アニメーション界のアカデミー賞といわれるアニー賞(最優秀作品賞、最優秀プロダクションデザイン賞)を獲得した『ONI ~ 神々山のおなり』の堤大介監督と、連続起業家であり、初の著書『 冒険の書~AI時代のアンラーニング 』を出版した孫泰蔵さん。 前編 に続き、それぞれの作品を通して世の中に届けたかった思いや、AI時代の生き方について語ります。堤大介さん率いるトンコハウスジャパンの共同代表を務め、孫泰蔵さんの長年のビジネスパートナーでもある宮田人司さんが聞きました。その後編。

AI時代に受験勉強は悪であり害

堤大介氏(以下、堤):誤解を恐れずに言うと、僕は「受験勉強は悪だ」と、言い続けてきました。僕自身が受験勉強をあまりしないまま大人になったこともありますが、どう考えても受験勉強がいいシステムだとは思えなくて。泰蔵さんが書かれた『冒険の書』には、受験勉強のことは直接書かれてはいませんが、すごく近い問題意識を感じました。僕はどう説明したらいいか分からず感覚で捉えていたことが、『冒険の書』で言語化されていると感じました。

孫泰蔵氏(以下、孫):私は二浪しているんですよ。だから人より2倍、3倍、受験勉強をやっているんです。だから言う資格があると思って言いますが、受験勉強は悪です、ほんとに。

孫泰蔵氏(左)と堤大介監督
孫泰蔵氏(左)と堤大介監督
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 AI(人工知能)が台頭してきたとき「ついに来た!」と思いました。「みんな、分かっただろ?」って。いまや知識を正確に暗記する必要なんて全然ないし、小論文もChatGPTで一瞬で書けてしまいます。受験勉強は今までもあんまり意味がなかったけど、これからの時代は本当に意味がなくなる。むしろ害です。

宮田人司氏(以下、宮田):堤さんはどうして受験勉強が嫌いというか、悪だと思われるんですか?

:僕の座右の銘で「準備したときにはすでに遅い」という言葉があるんです。何かやろうと思ったら、みんなそのための準備をしますよね。「アーティストになりたいんです。そのために何をすればいいですか?」と僕はよく聞かれます。「何をすればアメリカに行けますか?」「何をすれば活躍できますか?」「何をすれば映画監督になれますか」と。でも、準備したときにはチャンスは終わっているんですよね。だから、やりたいと思ったら準備しないですぐやりなさいって伝えるようにしています。

 受験勉強はまさに「準備のシステム」なんです。小さいときから準備のための勉強をさせられる。そのせいで「準備しないと成功できない」と考える子どもが育ってしまう。だから僕は、受験勉強は良くないと思っているんです。

能力信仰が逃げ場のない社会を生み出す

:著書『冒険の書』では「能力信仰」という言葉を介して、その問題について論じています。能力を高めれば、成果が出ると信じてしまうことです。でも「能力を高めればいい結果が必ず出る」「練習をめちゃくちゃ頑張れば、試合で必ずいい結果が出る」……わけがないですよね。

 「能力信仰」には無理がある、嘘だ、と実体験からみんなうすうす分かっているんです。それなのに、これだけ努力したんだからいい成果が出るとどうしても信じたい。そうじゃないと報われないと考えてしまう。そのうちに、こんなに頑張ったのにどうして成果が出ないのだろうと悩み始めます。ついには「私は才能がないからダメなんだ」と自分を卑下する方向に行ってしまう。なぜならここが自己責任の世界だからです。

 受験は同じ条件で点数を競うんだから平等だといいます。だから、いい点が取れないのはあなたの責任、あなたの努力が足りないからだと責められる。自己責任の社会は無言のうちにそういう考えを突き付けるんです。あれだけ努力したのにうまくいかなかった。努力と言える努力はできる限りやった。それなのにうまくいかなかった。つまり、私は才能がない。「能力信仰」かつ「自己責任」の社会では、そういうふうに考えるしか逃げ場がないんです。

宮田:でも、それって問題がすり替わってますよね。

:そうなんです。そして「才能」のない私は、いくらやったってダメだと考え始める。でも、本当はただやりたいから始めたはずですよね。それなのに「才能がないから好きなことを諦める」というほうへ進んでいくんですよね。

 僕も何度もそう思ってきました。つまり、社会が自信を失わせているんです。好きだからやりたかっただけなのに、才能がないといって諦めさせる。能力信仰の中では誰も幸せになれない。本来は「好き」というだけで十分やる資格があると思うんです。能力信仰を支えているのが受験やテストのシステムなんですよね。たとえば、コンテストやコンペも「一生懸命作ったからみんな見て!」「僕もこんなの作りました!」「あなたのもいいですね」「あなたのも素晴らしい」っていう見せ合いっこだけでいいはずなのに、ランキングが必ずつく。

