220万部の大ベストセラー『漫画 君たちはどう生きるか』を描いた羽賀翔一さんと、話題の新刊『冒険の書』著者の孫泰蔵さん。時代の転換点で生き方を問う今注目の2つのベストセラーを生み出し、互いの作品をリスペクトする2人が、名著の制作秘話、そしてアンラーニング(学びほぐし)について語り合いました。今回はその後編。

前編:孫泰蔵×羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』を輝かせた実話とは

「自分だったらどうする?」を問い続ける

孫泰蔵氏(以下、孫) 羽賀さんの作品は、時間の経過や登場人物たちから伝わる印象が、極めて映画体験に近いように感じます。オリジナル作品の『 ケシゴムライフ 』は本当に映画のような作品で、特に第2話の「ズボンのすき間」のラストが最高でした。羽賀さんは、ラストシーンのネームを最初から決めているんですか? 各話のラストがどれも素晴らしく、どう組み立てていらっしゃるんだろうと知りたくなりました。

羽賀翔一氏(以下、羽賀) 僕のネームは、最初に考えたもののままいくことがほとんどありません。孫さんがいいと言ってくださった2話のラストも、最初はもっとわかりやすいネームだったんですね。ところが、担当編集者にネームを見せたら「なんだかわざとらしいし、頭で考えた話になってる」と言われてしまったんです。要は、僕の「こうしたら面白いでしょ?」という考えが透けて見えてはダメなんですね。だから、この人物が自分だったらどうするだろう? と考えて、何度か直して、ラストの1コマにたどり着くための作業を行います。ネーム作りはその繰り返しかもしれないですね。

『冒険の書』著者の孫泰蔵さん(左)と『漫画 君たちはどう生きるか』著者の羽賀翔一さん。左の写真:Toshimitsu Takahashi
『冒険の書』著者の孫泰蔵さん(左)と『漫画 君たちはどう生きるか』著者の羽賀翔一さん。左の写真:Toshimitsu Takahashi
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 シーンに没入して、羽賀さんならどういう演技をするかを考えているということなんですね。

羽賀 そうですね。それでいうと、『 漫画 君たちはどう生きるか 』には、おじさんがコペル君に「今日から君のことはコペル君と呼ぶことにするよ」と言うシーンがあります。その後にコペル君がうれしくてクスッと笑う様子を描きました。

 ですがふと立ち止まって考えてみたら、そんなに瞬時に受け入れて喜べないんじゃないかと思い直したんです。そこで、クスッと笑う絵の前に、おかしみとも喜びともつかない表情の1コマを入れました。言葉を理解する瞬間の表情の絵があるからこそ、臨場感が出るんじゃないか。僕は絵が達者な漫画家ではないので、そうしたリアリティーや感情の機微、緊張感を重ねることで、読者の方にコペル君と同じ感覚を味わってほしいと思いながら描いたのです。

『漫画 君たちはどう生きるか』(吉野源三郎原作、羽賀翔一漫画、マガジンハウス)p.44から。おじさんにコペル君と呼ばれて、クスッと笑う前に1コマを加えた ©羽賀翔一/コルク
『漫画 君たちはどう生きるか』(吉野源三郎原作、羽賀翔一漫画、マガジンハウス)p.44から。おじさんにコペル君と呼ばれて、クスッと笑う前に1コマを加えた ©羽賀翔一/コルク
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「思いきり楽しむ」ことが誰かを励ます

 漫画って、いい意味で別世界に一気に飛んでいけて、小気味よくテンポのいいリズムを表現しやすいメディアだと思うんです。けれど、羽賀さんはむしろ“普段の何気ない行いや仕草”についてリアリティーをもって描いているからこそ、ユニークさが生まれるのでしょうね。それが『漫画 君たちはどう生きるか』では、素晴らしく機能していますよね。

羽賀 僕にとっては、なんとなく「こうなのかな?」と考えていたことを言語化されたのが、孫さんの『 冒険の書 』なんです。漫画ってこうじゃなきゃとか、この技術が必要だよねとか、ついつい思いがちです。デビュー作の『ケシゴムライフ』を描いた頃にはそんなことを気にせずに描けていたのに、漫画家として活動するにつれて気にしてしまうようになった。僕は漫画を描き始めた年齢が遅かったので、「とにかく学ばなければ」ということに縛られて、「楽しさ」を手放していたところがあったんです。

