2024年3月、「異次元緩和」が終わり、日本銀行は17年ぶりに利上げした。日銀は、いつ追加的な金利の引き上げに進むのか。30年以上にわたって金融政策を取材してきた日銀ウオッチャーの清水功哉・日本経済新聞編集委員が解説する。清水氏の著書『マイナス金利解除でどう変わる』(日経プレミアシリーズ)から抜粋・再構成。
「これほどスッキリするとは!」
2024年3月19日、日銀がついにマイナス金利政策の解除をはじめとする金融政策の枠組みの大幅な修正を決めました。2%物価目標の持続的・安定的な実現が見通せたと判断し、いわゆる異次元金融緩和政策を終えたのです。
これほどスッキリするとは! 日銀が「金融政策の枠組み見直し」を決めたと発表したのは3月19日の12時35分ごろ。その声明文を目にしたときの筆者の率直な感想です(図表)。
声明文に記された新たな政策の方針は、(1)短期金利を操作する金融市場調節方針と(2)長期国債の買い入れのみでした。一方、2024年1月の前回金融政策決定会合の声明文ではどうだったでしょうか。まず、大きな柱として(1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の金融市場調節方針と(2)資産買い入れ方針の2つが並んでいました。
さらに、(1)については①短期金利と長期金利の操作方針と②長短金利操作の運用が記され、(2)には①上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の購入額や②CP(コマーシャルペーパー)や社債の購入方針が書かれていました。かなり複雑だったのです。
日銀は普通、政策の内容とともに、それをどう運営していくかの指針も示します。こちらもかなり簡略化されました。1月会合までは、以下のような長い文章が記されていたのです。
「日本銀行は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の『物価安定の目標』を持続的・安定的に実現することを目指していく」「『物価安定の目標』の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』を継続する。マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」
これが3月会合では以下のようになりました。
「日本銀行は、引き続き2%の『物価安定の目標』のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、短期金利の操作を主たる政策手段として、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営する。現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」
政策の内容もその運営の指針もかなり短くなったのです。
以上の変化は何を意味するでしょうか。3月19日の決定を、単に「マイナス金利政策の解除」と呼ぶだけでは、事態の矮小化になるのです。決まったのは、2013年に始まり、その後順次拡大されたいわゆる異次元金融緩和の終了であり、「普通の金融政策」(植田和男総裁)の始まりだったのです。
次の一手は0.25%への利上げが有力
では、マイナス金利政策を解除した日銀は、いつ追加的な金利の引き上げに進むのでしょうか。
日銀は2024年3月19日に導入を決めた新たな枠組みで、「短期金利の操作を主たる政策手段」とする姿勢を示しました。ということは、日銀の次の一手は、短期の政策金利である無担保コール翌日物金利(翌日物金利)の誘導水準の引き上げになると考えられます。
具体的な水準としては、0.25%程度への引き上げが有力です。
では、その利上げ決定はいつなのでしょうか。この点をめぐって、日銀が3月19日の声明に盛り込んだ次の文章が関心を集めました。
「当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」――。
当面は、急激な金利の引き上げはないというメッセージを発したと市場参加者の間で解釈され、マイナス金利解除などの政策修正にもかかわらず、マーケットで株高や円安が進む要因になりました。
まったく利上げしないとは言っていない
しかし、誤解をしてはいけません。日銀は急激な追加利上げの可能性を否定しただけです。当面、まったく利上げをしないと言ったわけではありません。
この点で参考になるのが、内田眞一日銀副総裁の2月8日の講演です。次のように語りました。「仮にマイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げをしていくようなパスは考えにくく、緩和的な金融環境を維持していくことになると思います」。
つまり、否定しているのは「どんどん利上げしていく」動きであって、一定程度の利上げはあり得るという認識なのです。それは「緩和的な金融環境の維持」と矛盾しません。
そもそも、3月19日の声明文の「当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」という文章の前に、「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば」と記されています。
当面の間も多少の利上げはあり得ますし、「現時点の経済・物価見通し」が変われば、より積極的な金利の引き上げの可能性もゼロではなくなります。日銀のメッセージはそんな解釈ができるようになっているのです。
その点があまり理解されていないことへの対応としてなのか、日銀は4月26日に公表した経済・物価情勢の展望(展望リポート)に、「基調的な物価上昇率が上昇していくとすれば、金融緩和度合いを調整していくことになる」と記しています。
10月までの追加利上げ決定に要注意
それでは、実際に日銀が追加利上げを決めるのはいつでしょうか。
賃上げの広がりなどの要素を分析する日銀の作業はすぐに終わりそうにはなく、マイナス金利解除から半年くらいかけても不思議はありません。そこで、2024年9月19~20日の金融政策決定会合、あるいは10月30~31日の会合で利上げを決めるという見方が出ています。
日銀の分析作業に一定の時間がかかる理由は、例えば新年度の賃金改定を4月にすぐにやる企業の比率は高くないことです。その割合は、5月にほぼ6割台になり、7月には8割を超えるようです。春季労使交渉で高めの賃上げを回答した企業であっても、実際に賃金を上げるのは夏場にかけてという話なのです。
これに対して、賃上げの状況を確認するデータとなる毎月勤労統計(速報値)の発表日程は、5月分が7月8日、6月分が8月6日、7月分は9月5日、8月分は10月8日です。賃金が幅広い企業で上がった事実を夏場にかけての統計発表で確認。さらに、その販売価格への転嫁もなされたかを物価統計や聞き取り調査でチェックしたうえで、日銀が追加利上げを9月や10月の決定会合で決めるシナリオはあり得るわけです。
9月や10月の決定会合まで待てば、4~6月期の国内総生産(GDP)統計で消費の動向もチェックできます。
ちなみに、9月と10月の会合のうち、10月は日銀が経済・物価情勢の展望(展望リポート)を公表し、経済・物価見通しの数値を更新します。こうした機会に利上げを決めた方が説明責任を果たしやすい面はあり、仮に日銀がその点を考慮するなら9月より政策変更の可能性が高くなるかもしれません。ただマイナス金利の終了が見通しの更新がない3月会合で決まったように、見通しの更新は不可欠ではないこともよく頭に入れておくべきです。
また、物価情勢が想定より強くなったり円安が急速に進んだりすれば、追加利上げが早まる展開にも注意が必要になります。7月30~31日の会合、あるいは6月13~14日の会合で決まる可能性も排除できなくなるかもしれません。7月は見通しの更新があります。
なお、政治的な状況も日銀の政策決定の時期を左右し得る要素です。例えば国政選挙の直前に日銀は政策を動かさないのが普通ですので、岸田文雄首相がいつ衆院の解散・総選挙に踏み切るかに日銀も注意を払うでしょう。
4月28日の3つの衆院補欠選挙で自民党はひとつも勝てませんでした。岸田首相はなおも6月の衆院解散を模索するとの情報もあり要注意ですが、それが難しくなるなら、9月の自民党総裁選を経て、新しい首相のもとで10月から11月に総選挙をするシナリオも現実味を増しそうです。そうなると、10月に日銀が動くのは難しくなるかもしれません。
いずれにせよ、追加利上げの時期を現時点で決め打ちするのは適切ではありません。経済・物価情勢や市場環境、さらには政治の動向次第では10月より後になる展開もあり得ますので、予断を持たずに、日銀の判断を左右する各種要素に注意を払っていく姿勢が大切です。
清水功哉著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


