「AI(人工知能)時代は、偏差値を高めようとするより、好きなことをしている子を大人が応援するようにした方がいい」と話すのは、大阪大学教授の吉森保さんだ。吉森さんは、2016年にノーベル賞を受賞した大隅良典氏と共同でオートファジーの研究を推し進め、オートファジー分野で被引用数が世界1位の論文も出している。今回の対談は、吉森さんが連続起業家・孫泰蔵さんの『 冒険の書 AI時代のアンラーニング 』を読み、感銘を受けたことで実現した。教育の現場に立つ吉森さんと、起業家として新たな教育の形を模索する孫さんが、科学とAI、そして教育について、3回に分けて縦横無尽に語りつくす。今回はその1回目。

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『冒険の書』は、時代が時代なら「焚書」(ふんしょ)である

吉森保氏(以下、吉森) 僕は孫さんが書かれた『冒険の書 AI時代のアンラーニング』は、時代が時代なら「焚書(ふんしょ)」の対象となり、著者ごと燃やされるであろう――と自分のブログで書いたけれど、もちろんそれは僕の最大級の賛辞です。現在の教育と社会のあり方、その根本を覆す内容だったし、この本を「危険」だと感じる人は、それはある意味、孫さんの訴えていることを正しく認識したということかなと。

孫泰蔵氏(以下、孫) 焚書とは光栄です(笑)。実は発売から少し時間がたって、ネット書店でも「星1つ」や「クソ本」というレビューが増えていまして。それを見て僕は、小さくガッツポーズしているんです。なぜなら、僕と同じ価値観を持つコミュニティーではなく、その外にいる方たちの手に取っていただき始めたということだと思うので。

吉森 問題提起の本だから、賛成意見だけじゃなく反論も含めて議論されることが大事ですよね。それにしても、孫さんが本で書いているように、同じ年に生まれた人間が、同じタイミングで一斉に学校に行くって、考えてみれば不思議な教育システムだなと。もちろんそれで良かった面もあるけれど、時代と共に合わなくなってきている面も多分にある。現在のシステムが「誰かのアイデア」だとしたら、変えられるのもまた「誰かのアイデア」かもしれないと、孫さんは様々な文献を引用しながら丁寧に教えてくれています。

「教育は今の時代に合わなくなってきている面も多分にある」と語る吉森保さん。生命科学者、専門は細胞生物学。医学博士。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授
「教育は今の時代に合わなくなってきている面も多分にある」と語る吉森保さん。生命科学者、専門は細胞生物学。医学博士。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授
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「偏差値が高い=優秀」と刷り込まれる不幸

吉森 僕は今、大学の医学部で教授をしていますが、うちの医学部ってすごく偏差値が高いんです。僕は受験生の面接を担当することもあるんですが、そんな時に孫さんが本でも伝えている「能力主義」の危うさを感じることもあって。

 例えば受験生に、「なぜうちの大学を受けたんですか?」と聞くと、「優秀な学生が集まるからです」と答える子がいます。「なぜ優秀だと分かるんですか?」と聞くと、「偏差値が高いからです」と答える。さらに僕は、「偏差値が高いとなぜ優秀なんです?」とツッコむわけですが、受験生はそこで答えに窮してしまうんです。同時に、この人は何を言っているんだ、偏差値が高い方が優秀に決まっているだろう、という顔をされるわけです。もちろん、そんな子ばかりではありませんが、何人かはそうなんです。

 医師の方は臨機応変な対応も必要だと思いますが、答えに窮するということは受験用の受け答えになってしまっているということでしょうか。

吉森 そうなんです。偏差値の高い大学に合格することが「上がり」になってしまって、その先のことを聞いても答えられない学生は少なくありません。人の豊かさは偏差値だけではない。誰かがそう教えてくれる環境になかった、能力主義にさらされてきた子たちは、ある意味不幸だとも思います。そもそも受験勉強って、基本的に丸暗記がベースなわけです。それって、AIが一番得意なことじゃないですか。だからこそ、孫さんがおっしゃるアンラーニングの必要性には共感しかありません。

科学者の金の卵たちが「どこかに行ってしまう」

吉森 アンラーニングの必要性は、大学生よりさらに若い子たちと接していても感じています。僕は科学者の芽を育てる「めばえ適塾」という育成塾で講師をしたことがあるのですが、そこには関西の小学5年生から中学3年生までの子たちが来ているんですね。当然、普段大学院の講義に使っている資料を子ども向けにアレンジした方がいいだろうと思って、最初に塾の先生に相談したんですけど、「その必要はないです」と。つまり、大学院生向けの資料でいいと言われたんです。実際に授業をしてみると、確かに皆付いてきている。驚くほどレベルが高いんですよ。ですが、そういう研究が大好きな子たちって、学年が上がるにつれてどこかに行ってしまうんです。

 「どこかに行ってしまう」というのは……?