 『冒険の書』を読んでいたら、ネームの直しじゃないですが、「こういうもんでしょ」と終わらせるんじゃなく、「もう1回自分で線を引き直してみようよ!」と応援してもらえている気持ちになったんです。たぶん、孫さんは誰かを「応援しよう」という意図で書かれたわけではないとは思うんですが。

「作り手が楽しんでいると、読む側も励まされる」と語る羽賀翔一さん
「作り手が楽しんでいると、読む側も励まされる」と語る羽賀翔一さん
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 おっしゃる通り、自分の学びのために書いた文章であり、趣味からスタートしている本なので、「自分が楽しんでいること」が一番大事でした。

羽賀 まさに、孫さんが楽しんでいるのが伝わるから、僕も読んでいて励まされたんだと感じています。

歴史上の偉人もうちの親父も「横並び」

 そういえば僕も最近、“言語化”してもらったことに対してハッとした出来事がありました。それは、『冒険の書』について糸井重里さんと対談させていただいたときのことでした(注)。『冒険の書』にはジョン・ロックとか、ジャン=ジャック・ルソーとか、歴史上の偉人たちがたくさん登場しますが、そんな偉人たちと並べて、僕の父も登場させています。糸井さんは、「ロックやルソーと、孫さんにとって一番身近なお父さんが同列に並んでいるのがいいよね」と言われたんです。

羽賀 確かに、同列ですね。

 親父は中卒だからか、学がないことをどこかコンプレックスに思っていた節がありました。でも、僕から見たら親父はめちゃくちゃすごい人なんですよ。「すげー! なるほど!」って思わず唸(うな)ることをサラリと言う人生の先輩であり、ロックやルソーに負けず劣らずすごい存在。そんなポジションにお父さんを置いているのが、読んでいる人からすると勇気づけられるんだよね、って糸井さんが言ってくださって。別(わ)け隔てなく等列に人を見るというのは、自分の中で大切にしていた価値観なんですが、この本でその価値観を表現できていたことに、糸井さんの言葉で初めて気づきました。

 「本とはこうあるべし」という執着を持ったり、この本を哲学書や社会論、自己啓発と捉えていたりしたら、親父の話は書かなかったかもしれません。でも、自分が書きたいように書いた本だからこそ、自分の無意識の価値観や楽しさがにじみ出たんでしょう。「そこがいいよ!」と羽賀さんや糸井さんがアプリシエーションをくださったことは、本当にめちゃくちゃうれしいです。

「本はこうあるべき」と考えなかったことがいいと言われたのがうれしかったと語る孫泰蔵さん 撮影/小野さやか
「本はこうあるべき」と考えなかったことがいいと言われたのがうれしかったと語る孫泰蔵さん 撮影/小野さやか
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 僕はいちファンとして、羽賀さんにはこれからどんどんオリジナル作品を描いていただきたいです。『漫画 君たちはどう生きるか』はもちろん名作ですが、これからの羽賀さんのオリジナル作品もやっぱり評価されてほしいし、される人だと思います。そして、『ケシゴムライフ』が羽賀さんのファーストアルバムのような存在として、改めてめちゃくちゃ評価される日が絶対来る! と予言しておきます。

羽賀 泣きそうです。そんなふうに言っていただけて、僕までアプリシエーションを頂きました。

構成/金澤英恵

(注)「 評価の思考から、ぼくら、どうやって抜け出そう? 」(ほぼ日刊イトイ新聞)
未来に抱く漠然とした不安や焦り。そんなときに寄り添ってくれる2冊があります。マガジンハウスと日経BPは、『漫画 君たちはどう生きるか』と『冒険の書』を共同でお薦めするフェアを全国の書店で展開しています。生成AIの登場や社会不安などで時代が大きく転換しようとしている今、自分にじっくり向き合えるこの2冊は心強い伴走者となります。

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