ポッドキャストの人気歴史番組「COTEN RADIO(コテンラジオ)」。パーソナリティーを務める深井龍之介氏がこれまで番組で語ってきた内容を再構成した『歴史思考』(ダイヤモンド社)が2022年3月末の刊行から1カ月ほどで2万部を増刷するなど注目を集めた。歴史上の人物や出来事によるケーススタディーを通じて、教養の価値を説く内容だ。深井氏が提唱する「歴史思考」とは何か。執筆の背景を聞いた。[日経クロストレンド 2022年5月10日付の記事を転載。一部情報を更新]

深井氏は、人類の長い歴史を知り、俯瞰(ふかん)的な視点を身に付ければ「自分一人の悩み」から解放されると言う
深井氏は、人類の長い歴史を知り、俯瞰(ふかん)的な視点を身に付ければ「自分一人の悩み」から解放されると言う
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COTEN代表 深井 龍之介 氏
ふかい・りゅうのすけ。1985年、島根県生まれ。九州大学文学部社会学研究室を卒業後、大手電機メーカーの経営企画部門に配属。2011年に独立後は、複数のスタートアップ・ベンチャー企業の経営に参画し、16年にCOTENを設立。世界史データベース「coten」を開発中
深井龍之介『<!--layout:id=13-->』(ダイヤモンド社)、2022年3月発売
深井龍之介『 歴史思考 』(ダイヤモンド社)、2022年3月発売

──初の著作となった『 歴史思考 』、キリスト、孔子、マハトマ・ガンジーからカーネル・サンダースまで、歴史上の様々な人物や出来事を扱ったケーススタディーを通じ、教養を持つことが現実の生活や人生設計、ビジネスにおいていかに重要かが語られています。

 「歴史思考」とは簡単に言えば、教養によって視野を広げ、人類が経験してきた歴史的事例を知ることにより、既存の常識や価値観にとらわれない考え方を得ることです。少しニュアンスは異なりますが、心理学用語では「メタ認知」と呼ばれるような、物事に対する俯瞰(ふかん)的な視点の持ち方を、僕はこう呼んでいます。

 現代は、そのような俯瞰的視点の必要性が高まっている時代です。なぜならかつてのように、社会や文化によって敷かれたレールから外れなければ幸せになれるという人生の定型が無くなり、すべてを自分で決断することが求められる時代が来たからです。自分はどのような価値観を持ち、どのような選択をして生きていくべきなのか。生き方を考えていくうえで、何が時代の新しい概念で何が古代から連綿と続く概念なのか、系譜を知ることにより、自分の悩みや迷いについても大きな視点から捉え、未来を選択することができるようになります。

「なぜ武士は戦う?」を説明するため、歴史を800年遡る

──各章で取り上げられている歴史への考察は、ポッドキャストの人気ランキングで上位を獲得し続けている歴史番組「 COTEN RADIO 」で、深井さんがパーソナリティーとして語ってきたことがベースとなっています。実際にリスナーの人気を実感し始めたのはいつごろですか?

 「COTEN RADIO」はもともと、18年秋にCOTENの広報番組として配信を開始しました。ある時期から急に人気が出たというよりは、ずっと右肩上がりの状態が続いて今まで来たという感覚です。最初の期待値はとても低かったんです。始めた当初はリスナーが100~200人程度で、それでも「結構聴かれているな」と感じていた。今では1カ月でコンテンツを聴いたリスナーの数が、20万人に上るまでになりました。

「<!--layout:id=14-->」は毎週月・木曜日にポッドキャストなど様々なプラットフォームで配信。深井氏、COTENの広報担当で中国四川省出身の楊睿之氏、BOOK代表の樋口聖典氏がパーソナリティーを務める
COTEN RADIO 」は毎週月・木曜日にポッドキャストなど様々なプラットフォームで配信。深井氏、COTENの広報担当で中国四川省出身の楊睿之氏、BOOK代表の樋口聖典氏がパーソナリティーを務める

──ここまで人気になった要因は何だと考えていますか?

 リスナーからの一番多い感想は、「人生の捉え方が変わった」「考え方がフラットになった」「ものの見方が変化した」というもの。番組を通じて自分がとらわれていた常識から解放される感覚を持つリスナーが多いと感じます。それが、「COTEN RADIO」の内容を再構成した、今回の著作『歴史思考』の主題にもつながっています。

──広報手段として、なぜ「聴く」コンテンツを選んだのですか?

 実は偶然です。「COTEN RADIO」の立ち上げメンバーで、番組の聞き手も務めている樋口聖典さんが、もともとCM音楽を手掛けていたり、ローカルラジオのDJだったりと、音声コンテンツとの親和性が高かったんです。そこでポッドキャストを試してみたら、意外と相性が良かった。

 僕自身はいつもインプットはテキストからのみで、ラジオにもテレビにも触れてこなかったのですが、それが結果として、今までにない番組の雰囲気を生み、多くの人に興味を持ってもらえたのかもしれません。

──サイトでは多くの参考書籍も公開されています。番組はどのように制作していますか?

 毎回、僕がテーマを選び、そのテーマに沿った書籍をまず一気に80冊くらい購入します。 その中で、概論的な書籍から読み始め、骨子をつかむ中で浮かんできた疑問を洗い出します。例えば、「日露戦争」というテーマなら、「どうして日本とロシアは戦う必要があったのだろう?」という大きな問いを立てる。その問いの答えを見つけるために、さらに書籍を読み込んで情報を増やしていき、最終的に、自分たちが立てた疑問を、おおむねは解決した状態へと持っていくことを目標に番組を作っています。

 織田信長をテーマにした際は、「なぜ武士は死にたくないのに戦っているのか?」という問いを立てましたが、これについて調べていくと、800年前くらいまで遡らないと説明できないことが分かりました(笑)。基本的にはひたすら書籍に向き合い、地道に調べて番組を作っています。

「COTEN RADIO」では各回の参考文献のリストを公開
「COTEN RADIO」では各回の参考文献のリストを公開
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難解な専門書と単純化するYouTube講座の「間」が必要

──「COTEN RADIO」では、ウクライナ戦争の勃発を受け、22年3月に特別編として「ウクライナとロシア」編が6回にわたり配信されました。このテーマで番組を作るに当たっては、どのような問いを立てましたか?

 「なぜロシアは複数の選択肢の中から侵略行為を選ぶに至ったのか?」という疑問が根幹にありました。「プーチンが残忍な人間だからだ」と考えるのは簡単ですが、歴史上、有事を自分が理解可能な範囲だけで捉えて解決に導いた者は1人もいません。

 分かりやすく、のみ込みやすい善悪二元論は、歴史思考の反対側にある思考や行動です。歴史思考的なものの捉え方では、しばしば「よく分からず、スッキリしない」という状態にもなるので、それに耐えうる忍耐力も必要になります。「ウクライナとロシア」編は番組を終えた今も、僕自身スッキリしません。それでも、短絡的に結論を決めつけるよりは、迷っているくらいの方がいい。悩みながら、その時々に最適だと思う選択をしていくしかない。

 両国から物理的距離のある日本は、西洋諸国に比べて冷静になれる立場を意識し、客観的に考えるべきだと思います。当事者同士では究極的に解決できない問題に対し、第三者は必要です。他方、国同士の問題においては、脅威は脅威として現実的に捉えておく必要もある。その現実的感覚と歴史思考による俯瞰的感覚をバランスよく保つことが重要ではないでしょうか。民主主義にはそもそも、その両者のバランスを持った人たちが集まり、知恵を絞って社会をつくっていこうという考えが根幹にあると僕は捉えています。

──歴史・教養系コンテンツは近年、動画サイトでも流行していますが、分かりやすさを売りにするものが多い中で、複雑な話題にもしっかりと解釈を交えて踏み込む番組という印象です。

 実際、「分かりやすくし過ぎない」ことはとても重視しています。単純化がもてはやされて浸透しすぎた結果、深い知識を求める人のためのコンテンツや情報が市場から無くなりつつあると感じています。非常に難しい専門書か、すごく簡単なYouTube動画に二極化している。僕たちが目指しているのはその中間なんです。

 情報の分かりやすさを追求し、解像度を粗くし過ぎた結果、伝える内容に嘘が混ざったり別物になってしまう例は世の中にあふれています。「COTEN RADIO」は決してそうならないよう、細心の注意を払って番組作りを行っています。

人類約3500年の歴史をデータベース化する意味

──「COTEN RADIO」は、深井さんが代表を務める会社・COTENが手掛ける世界史データベース「coten」の広報を目的に立ち上げた番組とのこと。「coten」はどのようなサービスですか?

 簡単に言えば、誰もがGoogleのように世界史の情報を検索できるデータベースです。これが完成すれば、約3500年にわたる人類の歴史に対して、今までは何十冊、何百冊もの専門書を読むことでしか気付けなかったような、歴史上の類似事例や人類の行動パターンなどを、誰もが容易に調べられるようになります。

──例えば、どのような使い方が想定できますか?

 企業であれば、「会社のナンバーワンとナンバーツーがものすごく仲が悪い。こういう場合の歴史上の事例は?」とか、「リーダーの人徳がないのに成功した事例は?」など、色々と調べられます(笑)

 「裏切り」のように、特定のテーマに特化したエピソードの抽出もできるので、ゲームや小説、映画を作る際の設定にリアリティーを持たせるといった使い道もある。一個人が自分のライフプランを考えるときに、自分と似た人生を歩んだ人たちの選択が、今後どのように分岐するのか、複数のパターンを得たりすることもできる。本当に何にでも使えるんです。

──開発は、どのような段階でしょう。

 「coten」のデータベース上には、既に歴史上の人物、約3万8000人分の情報が入力されています(※取材時点の情報、以下同)。今はまだ名前と概略のみで、今後さらに情報を追加していきます。他にも、人類の発明に関するデータ、戦争にまつわるデータなどが数万件入力途中ですが、整理にはまだ年単位で時間がかかる見通しです。

 歴史のデータベースを築くうえでは、「この情報が現在、ファクトだと評価されているか」が重要で、情報に対する権威付けは常に必要です。最初は選定した書籍からの情報に対し、確度のランクを付けて公開しようと考えています。

 COTENでは、企業へのコンサルティングとして、経営課題と類似した歴史上のケースを抽出して資料にするといったサービスを提供しています。現状では僕たちが時間や知識などのリソースを割いて行っていますが、データベースが完成すれば、誰もが簡単に類似事例を検索できるようになる。

──世界史データベースを着想したきっかけは?

 今までのキャリアの中で、ベンチャー企業のマネジメントに関わる機会が多くありました。そこで優秀な人たちと出会うたび、彼らに歴史の知識や、リベラルアーツと呼ばれるような教養があれば、もっと広い視野を持ち、強いビジネスモデルを築けるのにとずっと思っていました。

 ベンチャーに限りませんが、特に会議など、出自や経歴、文化的な素養が異なる人間同士が同席する場で、コミュニケーション不全が起こる光景をよく目にしていたんです。以前は、大企業とベンチャーが協業する際、互いのスタンスや背景を理解しようとせず、バカにし合ったまま終わってしまうようなこともしばしばありました。共通する原因は、「相手の背景を理解する力」やスタンスの不足であり、自分の常識だけで物事を考えようとする態度です。

 「COTEN RADIO」では「歴史から学んで生活に生かそう」という啓蒙をずっと続けていますが、そうしたことを企業内でも行ってほしい。課題にぶち当たったとき、2000年前から「この仕事は自分に向いていない!」と悩んでいた人がいると知っているのと、自分だけが悩んでいると捉えるのとでは判断のための情報量も全く違いますから(笑)。社会ニーズとしてはまだ低いですが、特に経営者層には「歴史から学んで生かす」ことがいかに重要かは理解してもらいやすい。「クリティカルシンキングのために歴史のデータベースを活用する」という考えをもっと浸透させたいですね。

 不足している教養を身に付けるには、本来は経験に基づいた知識が最強ですが、それにはもちろん膨大な時間やコストがかかる。その時々に必要な歴史事例を的確に検索・抽出できるデータベースがあれば、知識へのアクセスコストを下げ、社会と社会が必要とする教養との距離を縮められる。それは技術的にも可能だという目算がありました。

──マネタイズについては、どのような構想がありますか?

 現在既に行っているような企業へのコンサルティングの提供については、データベースを活用することでコストを下げ、導入してもらいやすくなります。個人利用については、まだ道筋を定めてはいないのですが、サブスクリプション(定額課金)のような形も可能ですし、1回当たりの料金設定も可能だと思います。課題解決から、エンタメまで幅広く活用できるので、それこそ可能性は無限にあると言えます。

多くの歴史書を読んできた深井氏、読書術の第一歩は「自分が捉えたいように読まないこと」だと語る。「揚げ足を取らず、骨子を理解しようとする姿勢が大切」
多くの歴史書を読んできた深井氏、読書術の第一歩は「自分が捉えたいように読まないこと」だと語る。「揚げ足を取らず、骨子を理解しようとする姿勢が大切」
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孔子が語っているのはロジカルな組織論

──そもそも歴史に興味を持ったきっかけは?

 父が中国の諸子百家の古典籍を色々と所蔵していて、たまたま読んでみたら面白かったんです。漢文の授業ではすごさが分からなかった『論語』『十八史略』『史記』などを、大学生になって改めて読んだとき、「ここに書かれているのは、深く考えた結論として導き出された答えだ」と気付き、衝撃を受けました。

 例えば、孔子は「どうすれば国を最も効率的に治められるか?」という話をしていて、彼は人間の性質上、リスペクトという感情を利用するのが最も組織のガバナンスを高められると説く。それは僕の経験に照らしても、全くその通りなんです。リーダーへのリスペクトの度合いで、組織のガバナンス力は大きく変わってくる。孔子に対して、「つまらないことを一生懸命書いている人だ」という認識だったのが、ロジカルに突き詰めた組織論を語っていると気付き、大好きになりました。深く咀嚼(そしゃく)してアウトプットするというその基本姿勢は、「COTEN RADIO」も含め、今の仕事にもつながっていますね。

著者が薦める本
 今はプレゼン能力など、伝える力ばかりが重視され「聞く」力がなおざりにされている。その結果、「自分が聞きたいように聞く」という姿勢がはびこり、誤解やコミュニケーション不全を起こしてしまう人が多い。僕自身も、自分が十分に聞けていなかったことに気付けた。これからの時代に必要とされる「聞く」力とは何かを伝える本。(深井氏)