吉森 家庭が裕福といった恵まれた環境も含めてですが、好奇心の芽を摘まれなかった一部の子たちは、海外の大学など望む道に進むこともあります。でも、多くの「そうでない子たち」は、おそらく親御さんや先生に「今はいいけれど、ずっとそんなことをしていたらいい大学には受からないよ」と言われて、途中で諦めてしまうのだと思います。好きな研究なんかしていたら受験勉強の邪魔だと。昔より減ったとはいえ、特に女の子は本人が科学者になりたいと思っていても、周りが水を差すことも少なくないと感じます。

 一方で、親御さんたちからは、「子どもが今から科学者を目指すのでは遅いですか?」「子どもが科学者になりたいそうなんですが、何をすればいいですか?」とよく聞かれるんです。僕自身、子どもの頃には研究者になろうなんて思っていなくて、その時々で楽しいことを追い求めていたらいつの間にか研究者になっていた。つまり特別なことをしなくとも、成り行き任せでもなれるんです。女性だとか、大学がどうとか、実際に科学者になれるかとかは関係なく、大人たちが、子どもが好きなことを、ありのまま応援してあげることができたらいいんですけどね。

 子どもたち自身も、「好き」を優先できていないですよね。以前対談させていただいた、アニメーション監督の堤大介監督もおっしゃっていたのですが、 「どうやったら映画監督になれるんですか?」と聞いてくる子たちが多いと 。どうやったらなれるかじゃなくて、まずは描けばいいじゃん、っていうことなんですけどね。

「価値観」を生み出せるのは人間だけ

 それこそ、「やるべきことは何なのか」を考えられるのは人間だけです。AIは「価値観」は生み出せないですから。もちろん、それっぽく書いてと指示を出せば、「こういう価値観はいかがですか?」と提案はしてくれるでしょう。でも、虫をじーっと何時間も観察するとか、陶器のヒビやゆがみに侘び寂びを感じるとか、そういったものに価値を見いだすのは、人間以外に誰がやるんだという話ですよね。むしろAIが登場したことで、人間は「楽しみ」や「好きなこと」にもっともっとフォーカスできるようになっていく。

 「人間はもう働かなくていいんでしょうか?」「働かなくていいなら、何をしていけばいいですか?」と大人からよく質問されるんですけど、僕からしたら、「何をしていけばいいか分からない、という意味が分からない」んです。だって、ただ楽しく生きてりゃいいじゃないですか。今だって、不労所得で楽しく暮らしている方なんてたくさんいます。不安になる方は、今までは労働機械的に働いてきたから、マシンとしての役割を失うことが想像できないし、何をどうしたらいいか分からなくなるのかもしれません。

「AIには価値観は生み出せない」と言う孫泰蔵さん
「AIには価値観は生み出せない」と言う孫泰蔵さん
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吉森 僕の嫌いな言葉なんですが、いわゆる「リスキリング」も、そのマシン的思考を強めるものだと考えていて。学び直しはまだいいんですよ。自分の知らない世界があることを知るということは、とても有意義なことですから。一方、労働市場的な「スキル」というものがこれからも必要なのかどうかは甚だ疑問です。

 ただ、能力主義が社会に浸透しきっているので、マシンでなくなることを「堕落」と捉える方もいますよね。僕も研究能力といった言葉を使いがちなので偉そうにはできませんが、これからは能力評価よりも、孫さんの『冒険の書』でも伝えているように、相手の良いところを理解してほめる「アプリシエーション(appreciation)」の方がずっと大事だと思います。それは子どもの教育に限らず、大人にも不可欠なものです。

AIに「奪われる」のではなく、AIに「与えてもらう」

 少し余談になりますが、僕が小学生の頃ってみんな当たり前のようにそろばん塾に通っていたんです。僕も親から行きなさいと言われたけれど、少年野球に行きたかったのと、電卓がある時代にそろばんが何の役に立つのか全然理解できなかったので、ずっと抵抗していて。ついには親戚のおじさんまで登場して、「そろばんをやると、早く暗算できるようになるんだよ」と説得されたんですね。それでも僕は、いやいや、どう考えても暗算より電卓の方が正確ですからと反論して、無事に少年野球に通えることになりました。

吉森 当たり前を疑う、それでこそ孫さんですね(笑)。そろばんと電卓じゃないですが、これからの医学は診断を含め、その大部分はAIに置き換えられるでしょう。外科だって、手術ロボットの技術は格段に進化していますし。でも、職業としての医者はなくならないと思っています。これまでの症例になかったことを解明するなどは、やはり人間の領域だと思うからです。

 そう考えると、AIが進化しようとも人間にやれることはまだまだあるし、むしろAIによってそうしたことに取り組める時間を与えてもらった、と考えるべきですよね。仕事を奪われるという懸念の声もあるけれど、そもそもAIと人間は競争関係にはないはずですし、あえて勝ち負け論で言うなら、我々はその大部分において初めからAIに負けているわけですから。

(第2回に続く)

構成/金澤英恵 写真/小野さやか

「私たちはなぜ勉強しなきゃいけないの?」「好きなことだけしてちゃダメですか?」
数々の問いを胸に「冒険の書」を手にした「僕」は、時空を超えて偉人たちと出会う旅に出ます。そこでわかった驚きの事実とは――。
起業家・孫泰蔵が最先端AI(人工知能)に触れて抱いた80の問いから生まれる「そうか! なるほど」の連続。迷いが晴れ、新しい自分と世界がはじまります。

孫泰蔵 著/あけたらしろめ 挿絵/日経BP/1760円(税込み)

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