「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」を運営するCOTEN。COTENとインターネット広告事業で国内トップシェアを誇るサイバーエージェントが共同で新設した、人文知研究所の取り組みと研究員の仕事ぶり、読んでいる本について聞いた。


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企業が「利益だけ上げればいい」フェーズは終わった

 2024年8月、サイバーエージェントのインターネット広告事業本部内に新設された人文知研究所。「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」を運営するCOTENから情報収集や調査手法のノウハウを学び、「人文知の知見を経営層の意思決定に生かす」ことを目ざしている。
 現在、同社の人文知研究所の研究員は4人。専任3人、データ本部との兼務が1人だ。
 インターネット広告をはじめ、IT業界の最先端を行くサイバーエージェントと歴史や哲学といった人文知の組み合わせは異質にも思えるが、「企業が単に利益を上げればいいというフェーズは終わった」のが人文知研究所を設立した理由だという。

 「創業から30年近く経ち、これまで以上に社会的な責任を果たしていく段階にきています。一方、幹部や社員に若い世代が多く、社会課題の背景を十分に認識できていないところもあります。企業として改めて学び、社会課題解決に貢献すべきだ考え、COTENと提携して人文知研究所を設立しました」(インターネット広告事業本部人事局の武井亮局長)

 メンバーはどのように決まったのか。「手を上げて立候補したわけではないのですが、上司から『研究員をやってみないか』という打診があり、会社としてこれまでにない取り組みで、かつ当社の経営陣とCOTEN深井さんと共同でプロジェクトを進行できる。これはまたとないチャンスだと思いました」(インターネット広告事業本部 人文知研究所の田中和也さん)

 現在の研究テーマは「女性社会参画」。田中さんの仕事の流れとしては、午前中にインターネットで世界と日本の最新情報をインプット。ニュースや論文などの情報収集には生成AIも活用する。海外の情報を深くまで調べられ、短時間でリサーチとインプットができるので助かるという。

 午後は書籍などテキストベースに知識を得て、情報を整理することが多い。月間50冊以上のペースで本を読む日々が続くという。研究に必要な書籍代はもちろん会社負担だ。
 「ずっと自宅で作業をしていると煮詰まってくるので、そんなときは近くの書店に行きます。今日は不在ですが、専任研究員の高橋は、『書店に行くと良い本は光って見える』と言っています。自分も早くその域に達したいなと思っています(笑)」(田中さん)

 週に2回、人文知研究所のメンバー内で打ち合わせを行い、レポートを作成。そして月に1回、サイバーエージェント経営陣に対して、研究成果を基にした中間報告と提言を行う。
 「深井龍之介CEOをはじめ、コテンの皆さんには研究のため、どんな本を選べばいいのか、どう読んだらいいのか、経営陣へのアウトプットはどうすればいいのかといったノウハウを教えてもらっています。経営陣とのミーティングは月1回1時間、実際にプレゼンテーションをする時間は30分ほどしかありません。『それは研究員の感情だから、事実だけ伝えたほうがいい』『その表現は適切ではない』といった実践的なアドバイスをいただき、伝え方を磨いてきました」(田中さん)

インターネット広告事業本部人事局の武井亮局長
インターネット広告事業本部人事局の武井亮局長
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人文知研究所の田中和也さん
人文知研究所の田中和也さん
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 例えば、女性社会参画について提言する場合、フェミニズムの歴史を語ると、それだけで時間が足りなくなってしまう。難しいテーマであるがゆえに「それをどう経営の意思決定に生かせばいいのか」にもたどり着きにくい。そのため「要点をギュッと絞り込んで」伝えるスキルを磨いてきたという。
 また、海外の識者の名前などは翻訳者や出版社、メディアによって表記や呼び方が違うことも少なくない。「間違った呼び方を伝えると、それをもとに経営層が対外的な発信をしてしまうこともあるので、そういった点も注意しています」がある。
 「私たちは女性社会参画をはじめとした、研究テーマについて調べるだけではなく、研究で得た知見を基に、経営陣がサイバーエージェントの事業や経営に生かすことができるようにしなくてはならない。まだまだ研究、伝え方については勉強中です」(田中さん)

