イノベーションの重要性が盛んにいわれていますが、その正しい「意味」を理解できていますか。2022年度大学発スタートアップの増加数(前年度比)がトップの慶応義塾大学で開講されている大人気授業「スタートアップとビジネスイノベーション」。その全28回の講義を1冊にまとめた『 慶應大生が学んでいる スタートアップの講義 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋。2回目は、ビジネスパーソンに多発している会計スキルの無免許運転について。

ビジネスを語る世界共通言語「会計」

 昨今、大学生起業家は珍しくなく、高校生起業家も少しずつ増えてきました。こうした若い世代の起業の動機の多くは「お金持ちになりたい」「楽をしてお金をもうけて暮らしたい」といった浮ついたものではなく、「社会課題を自分の力でなんとかしたい」という高い視座によるものが多くなっていることが特徴といえるでしょう。これはSDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりという時代背景とともに、日本だけでなく世界的な潮流といえます。大企業への就職だけがキャリアの選択肢ではなく、自ら起業して社会問題の解決に取り組む学生が増えることは素晴らしいことです。

 一方で、残念なことに、起業した会社の多くが数年のうちに立ち行かなくなってしまうことも事実です。米国のある研究機関の調査によると、起業の5年後には8割が廃業に追い込まれ、起業家が後悔したことの第1位は、「もっと会計・財務のことを勉強しておけばよかった」というものだそうです。また、日本のベンチャーエンタープライズセンター(VEC)の調査によると、日本の起業家の6割以上は起業やビジネスに関する教育を受けたことがなく、受けたことのある3割の起業家も、成人になってから受けたという人がほとんどです。

 会計(アカウンティング:Accounting)の語源は、Accountability(説明責任)という言葉からも分かる通り、ビジネスについて数字を使って説明するというところから来ているといわれています。会計は出資者をはじめとしたステークホルダーに、どのような根拠でいくらのお金を集め、どのような方法で増やし、分配するかについて説明するための技術であり、ビジネスを語る上での世界共通言語といえるでしょう。

日本の経営者の無免許運転

 日本を代表する著名な経営者のひとり、稲盛和夫氏の著書に『 稲盛和夫の実学 経営と会計 』(日経ビジネス人文庫)があります。稲盛氏は京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者として、またJAL(日本航空)再生の立役者として、日本経済の発展に大きく貢献したことで知られています。同書の中で稲盛氏は、「会計が分からなければ真の経営者にはなれない」として、会計の門外漢でありながらプロの経営者として独学で会計を学んだ経緯について書かれています。

 筆者がプロ経営者、T氏にお聞きしたエピソードも心に残っています。T氏も数々の企業の再生に携わった著名な方ですが、彼が多くの企業の経営者と接していて感じていたことを、以下のように語られていました。

 「会計は企業経営という経済活動を客観的、標準的に記述し分析する唯一の共通言語であり、財務3表の理解は経営者の運転免許のようなものだが、日本の上場企業の経営者は無免許運転だらけ。自分は若い頃にMBAを取ったが、結局講座の最初に受けた会計の基礎講座が後のキャリアで最も役に立った」

 「日本の上場企業の経営者は無免許運転だらけ」というのはショッキングな表現ですが、粉飾決算で破綻し、T氏が再生に関与したある大企業の経営陣は、不正会計の意味も理解していなかったそうです。

 稲盛氏とT氏が言われているのは、会計が分かる、財務3表を読めるのが経営のパスポートであるということです。では、そもそも財務3表とは何でしょうか。

 具体的に言うと「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュ・フロー計算書」の3つのことです。すべてを説明するには分量の限界があるので、まずはざっくりとつかんでください。

(出所)『慶應大生が学んでいる スタートアップの講義』
(出所)『慶應大生が学んでいる スタートアップの講義』
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貸借対照表は会社の持ち物リスト

 財務3表の1つ目は、貸借対照表、英語ではBS(Balance Sheet)と呼びます。もうけを生み出すためには、一定の「資産」=「持ち物」が必要です。例えば、パン屋さんを営むのであれば売り物であるパンはもちろん、焼くためのオーブンや、売るための店舗が必要です。貸借対照表は、「持ち物リスト」と考えればいいでしょう。

 表の左側が、持っているものの一覧です。例えば、鉄道や発電のようなインフラ産業は巨大な持ち物が必要ですし、インターネットビジネスなどは比較的小さな持ち物でビジネスができるでしょう。

 表の右側は、これらの持ち物を買うための資金をどのように調達したかを表しています。調達手段は大きく「負債」と「自己資本」に分けられます。負債は分かりやすくいうと「借金」なので、いつか返済しなければいけません。一方で、自己資本は返済する必要はありません。この負債と自己資本のバランスをどのように取るのかは経営上、大きな意味を持ちます。筆者は、日本の経営者には、このBSを意識して経営をされている方が非常に少ないと感じます。

