50歳という若さで、東京外国語大学の学長に就任した春名展生氏。就任から1年、「最年少」をアドバンテージにさまざまな改革に取り組んでいます。本を読むことで、特に若い人たちには自分の思考やアイデアを発展させてほしい。そんな環境を整えるための6冊を紹介。1回目の今日は、「自分にイノベーションを起こす」2冊について語ります。
50歳、国立大学学長最年少での就任から1年
私は2025年4月、50歳で東京外国語大学の学長に就任しました。当時の国立大学法人の学長としては最年少といわれ、異例の抜てきでした。
なぜ、私が選ばれたかというと変革を期待されたからでしょう。思い返せば、若くして選ばれたバラク・オバマ元大統領は大統領選で「Change(変革)」を掲げ、同じく若くして選ばれたビル・クリントン元大統領も就任演説でChangeという言葉を使いました。物事には基本的な原則があったとしても、時代に合わせた変革が求められます。
しかし、何かを変革しようとすると、いつの時代であれ、どこの社会であれ、反対の声が上がります。年長者で学長として実績があり、これまで変革を成し遂げてきた人であれば、現場の信頼があるでしょう。私にはそれがない。しかも私は、工学部を卒業してから大学院で国際関係論の専攻に転じた、いわば「よそ者」です。私が変革や改革を掲げれば、異論や反論がたくさん出てくるのは不思議ではないと思います。
それでもこの1年間を振り返ると、さまざまな方面からの期待や激励、学外からの支援などに恵まれ、総合的に見れば「最年少」であることは非常に大きなアドバンテージになったと感じています。現在、東京外国語大学では「大学間連携の推進」に加えて「大学院教育の拡充」を検討しています。本校にとどまらず、日本全国で人文・社会系学生の大学院進学を増やしていきたいと考えています。
学生の図書館や食堂の利用が減った
ちなみに「AIが出てきた今、語学を学ぶ意味はあるのですか」とよく聞かれますが、私自身は不安視も敵視もしていません。今の生成AIを取り巻く状況は、インターネットが出てきた当時とよく似ています。インターネットによって、ウェブ上での情報収集やリモートワークなどの変化は生まれましたが、「重要な意思決定は直接話す」ということは何ら変わっていません。
いくらAIが自動翻訳をしてくれたとしても、やはり大事な場面では1対1で向かい合って話す。それが国境をまたぐ関係の場合は、外国語が信頼を得るための重要な武器となります。人間が人間である限り、人間くさい部分──それこそが信頼の源なので、変わらないと信じています。
では、今の大学生に「変化」は見られるのでしょうか。私は2015年に本校の国際日本学研究院講師となってから学生と接していますが、それほど大きな変化はないと感じています。
ただ、ここ数年は図書館と学食の利用者が減りました。コロナ禍にオンライン授業となったことで、図書館で読書や調べ物をするよりもネットで検索、昼食は独りで食べる──と学生のライフスタイルが変化しているのでしょう。何とかして図書館に学生を呼び戻したいと考え、図書館の交流スペースを拡張しました。
論文を書くための文献とは違い、本の良さは「余計なことがたくさん書いてあること」。本を読むことで、自分の思考やアイデアが発展します。そのある種の「遊び」の部分を楽しんでほしい。そして、その遊びを享受するには生活や労働環境を整えることも大事です。今日は、その環境づくりに役立つ本、心・技・体を整えるための本を紹介していきます。
「不安」を上回る「好奇心」があれば人生は楽しくなる
1冊目に紹介したいのは『 センス・オブ・ワンダー 』(レイチェル・カーソン著/新潮文庫)です。
環境問題への警鐘を鳴らし、社会的に大きなインパクトを与えた生物学者、レイチェル・カーソンの著書で一番知られているのは『 沈黙の春 』ですよね。「奇跡の化学物質」として殺虫剤や農薬に使われたDDTの危険性を訴えた名著です。それに比べると『 センス・オブ・ワンダー 』はページ数が少なく、読みやすい本です。レイチェル・カーソンはもっと内容をふくらませたかったそうですが、執筆中に亡くなり、この本が遺作になりました。
タイトルの「センス・オブ・ワンダー」の意味は、簡単に言えば「好奇心」。この本では子どもを持つ親に向け、好奇心がいかに大切で尊いか、何でも知りたがる子どもとどう向き合っていくかが書かれています。子育て中の人だけではなく、これから新しく何かをはじめる人にも読んでもらいたい1冊です。
なぜかと言うと、何かをはじめる人にとって、「新しいもの」は不安が大きいですよね。一歩を踏み出しにくいし、いざ踏み出したとしても期待していた状況と異なると不安が余計に高まります。でも、「知らないものを楽しめる」感覚があれば、人生が楽しくなるはずです。不安はあるけれども、それを上回る好奇心がある。そんな子どものような感覚を持ち続けられるといいですね。
文系こそイノベーションを起こせる
次は小川哲さんの『 言語化するための小説思考 』(講談社)です。
小川哲さんは私の大学院の後輩にあたり、理系から文系へと転じたという経歴にも個人的に親近感を覚えています。
この本は「言語化」という言葉よりも「小説思考」にひかれ、手に取りました。また、入学式の祝辞を考えるきっかけとして読んだものです。
東京外国語大学は教育の基礎に言語を据えていますから、どうしても「文系」のレッテルを貼られやすい大学です。今の時代は「イノベーション」や「新しいアイデア」というと、理系の専売特許のような印象がありますが、実は小説こそ突拍子もないぐらいの発明ですよね。物理的な制約を取っ払って、新しいことを考えられるのは革新そのもの。理系であれば、物理的な制約に目がいって「こんなの無理じゃないか」と考えてしまうかもしれない。無理かどうかは別にして、「こんなことができたらいいな」と思って初めて、今の限界を突破するようなアイデアが生まれるのだと思うんです。今は新しい発想やアイデアを求められる時代ですので、文系が活躍するフィールドは多いはずです。
では、どうやって新しいアイデアを見つければいいのか。この本の9章「アイデアの見つけ方」に書かれています。実はアイデアというものは完全にオリジナルではなく、見つけてきたものに自分で少し新しい要素を足してみたり、少し違う角度から見たりすることで生まれるもの。小川さん自身も何か特殊な能力があるから小説家をしているわけではなく、そうやってアイデアを見つけているそうです。誰もが応用できる「アイデアの見つけ方」を丁寧に、まさに「言語化」されている面白い本でした。
次回はさらに視野を広げる4冊についてお話しします。
取材・文/三浦香代子 取材・構成/細谷和彦(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか



