書籍編集者は、四六時中、本について考えています。自分の担当書をより面白くするにはどうするか。他の編集者が担当したベストセラーを読めば、さすがだなとうなったり、時には悔しがったり。そんな書籍編集者が30人以上も所属する日経BOOKSユニット第1編集部の赤木裕介部長に、夏の読書に全力でお薦めしたい同僚が作った本を聞きました。

中川ヒロミ(以下、中川):部長がお薦めする「日経の本」のこの連載、実は部長が代わりました。今回から、4月に日経BP第1編集部の部長となった赤木裕介さんにお薦め本を聞いていきます。赤木さんは書籍編集30年近くの大ベテランで、後輩にもいつも敬語で接して、穏やかで歩く知性といった感じの編集者です。でも、出身の大阪弁が出ると怖いという噂ですが、本当ですか?

赤木裕介(以下、赤木):いえいえ、都市伝説です(笑)。関西を離れて30年近くたつので、学生時代の友達と話したりすると、「気持ち悪い大阪弁」だと言われるようになってしまいました。

中川:気持ち悪い大阪弁、関東出身の私は違いに気づけないかもしれないです。早速ですが、赤木さんから夏休みに読みたい日経の本をお薦めしてもらえますか? 長い休みにじっくり良書を読みたいという方もいらっしゃるでしょうし、私のように涼しい部屋でゴロゴロしながら楽しい本を読みたいという方もいそうですよね。

赤木:そうですね、では夏休みの課題図書のような位置づけで、お薦めの経済書からご紹介しましょう。

この夏、ぜひ読んでいただきたい「日経の本」、ご紹介していきます!
この夏、ぜひ読んでいただきたい「日経の本」、ご紹介していきます!

この夏、経済学を始めてみよう

赤木:経済学というと、とっつきにくい印象をお持ちの方も多いかと思います。

中川:はい、私もその代表です。私は理工学部出身で経済学には触れずに生きてきたので、最新の経済学には興味がありつつも、とても苦手意識があります。

赤木:「経済学」は苦手でも、みなさん「お金」はお好きですよね。私も好きです。残念ながらお金のほうは私のことが苦手みたいで、すぐにいなくなってしまうのですが……。それはさておき、そんなお金と日ごろの生活とのつながりから経済の仕組みを解説したのが『 池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる 』です。シリーズ48万部のベストセラーを全面改訂したものです。

『池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる』。ベストセラー、待望の改訂版です
『池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる』。ベストセラー、待望の改訂版です

 「お金はなんでお金として使えるのだろう?」「そもそも景気ってなんだろう?」という素朴な疑問に池上先生がやさしく答えてくれます。経済学部ではない学生への講義から生まれた本なので、経済の知識がなくても大丈夫。楽しみながら読むだけで、伝統的な経済学の知識が一通り身に付いてしまうという、お得な一冊です。

中川:池上さんの解説は、とっても分かりやすいですよね。経済学は限りある資源を最適に配分しようと考える学問なんです、身近なものなんですという池上さんの説明で、私も興味が出てきました(日経BOOKプラスの記事=池上彰 「経済学」とはどのような学問なのか)。

各種情報をアップデートしつつ、「池上解説」の分かりやすさはそのままに
各種情報をアップデートしつつ、「池上解説」の分かりやすさはそのままに

赤木:経済学は日々進化しています。伝統的な経済学は、「経済的に理にかなった行動をする人」を前提に理論を組み立てているのですが、それだけでは複雑な社会情勢に対応できません。最新の経済学は、必ずしも合理的な判断をするわけではない、リアルな人間の活動をベースにした研究が進んでいます。

 そんな最先端の経済学を、世界トップクラスの経済学者が教えてくれるのが『 世界最高峰の経済学教室 』です。ノーベル賞受賞者7名(!)を含む12人の経済学者に、日経ビジネスの敏腕記者がインタビューしています。「高齢化から付加価値を生み出す」「保育園における待機児童問題を解消する」といった社会課題に挑む新しい経済学の姿を描き出しています。どうしてそのような理論に行き着いたのか、意外な人間ドラマも語られたりして、経済学に詳しくない人でも思わず引き込まれてしまう内容です。