 「テストは自分自身の成長を見るためであって、人と比べるものじゃないですよ」と言う先生もいますが、スコアを出したら人と比べるに決まっているんです。「あいつに勝った」「あの子より何点低かった」とジャッジせずにはいられない。

 その結果、必ず自信を失うんです。

 1位になっても「次はランクが下がるんじゃないか」「いつ最下位になるか分からない」と不安になる。テストのシステムがある以上、誰も幸せじゃないんです。

学びたくなる場所の作り方

:冒険の書の中に、庭師についての言葉がありましたよね。

:はい。「庭師は植物を育てない、ただ環境を整えるだけだ」という言葉ですね。

:子どもたちに知識を与えるだけではなくて、学びたい気持ちを引き出す環境を整えるということだと思うんです。これは、監督である僕にも大きな学びであって。スタッフにどうやっていい仕事をしてもらうかというと、環境を整えることが一番大切なんだなと。そして、もし、モチベーションを持てないスタッフがいたら、その環境を作れなかった自分のせいなんだと。すごくどきっとしました。

「モチベーションを持てないスタッフがいたら、環境を整えられなかった自分のせい」と語る堤大介監督
「モチベーションを持てないスタッフがいたら、環境を整えられなかった自分のせい」と語る堤大介監督
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:堤さんがおっしゃった監督としての自負はすごく素晴らしく大事だと思います。環境を作るということに関しては、僕も試行錯誤をしている最中なので、そこから得られた学びを一つシェアしたいと思います。

 学びたくなる環境をつくるいい方法の一つは、社員やパートナーの方々など関わる方々に、その場所づくりを自分たちでやってもらうことです。「ここは自分たちの場所なんだ」という感覚、すなわち「センスオブオーナーシップ」を持てれば、人は自分で環境をせっせと整えていくようになるんですよね。

 私が環境づくりのイニシアチブをとる立場だったら、まずそのことをスタッフに伝えます。「ここはあなたたちが整えるのであって、僕じゃないよ。だからなんでも好きなようにしたらいい」と。そして、お金とか人とか、そのために必要なものは私が集めてくる。下準備は私が頑張るから、みんなで最高の環境にしようというと、みんなどんどんやるようになるんです。

 ですが、ほとんどの人がそういう体験をしていないので、最初は「この人の言っていることは本当かな?」って信じてくれないんですよね。だから信じてもらえるようにひたすら下働きをする。すると「本当にこの人はやってくれるんだ!」と張り切って働いてくれるようになる。そして、みるみる環境が変わっていくんです。

 さらに言えば、その過程で人はめちゃくちゃ学ぶんです。例えば、会社を経営しているとスタッフに、「コストを削減してくれ」「もっと経営者目線に立ってくれ」って言わなきゃいけないことってありますよね。でも場づくりを自分でやって自分事になっているスタッフにはそんなこと言う必要がない。「もったいない」「どこかからもらってこよう」「買うなんてかっこ悪い」って普段から思っている。一方、他人事なスタッフは会社に「これ買ってください」「あれが欲しい」って会社に要求するばかりです。

 「VIVITA」という子どもたちのための学び場をみんなで運営して、私はこのことをすごく学びました。子どもたちが自分で場所をつくっているから、こちらから「掃除しなさい」って言う必要がない。自分の居場所だから、散らからないように自ら工夫も始める。人ってそういうものなんだということを、子どもたちから教えてもらったんです。

宮田:「好きなようにやっていい」という環境の中で考え続けた人は、最後には「起業」しますよね。そういうのが自然な起業教育だと思うんです。

:その通りです。起業家を増やしたい、だからシリコンバレーに1000人送ろう! というプログラムもいいですけど、みんなが好きなようになんでもできる場所づくりがとても重要だと思います。

「評価」を超える社会はつくれるか

:泰蔵さんのお話を聞いて「ほんとそうだよな」と共感してくれる方は多いと思うんです。一方で、僕自身も、トンコハウスではたくさんの人に協力してもらって作品を作っていて、その人たちの評価をどうしたらいのかという問題にぶつかるんです。能力で人を査定することの危険性は分かる。みんなに真剣に遊んでいるように楽しく働いてもらいたい。けれど、現実問題として、どのようにチームを運営していけばいいのかを考えると、その先に進めなくなります。

:そうですよね。評価も査定も、お給料を決めるためにせざるを得ないものだというのは私も分かります。実は私も、本を書きながら、じゃあ、どうしたらいいのかというところでフリーズしました。何カ月も筆が止まって、その間、なんとか糸口を探しまくったんですけれど、全然見つからなくて、途方に暮れました。これだけ探しても解決策が見えないのはどうしてなのか。自分で考えてもよく分からないし、頼れるソースもないということで絶望的でした。

