「ChatGPT」の登場から3年。いまやAI(人工知能)は仕事や学び、創作はもちろん、相談相手としても浸透し、「使う、使わない」という選択を超えて、「いかに協働し、共生するか」が問われている。AIスタートアップに投資し、自ら起業家としても活躍する孫泰蔵さんは、2023年刊行の著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』でその変化を予見していた。本の刊行から2年半、AI進化の最前線と、AIは「私」にとってどんな存在になるかを全2回で語ってもらった。今回は1回目。

AI時代は「答えようとするな、むしろ問え」

著書『 冒険の書 AI時代のアンラーニング 』(以下、『冒険の書』)では、AIが普及した未来にどう生きるのかを書かれていました。AIを取り巻く状況は当時と大きく変わったと感じていますか?

孫泰蔵氏(以下、孫) 一度AIを使い始めると、もう使っていなかった頃には戻れない――そのくらい大きな変化が起きました。『冒険の書』の出版は2023年2月ですが、執筆は2021年のコロナ禍に始めています。当時からAIのポテンシャルを確信していたものの、対話型AI「ChatGPT」登場以降の進化は想像以上でした。最新版のGPT-5は、僕が予想していた時期よりも数年早く、実用水準に到達した印象です。正直、このレベルの進化が実現するのは、2030年頃になると想像していました。本の刊行からわずか2年半ほどでここまで来たのは、本当に驚きです。

AIの進化スピードは、泰蔵さんも「速い」と感じているのですね。

 だからこそ、「人は考えなくなるのか」「仕事は奪われるのか」といった議論が盛んになるのでしょう。僕は仕事柄、比較的早い段階からAIと人との関係を考えてきましたが、改めて『冒険の書』を読み返しても、2023年に書いたメッセージを修正したり、加筆したりする必要はないと感じています。むしろ今だからこそ、本のメッセージがより多くの人に響きやすくなっていると思います。

 「答えようとするな、むしろ問え」という言葉がこの本の大きなカギですが、まさにChatGPTの回答も、問いの立て方で質が大きく変わります。これからは「良い問いを立てられるかどうか」がますます重要になる。AIを使いながら、そのことを実感している人は多いはずです。

 同時に、AIには誤情報をもっともらしく生成してしまう「ハルシネーション」の課題もある。人間には、回答を鵜呑(うの)みにせず、前提や思い込みを検証するクリティカル・シンキングが不可欠になっています。「その証拠は?」「別の仮説は?」と問い直す姿勢が、これまで以上に重要になっています。

AI利用が当たり前になると、クリティカル・シンキング(批判的思考)がより重要になるという孫泰蔵さん
AI利用が当たり前になると、クリティカル・シンキング(批判的思考)がより重要になるという孫泰蔵さん
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今ではAIが、家電やスマホ並みに生活に溶け込み始めています。そのカギはどこにあったとお考えですか。

 従来のソフトウエアは学習コストが高く、まずは「使い方を覚える」必要がありました。それに対して、例えばChatGPTは、いつもの言葉遣いで普段の会話のように質問できる。それが、ここまで一気に浸透した最大の理由だと感じます。

 登場初期は、検索や要約、翻訳など“認知の外付け”として使う人が多かったのですが、今ではカウンセラーのような役割や、背中を押してくれる相棒として使われる場面も増えました。象徴的だったのは、ChatGPTが4から5へ進化した時のこと。相談や日常会話用途で利用していたユーザーから、「4は優しかったのに、5は冷たくなって寂しい」といった声が上がった。2025年時点でここまで自然に“人への寄り添い”が浸透するとは、僕自身も予想以上でした。

AIが長期記憶を持ち、「私」をずっと覚えていてくれる

AIによる“人への寄り添い”に可能性を感じていますか?

 焦点は、「私」の状況や感情まで理解して寄り添えるかどうか。いわば、個人に最適化された相棒——ここでは仮に「バディ」と呼びますが——そんなAIが登場すると考えています。

 ChatGPT含め、現状リリースされている多くのAIは、セッションが切り替わると前の会話を忘れてしまいます。何度もコミュニケーションすることで深めた対話も、新しいセッションを開いた途端にリセットされ、浅い対話に戻ってしまう。これは、現在のAIが「短期記憶」に依存しているからなのですが、このままでは人に寄り添えるバディは実現できません。関係性を維持して、文脈や相手の状態を踏まえた応答を返すには、「長期記憶」の仕組みが不可欠なのです。

AIとの会話を、AI側がずっと覚えていてくれるイメージでしょうか。

 その通りです。パソコンには、OS(オペレーティングシステム)が必要ですよね。そのOSの上で、デスクトップに“ファイル”を作ります。メモならテキストファイル、原稿ならWordファイル、写真ならJPEGファイル……といった具合に保存していく。そして、それらを整理する“フォルダー”の存在も欠かせません。

 バディにも、「私」の人生の記録を扱える、長期記憶のOSが必要になる。蓄積される情報は膨大なので、それを適切に整理して必要な時に呼び出せる仕組みが重要です。

具体的にはバディと、どのようなやりとりが想定されますか?

