「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」を運営するCOTEN(福岡市)は、2024年8月にインターネット広告事業で国内トップシェアを誇るサイバーエージェント、岡野バルブ製造(北九州市)の両社と人文知分野で業務提携。両社に社会課題における情報調査を行う調査機関「人文知研究所」を設立した。今、なぜ哲学や歴史、宗教や社会学など人間のあり方や社会の仕組みを深く理解するための教養「人文知」が注目されているのか。「人文知の知見を企業の意思決定に生かす」という人文知研究所の狙いとその取り組み、お薦めの本についてCOTENのプログラム開発担当者に聞いた。
人文知の知見で「よりよい社会を創造する」
「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」のポッドキャスト配信や世界史データベースの研究開発を行うCOTEN。そのCOTENの協力を受け、サイバーエージェントはインターネット広告事業本部内に「人文知研究所」を設立した。一見、対極にあるような「歴史」と「インターネット広告」だが、人文知研究所では社会課題における研究を行い、「人文知の知見を経営層の意思決定に生かすこと」を目的としている。企業経営に人文知が求められる理由は何か。
COTENで経営の意思決定の質を高めるプログラムの構築・提供を担当する小川修平さんは「COTENは自身の捉えかたや人間、社会の振る舞いについての知見を伝え、世の中を良くしていくことを目指しています。人文知を学ぶことによって、私たちが社会や自分をどのように捉えているのかということを、メタ認知(自分の認知活動を客観的に捉える)できるようになると考えています。グローバルなつながりをもつ経済、情報社会である現代の環境下で、多様な人とコラボレーションを起こしたり、無用な対立を起こしたりしないために、人文知の重要性は高まっていますし、ビジネスパーソンにとっても重要なのです」と言う。
現在、COTENが事業の柱と位置づけているのが、「コテンラジオ」、「世界史データベースの構築」、法人向け事業の開発。人文知研究所は法人向け事業の一環に含まれる。
「将来的には、社会の中で企業がこれまで公共の領域と考えられていた分野においても大きな役割を果たすことが増えてくると考えています。我々としても社会を良くするために、企業への働きかけを進めていくべきだと考えていました。そこで、2024年8月に岡野バルブ製造(福岡・北九州市)とサイバーエージェント インターネット広告事業部門の2社と業務提携、それぞれの社内に社会課題における情報調査を行う専門機関として、人文知研究所を設置することになりました」
サイバーエージェントの人文知研究所はインターネット広告事業本部内に設置され、研究員もサイバーエージェントの社員で構成されている。岡野バルブ製造も同様で、COTENのメンバーが出向してノウハウを提供しているわけではない。人文知の知見を企業経営の意思決定に生かすには、1社ごとに事情が異なるため、各社が自社の社員を研究員としたほうが活動しやすいからだ。
「我々はアカデミックな研究を行うのではなく、あくまで研究によって得られた知見を世の中のために生かすのが目的です。そのためサイバーエージェントさんには本や複数のツールを使った情報収集や研究手法、実際にどのように経営層に報告すればいいかといったノウハウをお伝えしています」
どのような社会課題を研究するかは各社によって異なるが、現在、COTENが着目しているテーマは3つ。1つ目が「女性活躍推進」、2つ目は「戦争と平和のメカニズム」、3つ目が「ポスト資本主義」だという。
「『女性活躍推進』は特にジェンダー・ギャップ指数で118位であり、なおかつ人口減少局面を迎えている、日本企業の競争力向上には欠かせないテーマです。
2つ目の『戦争と平和のメカニズム』』は一見、経営とはかけ離れたテーマに思えるかもしれませんが、ビジネスは平和があってこそ成り立つものですし、それを企業はこれまで当たり前のように享受してきましたが、残念ながら昨今の国際環境においてそれを当然視することは難しいと考えています。平和を享受する立場のものとして企業が平和維持に積極的に関われる方法や切り口を模索しています」
3つ目の「ポスト資本主義」は「企業が経営においてマネジメントすべき領域が広がっているため、興味深い研究テーマ」だと言う。
「企業価値は狭義で捉えると、将来生み出すキャッシュフローの現在価値の総和でしかありませんが、今は広義に捉える必要があります。別の切り口で捉えるとそのようにキャッシュフローを生み出すステークホルダーをマネジメントする意識やツールは整備されていますが、間接的、非金銭的な関係を結ぶステークホルダーもマネジメントする対象に広がってきたといえます。例えば、ただ利益だけを追い求めるのではなく、サプライチェーンの末端にも配慮しなくてはいけません。世界的ブランドが発展途上国で工場を稼働させ、そこが劣悪な労働環境だとなると、現代の情報化社会では一瞬で可視化され、世界中に広まってしまいますよね。
重ねてになりますが、今後の世界では企業が公共性の高い領域において大きな役割を果たすことも増えてくるでしょう。その中でサステナブルな経営をしていくためには企業価値の考え方をアップデートしていかないといけません。その際にCOTENの研究成果や知見を役立ててもらえればと願っています」
付け焼き刃ではない論理的思考を学ぶ3冊
実際に人文知を学び、他社にノウハウを伝える立場でもある小川さんが論理的思考を養ううえで役立った本が次の3冊だ。
「合意形成」の手法は文化圏によって異なることが分かる
『「論理的思考」の文化的基盤 4つの思考表現スタイル』(渡邉雅子著/岩波書店)
「普遍的であるはずの『論理』と『合理性』は実は文化圏によって大きく異なり、それは『価値観』とつながっています。この本では代表的な文化圏として米国、フランス、イラン、日本を取り上げ、特に文章教育と歴史教育に着目して分析しています。どちらかというとタイトルにある『論理的思考』というよりは『合意形成の手法』について書かれている本だと思いますが、なぜ日本においては合意形成が『話し合い』によって行われるかなど、合点のいく内容となっています」
日本人が気にする「世間」とは何か
「こちらは一橋大学元学長で、中世ドイツ・ヨーロッパ社会史を研究された阿部謹也さんの本です。ヨーロッパ史を研究してきた歴史家という立場から、西洋的な『社会』と『世間』を比較分析しています。そのうえで長らく日本社会に根づき、支配してきた『世間』とは何かを解き明かしています。この本を読むと西洋と日本では個人観が異なり、日本においては西洋的個人というものが成立しきっていないことが分かります」
実務で役立つ文章力を手に入れられる
『基礎からわかる 論文の書き方』(小熊英二著/講談社現代新書)
「私は金融機関を経て、COTENに転職しました。自らが知識を伝える立場となり、実はビジネスや実務で役に立つ文章教育をまったく受けていないと気づき、がくぜんとしました。今まで付け焼き刃的なロジカル・シンキングで乗り切ってきましたが、この本を読むと人に知識を伝える、説得する、納得してもらうといった1つの型としての論文の書き方が分かります。社会人にも役立つ内容です」
では、COTENの知見を活用した人文知研究所のメンバーは、日々、どのような仕事をしているのか。次回はサイバーエージェントの人文知研究所の取り組みについてレポートする。
取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也



