込められた言葉です。
しかし、ラピダスには2つの不安な点があると思っています。1つは本当に2ナノの半導体がつくれるのかということです。県大会にも出たことのない選手が、いきなりオリンピックに出ることができるのかという問題です。
もう1つの問題は、仮に開発に成功したとしても、それが量産できるかという問題です。2ナノプロセスの半導体製品の開発ができて、それに必要な生産設備を備えたとしても、それで終わりではありません。量産をしてしっかり歩留まりを上げていくためには、量産のための生産技術やノウハウが必要です。それは主に経験による学習によって獲得されますので、経験のないラピダスがどれだけ量産のための知恵をキャッチアップできるか、そこが大きな試練になるのではないでしょうか。
また、2ナノプロセスは、現時点では超最先端技術ですが、5年、10年たてばコモディティ化している可能性もありますので、ラピダスが考えている中規模生産では、それほどの儲(もう)けが出ない可能性があります。
それで本当にラピダスという会社が成り立つのかどうか。やはり大量につくらなければビジネスとしては成立しないのではないでしょうか。また、技術的なブレイクスルーのためには、それに見合う投資が人に対しても設備に対しても必要です。日本としては破格の2兆円をかけたとしても、台湾積体電路製造(TSMC)に比べると開発・製造資金としてはまだまだ少額にしかすぎません。
それに加えて、日本の部材や設備メーカーは、すでに日本国内の市場を相手にしていません。大量につくるために大量の部材や大規模な設備を発注してくれる相手こそ優良顧客なわけで、大した受注も見込めないような数を追わないプロジェクトに、同じ日本企業だからといって日本の設備・部材メーカーの協力を得られるとは考えにくいのです。
民主国家でつくる安心感という価値
日本でつくることの最大の価値は、もはや技術でも機能や性能でもなく、日本でつくることそのものではないかと思うのです。中国の半導体や通信機器が欧米で嫌われている現状があります。恐れられていると言っても過言ではないほどです。
それは中国という、一党独裁体制の管理国家の下でつくられた通信機器を通して、企業の機密情報や個人の機微情報を扱うことに対する情緒的、感覚的な不安です。ファーウェイやTikTokなど、情報の安全性に不安が示されている企業もあり、排除に至るという動きもあります。
これは、実際に安全性の問題があるというだけでなく、情緒的にその懸念を感じるということも重要です。中国には、民間企業でも国家の情報活動に協力する義務を規定した国家情報法があります。中国企業の製品やサービスに託した個人情報が、中国の国家の情報活動に利用されるのではないかという心配をする人が増えたことそのものが、中国の通信機器やサービスに対するマイナス評価につながっているといえます。
つまり、本当に通信機器から情報が漏れているのかという事の真偽は別にしても、中国製通信機器に脅威を感じるという情緒的価値の低さが、中国製品の弱みといえます。ファーウェイやTikTokはネットワークの機器やサービスであり、通信を行うからこそ安全性に対する情緒的な懸念があるわけですが、今や直接的に通信を行うのは携帯電話やPCなどのいわゆる通信機器やサービスに限られた話ではありません。
最近のテレビは放送の受信だけでなく、各種動画配信サービスが視聴できるようにインターネットにつながっており、エアコンや冷蔵庫などもスマート家電の機能を実現するためにインターネットに接続しています。その他、GAFAMが出している様々なスマート家電、例えばAI(人工知能)スピーカーなども、GAFAMはソフトウエアはつくれてもハードはつくれませんから、結局のところ中国がハード部分をつくっています。
ということは、中国によって機器の中に何かを仕込まれているかもしれないという意味でいえば、家電製品もファーウェイやTikTokと同じことになるのです。そうであるならば、企業の機密情報や個人の機微情報を扱う通信機器や様々な家電製品の生産を中国に任せてよいのか、ということになります。実際の脅威の有無は、この際どちらでもよい話で、要はイメージが大切なのです。何の心配もいらないというイメージさえ与えれば、中国よりその国のもののほうがよいということになるのです。
実際に、今まで低価格を理由にファーウェイ製携帯電話の基地局を導入しようとしていた欧米の企業が、ファーウェイ以外に乗り換えています。その機に乗じて市場に入り込むのがサムスン電子で、指をくわえて見ているだけなのが日本のだめなところです。
自由経済圏で品質が良くて技術にも定評のある日本が、中国に感じるような脅威のない民主主義国としてつくると手を挙げれば、特に技術的に中国より優れていなくても、同等レベルのものをつくるだけで欧米諸国は日本製を選ぶのではないでしょうか。
むしろ変に付加価値を付けることなく、当たり前の商品を安く大量につくるだけの戦略、中国の脅威、中国製品排除の隙間を埋める戦略に打って出るべきなのです。今こそ日本製品を買ってもらうチャンスがやって来ていると思います。
半導体の最先端のプロセスの開発と同時に、最近の通信技術ではビヨンド5G、6Gという開発が進んでいます。これらも半導体の応用技術で、ラピダスがつくる先端半導体と無関係ではありません。こうしたものを日本の企業が開発して日本のファウンドリー(受託生産会社)で大量生産することができれば、世界に安心安全な製品を提供できるベストシナリオが描けるのではないでしょうか。そうなれば、日本企業にチャンスが回ってくるかもしれません。
そのためには、光電融合デバイスなどの開発製造に、ラピダスや、TSMCとソニーグループやデンソーが合弁でつくった半導体製造企業JASMがどれだけ貢献できるかが鍵となるかもしれません。
長内厚著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)