 先に紹介した稲盛氏の『実学』では、「会計は経営のコックピット。今のビジネス・数字を見るための計器盤」と表現されていましたが、BSは燃料計と表現できるでしょう。後述の損益計算書がスピードメーターの役割をしますが、スピードだけを気にしていて燃料の残量を気にしておかないと、いつ墜落してしまうか分かりません。どれくらいもうかっているのかはもちろん大事ですが、それを生み出すのにどれくらいの持ち物が必要なのか。言い換えれば、どれくらいの資金が必要で、それをどうやって調達しなければいけないのかということもそれ以上に重要です。

損益計算書は会社のお小遣い帳

 財務3表の2つ目は、損益計算書です。英語ではPL(Profit and Loss Statement)という呼称が一般的です。「お小遣い帳」をイメージすると分かりやすいでしょう。日本の経営者でも、これを分かっていない人はほとんどいないと思います。「収入」から「費用」を差し引いたものが「利益」(もしくは「損失」)なので、これを見ると会社が「どれくらいもうかっているか」ということが分かります。

キャッシュ・フロー計算書は会社のお財布

 財務3表の3つ目はキャッシュ・フロー計算書(Cash Flow Statement)です。「勘定合って銭足らず」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。先ほど、起業しても多くの会社が消えていくという話をしましたが、実はこのうちの3分の1はもうかっているのにもかかわらずつぶれてしまうそうです。勘定が合う=採算が取れている。つまり、数字上はもうかっているのに、お金が回らなくなって立ち行かなくなるのです。それはどういうことでしょうか。

 例えば、顧客に商品を売ったとして、その代金の回収が2カ月後だったとします。回収までの2カ月の間、手元にお金がなく、家賃や水道光熱費、従業員の給料などの支払いができなかったとしたら、経営に必要な現金が足りなくなって、会社はつぶれてしまいます。これが、見かけ上は黒字(利益)なのに手元の現金が足りずにつぶれてしまう「黒字倒産」といわれるものです。ビジネスの世界では「キャッシュ・イズ・キング(Cash is King)」といわれ、現金が何よりも大事なのです。この流れを表すのが、キャッシュ・フロー計算書です。

 キャッシュ・フロー計算書は、営業、投資、財務の3つのパートに分かれています。「営業キャッシュ・フロー」は、本業でどれくらいお金が増えたか(または減ったか)を表しています。営業キャッシュ・フローがずっとマイナスであるとしたら、そのビジネスを続けることはできないでしょう。会社を大きくするためには、本業で稼いだお金を次のビジネスに投資する必要があります。

 どのような領域に投資しているかを表しているのが「投資キャッシュ・フロー」です。既存のビジネスを水平展開する場合もあるでしょうし、全く新しいビジネスに広げていく場合もあるでしょう。海外進出という選択肢もあるかもしれません。投資にはお金の支出が伴いますので、ビジネスが伸びている会社は投資キャッシュ・フローがマイナスになります。

 本業が振るわなかったり、本業でもうけた以上にビジネスを拡大したりする場合には、新たにお金を調達する必要があります。逆に、手元資金に余裕がある場合は、借金の返済に回すこともあるでしょう。これを表すのが「財務キャッシュ・フロー」です。例えば、積極的に投資をする会社であれば、投資キャッシュ・フローが営業キャッシュ・フローを大きく上回り、足りない分は借り入れで賄うため、財務キャッシュ・フローがプラスになるという形です。このように、キャッシュ・フロー計算書は会社の経営=お金の動きを最も端的に表していることが分かると思います。

財務3表を読めることは経営のパスポート(写真/Shutterstock)
財務3表を読めることは経営のパスポート(写真/Shutterstock)
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ビジネスパーソンとして活躍するために

 経営者にとって財務3表を読めるようになることの重要性はすでに触れましたが、経営者でなくても、社会人になって仕事をするようになると、このスキルがないと苦労すると思います。

 また海外の同僚や経営者と話していると、会計士の資格やMBA(経営学修士)、またはその両方を持っている人が少なくありません。前述の通り、ビジネスを数字で語る「会計」は、ビジネスの世界の共通言語です。英語が母国語でない我々日本人が、ビジネスの世界の共通言語である会計を知らずに、どうやって世界中のビジネスパーソンと協業することができるのでしょうか。

 起業を志す人はもちろん、ビジネスの世界で活躍するためには、会計は英語と並んで学ぶべき、必須の項目だと思います。

大学発ベンチャー増加数トップ(2022年度)の慶応義塾大学の大人気講義で、学生たちは何を学んでいるのか。若い人はもちろん、すべてのビジネスパーソンが学ぶべき「起業の必要性」と「イノベーションの重要性」を1冊にまとめました。

KPMGコンサルティング ビジネスイノベーションユニット編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)