 「日本は女性社会参画の取り組みが遅れているので、よく海外の事例を参考にしています。短い時間で伝えるのは大変ですが、提言後に経営陣が『これはいいインプットになった』と話しているのを聞くと、やりがいがあります」(データ本部/人文知研究所の平田麗華さん)

知らなかったことに愕然とした『ガラスの天井』

 月に50〜60冊は本を読むという田中さんだが、『 ガラスの天井を破る戦略人事 ――なぜジェンダー・ギャップは根強いのか、克服のための3つの視点 』(コリーン・アマーマン、ボリス・グロイスバーグ著、藤原朝子訳/英治出版)には読んで衝撃を受けたという。

『ガラスの天井を破る戦略人事 ――なぜジェンダー・ギャップは根強いのか、克服のための3つの視点』(コリーン・アマーマン、ボリス・グロイスバーグ著、藤原朝子訳/英治出版)/画像クリックでAmazonページへ
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 「人文知研究所で研究を始めるまで、いかに自分が女性活躍について無自覚だったかと分かりましたし、推進が進まない現状にも愕然としました」(田中さん)
 本を読む機会が増えたこともあり、研究テーマ以外のジャンルの本も読むようになった。

 「最近では森岡毅さんと今西聖貴さんの『 確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか 』(ダイヤモンド社)、アマゾンジャパン立ち上げメンバーである佐藤将之さんの『 amazonのすごい人事戦略 』(東洋経済新報社)も勉強になりました。
 『確率思考の戦略論』では、リスクを最小化しながら最大のリターンを狙う/消費者の本質(無意識)を掴むことの重要性を再認識しながら、どう最適な戦略を選ぶかという点が非常に有益かつ面白いと感じました。
 『amazonのすごい人事戦略』では、Amazonではデータとフィードバックを基にした評価システムで、継続的な成長を促していること。人材の選定から評価、育成に至るまで、すべてがデータ駆動型で進行しており、社員一人ひとりの成長を精緻にサポートしている点が印象的でした」(田中さん)

『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』(森岡毅、今西聖貴著、ダイヤモンド社)/画像クリックでAmazonページへ
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『amazonのすごい人事戦略』(佐藤将之著、東洋経済新報社)/画像クリックでAmazonページへ
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 今後、サイバーエージェントでは人文知研究所で得られた知見をもとに、インターネット広告のレギュレーションの制作を提案することも検討している。
 「時代とともに広告表現のあり方が変化し、価値観をアップデートできていないと問題になったり、炎上したりしてしまいます。当社も業界で影響力を持つ存在になっています。だからこそ、レギュレーションを整理するのは社会的な責任だと感じています」(平田さん)

平田麗華さん。データ本部と人文知研究所を兼務する
平田麗華さん。データ本部と人文知研究所を兼務する
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 また、COTENと共同で女性社会参画に向けた「Co-Lab女性社会参与」を立ち上げた。女性社会参画の課題は一企業だけでは解決が難しい。そのため各企業が連携し、歴史学・社会学・哲学・動物行動学などさまざまな分野の人文知を活用し、課題に向き合う。「女性社会参画を理想論で終わらせない」ための協働プラットフォームとして、4月に初回のワークショップを開催し、年4回実施する予定だ。

 「まずは女性社会参画の研究成果を社会的に実装するところまで持っていきたいと考えています。個人的にはIR事業の研究にも興味があります。人文知研究所は国内の企業としてかなり早い段階での取り組みです。『やっぱりサイバーエージェントは進んでいるな』と思われるような研究をして、経営に取り入れてもらえたらと思います。COTENと連携して、やるからには1位を取りたいです」(田中さん)

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/吉澤咲子