 「私」といっても、「仕事が忙しかった私」「飲みに行って楽しかった私」「週末に買い物に行きたい私」など、いろいろな「私」がありますよね。そうした“スナップショット”的な「私」を、バディとの会話を通じて記憶していきます。

 例えば「昨日ジェニーに会った」と言えば、バディは「大学の同級生で今は○○で働いているジェニーですね」と人物情報を思い出し、「前回会ったのはいつだっけ?」と尋ねれば「2024年9月3日、9カ月14日前です」と正確に答える。バディは写真や動画を含めた“私とジェニー”に関する記憶を推論して、グルーピングすることも可能になるでしょう。

 やり取りは自動で日記化もでき、曖昧な感情を言語化もしてくれる。人間は忘れる生き物ですが、AIは忘れません。だからこそ長期記憶を持つバディは単なるツールを超えて、本当の意味での「相棒」になり得ると考えています。

バディが「私の人生」を記憶する存在になるということでしょうか。

 これまでの生成AIは、短期記憶の範囲で「チェーン・オブ・ソート(思考の連鎖)」を回して論理探索してきました。「Deep Research」では「より良い回答のため思考中」といった熟考中の表示が出ますが、モデル内部で問いを立てて調べ、また問いを立てて深めるプロセスが自律的に行われるのが今の進化の一つです。ユーザーから細かな指示がなくても、モデルが論理を深められる点が評価されています。

 短期記憶の範囲でも「その場での検索や深掘り」は有効ですが、長期記憶があるとさらに大きな世界が開ける。長期記憶の中身にはいろいろな分類があり、この領域はまだ業界として十分に掘り下げられていません。現在世の中に出ている論文や実装サービスは、まだ入り口に過ぎないと感じます。

長期記憶にはどんな要素が重要になりそうでしょうか。

 脳科学や心理学では、人間の長期記憶においては「エピソード記憶」が核になると言われています。例えば、数年前に行ったお店がどうしても思い出せない時。バディに日々のことを話していれば、「バースデーサプライズを仕掛けられたお店」「私が酔い潰れてしまったお店」などの具体的なエピソードを伝えることで、「それは2022年9月に行った○○というバーです」と、バディが特定してくれる。人間の脳はエピソードを通じて長く記憶する仕組みになっていますが、パーソナルAIの長期記憶では、そうした人の特性を補完していくこともできます。

「バースデーサプライズを仕掛けられたよ」とエピソードをAIバディに伝えておけば、後でそのエピソードからお店を教えてくれるだろうと説明する孫泰蔵さん
「バースデーサプライズを仕掛けられたよ」とエピソードをAIバディに伝えておけば、後でそのエピソードからお店を教えてくれるだろうと説明する孫泰蔵さん
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日記をつけなくても、会話を通じて膨大なライフログをつけてくれるのですね。

 日記を書くのが続かない人は多いですが、バディになら写真を1枚送るだけでも十分です。長期記憶があれば、その写真に写る人物や状況を推論して「これはあの時の写真ですね」と類推し、文章化してくれます。そうして「人生の日記」が自然に蓄積されていく。自分で直接書いていない記録だからこそ、数年後に読み返すと「こんなことがあったんだ」と新鮮に感じる発見があるはずです。

 さらに、人が読み返して「違うよ、正しくはこうだよ」と訂正すれば、長期記憶はより正確になります。人間の脳にも、そのエピソードが定着していくでしょう。スナップショットが大量にストックされていても、その中身がわからなければ検索はできません。だからこそ、パーソナルAIにはエピソード記憶を構造化する仕組みが極めて重要なのですが、大規模言語モデルはその役割にとても向いていると言えます。

人間は参加できないAIだけのSNSが登場する

 あとは、SNSも「人」が投稿するものではなくなっていくでしょう。AIが投稿し、AIが管理する──そんな新しいSNSが登場するだろうと僕は思っています。

「人」が投稿しないSNSとは?

 SNSは今、多くの問題を抱えています。炎上や誤発信、フェイク情報やプライバシーの漏洩など。生身のユーザーが自身で発信、閲覧することによるリスクが大きくなっている。僕の考えでは、SNSのあり方そのものが近い将来変わっていくはずです。人間がそのまま投稿するのではなく「私のAI」、つまりバディが代わりに情報を整理して、適切に投稿・制御する時代が来る。

 これまでSNS=ソーシャル・ネットワーキング・サービスは、ネット上で人と人が直接交流する場でした。でもこれからは、AI同士が交流する場になっていくでしょう。例えば、僕が「ブルーノ・マーズのライブに行きたいけど、1人じゃ寂しいな」とバディにつぶやく。一方で、友人の誰かも同じように「ライブに行きたいな」と自分のバディに話していたとします。すると、そのバディ同士が情報を発見して「ライブに行きたがっている人がいますよ。誘ってみますか?」と提案してくれるかもしれない。本人同士はその時点では何も知らなくても、AI同士のSNS交流を通じて、思いがけないセレンディピティ(偶然の幸運)が生まれる。そんな可能性が、今よりずっと高まると思っています。

文/金澤英恵 写真/小野さやか 編集/中川ヒロミ

「私たちはなぜ勉強しなきゃいけないの?」「好きなことだけしてちゃダメですか?」
数々の問いを胸に「冒険の書」を手にした「僕」は、時空を超えて偉人たちと出会う旅に出ます。そこでわかった驚きの事実とは――。
起業家・孫泰蔵が最先端AI(人工知能)に触れて抱いた80の問いから生まれる「そうか! なるほど」の連続。迷いが晴れ、新しい自分と世界がはじまります。

孫泰蔵(著)/あけたらしろめ(挿絵)/日経BP/1760円(税込み)