 でも『ONI』を見たときに「これだ!」と思ったセリフがあったんです。クライマックスで、(主人公の父親の)なりどんが「ONIなりどん」になる場面。誰もなりどんを止められない。なりどん自身もコントロールを失っている状況で、おなりが飛び出してきます。そして、なりどんの前でぱっと手を広げて「私はあなたの娘よ!(I am your daughter !)」って言うんですよね。驚いたことに、アカデミー賞を獲得した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の中にもほぼ同じセリフがありました。「私はあなたの母親よ!(I am your mother !)」って。この類似性は決して偶然ではないと思ったんですよね。

「分断を感じる時代だからこそ、なんでもいいんだという感覚が求められている」と語る孫泰蔵氏
「分断を感じる時代だからこそ、なんでもいいんだという感覚が求められている」と語る孫泰蔵氏
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 素晴らしい作家は、今の時代に求められている感性を敏感に感じ取っている。だから同時期にこの言葉が出てきたんだと思いました。このセリフの真意は「どんなふうでもいい」ということだと思うんです。うまくいこうがいくまいが問題ない。家族だったらうまくいかないことがあっても切り捨てるなんてことはしない。時には厳しく叱られることもあるだろうけど「あなたがどんなにダメでも大切な家族なんだ」というのが伝わっていれば、人は不安にさいなまれるはずはないんです。それだけでいい。つまり、愛だけでいい。そういうことだと思うんです。

 昔から「最後に愛が勝つ」というのはずっと言われてきましたよね(笑)。けれども、今みたいに誰もが共通の価値観を持てない、分断を感じる時代だからこそ、この「なんでも、どんなでもいい」という感覚が求められている気がすごくしたんです。

遊ぶように働こう

宮田:『冒険の書』の編集者さんと泰蔵さんのやりとりで、すごく面白かったことがありました。締め切りについての話なんですけれど。

:あー、その話ですね(笑)。原稿を書いているときに、日経BPの編集の方から「流通の段取りをしないといけないので、原稿には締め切りがあるんです」って言われたんです。それを聞いて「はあ? ひょっとして仕事みたいにやってます?」って返したんですよね。「こっちはね、遊びでやっているんですよ! 仕事じゃないんだ。真剣にやっているんだからその辺なんとかしてくださいよ」って(笑)。

宮田:編集者さんも、初めての怒られ方だったでしょうね(笑)。

:つまりそれは、「遊び」と「仕事」の境界線はないほうがいいということですよね。

:その通りです。遊ぶように仕事ができたらそれが一番いいということ。でも、ここでいう「遊び」は、ふらっと公園に行って滑り台で滑るとか、広場で鬼ごっこをするとかいうレベルのものではなくて、何カ月も計画を練って旅行に行くとか、どうしても会いたかったアーティストのライブに行くというような、そのことを考えると興奮して眠れないほどの「本格的な遊び」のことを言っているんです。

 「早く仕事に行きたい!」「早く朝になってほしい」と思うような仕事を、私たちはできているか。そんな仕事ができるように工夫したいなと思うんです。毎日は無理でも、1日でも、1時間でもそういう時間が増えるように試行錯誤してみてはどうですかと。でも、多くの人が最初から諦めてますよね。仕事ってこんなもんだよねと割り切っている。そういう思考停止の状態からは、新しいものは何も生まれません。

:クリエーターというのは、締め切りがなければずっと作っていられる人たちだと思います(笑)。だから物理的な締め切りは、僕らが作品を世に送り出すためには、やっぱり必要ですね。

 僕はスタッフに制約や制限を作品の力に変えていこうと伝えました。CGの技術によって「すべてを作ることができる」ようになったことが、かえってクリエーターの本来の力をそいでいると感じることがあるからです。制約や制限があるからこそ、自分でプライオリティを決断しなくてはならない。「すべてできてしまう」というのは、決断しないことでもあります。何でもできる世界では「どうしてもこれが作りたい」とか、批判を跳ねのけるような強い気持ちを持ちづらい。本来は、その思いこそ作り手にとって一番重要だと思うんですよね。

「ONI」のキャラクターと宮田人司氏、堤大介監督、孫泰蔵氏(左から)
「ONI」のキャラクターと宮田人司氏、堤大介監督、孫泰蔵氏(左から)
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構成/岡田寛子 写真/竹井俊晴

「私たちはなぜ勉強しなきゃいけないの?」「好きなことだけしてちゃダメですか?」
数々の問いを胸に「冒険の書」を手にした「僕」は、時空を超えて偉人たちと出会う旅に出ます。そこでわかった驚きの事実とは――。
起業家・孫泰蔵が最先端AI(人工知能)に触れて抱いた80の問いから生まれる「そうか!なるほど」の連続。迷いが晴れ、新しい自分と世界がはじまります。

孫泰蔵(著)/あけたらしろめ(挿絵)/日経BP/1760円(税込み)

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