『世界最高峰の経済学教室』。経済学のトップスターたちの人間ドラマも読み応えあり
『世界最高峰の経済学教室』。経済学のトップスターたちの人間ドラマも読み応えあり

「経済兵器」からChatGPTまで、今起こっていることが分かる本

赤木:さて、続いて世の中の最先端の動きを知るための本をご紹介しましょう。まず『 経済兵器 現代戦の手段としての経済制裁 』です。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻で、各国がロシアに対する経済制裁を打ち出しているのは、みなさんご存じでしょう。国際平和を乱した国家に対する、強力な懲罰メカニズムとして働くという意味で、経済制裁は現代戦の「兵器」ともいわれます。本書はそんな経済制裁についての歴史を、膨大な資料を基に描き出したものです。

『経済兵器 現代戦の手段としての経済制裁』。その歴史が、今とこれからを考える材料に
『経済兵器 現代戦の手段としての経済制裁』。その歴史が、今とこれからを考える材料に

 経済制裁は第1次世界大戦の敗戦国だったドイツ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国などに適用されたのが起源で、大きな「戦果」を挙げたとされています。今でも、制裁を受けたロシアが、石油や天然ガスなど自国の資源を武器にして応戦するなど、経済政策を理解することは、世界情勢を知る上で欠かせません。本書は500ページを超える大著なので、時間のある夏休みにぜひチャレンジしていただきたいと思います。

中川:クールな赤木さんも、熱がこもってますね。500ページ級の大著は長い休みの日に読みたいです。

たっぷり532ページ、じっくりご堪能ください
たっぷり532ページ、じっくりご堪能ください

 私も今こそ読んでほしい本を1冊お薦めします。それはChatGPTの本です。書店に行くと、それはもうたくさんのChatGPT関連書が並んでいますよね。その中でも、AI(人工知能)が普及した未来について興味がある方にお薦めしたいのが『 ChatGPTと語る未来 AIで人間の可能性を最大限に引き出す 』です。ChatGPTを提供するOpenAIに最初期に投資したリード・ホフマンさんが、GPT-4と共著で出した本で、米国で3月に発売され、版権を取ってから2カ月で日本語版も発売しました。

 翻訳者の方は3人、編集者は私と同僚と2人がかりで、猛スピードで進めました。著者のリード・ホフマンさんが、仕事や教育など私たちの身の回りにAIが浸透した後の世の中についてGPT-4と語り合っているのですが、リード・ホフマンさんのGPT-4に対する接し方や問いの立て方(プロンプト)を読むだけでも、とても面白いです。

『ChatGPTと語る未来 AIで人間の可能性を最大限に引き出す』。猛スピードの編集で、最先端の知見を
『ChatGPTと語る未来 AIで人間の可能性を最大限に引き出す』。猛スピードの編集で、最先端の知見を

赤木:ChatGPT、本当に面白いですよね。私も仕事中なのに、いろんなお題を振って遊んでしまいます。他にもWeb3、メタバース、NFT(非代替性トークン)など、デジタル技術が関係するキーワードが次々に登場して、ついていくのが大変、という人も多いのではないでしょうか。

 そんな方にお薦めしたいのが『 日経文庫 いまなら間に合う デジタルの常識 』です。コンパクトな新書サイズで、話題のデジタル用語の背景が一通り分かる、というお得な本なのですが、本書の魅力はそれだけではありません。著者の岡嶋裕史さんの書きぶりが、とてもシニカルでいいんです。

 「Web3って、Webってついてるけど、技術的にはWebじゃないですよ」「いろんなテクノロジーがバズワードになるのは、それでもうかる人がいるから」みたいな感じで、ブームに振り回されないための本質的な知識を紹介しています。日経BOOKプラスの記事「ChatGPTは小学生に勝てない!? 子供向け問題を解かせてみた」でも取り上げていましたが、AIでは解きづらい論理問題を作ってみたり、技術とうまく付き合うための方法をいろいろと教えてくれる1冊です。

『日経文庫 いまなら間に合う デジタルの常識』。苦手克服はこの1冊から
『日経文庫 いまなら間に合う デジタルの常識』。苦手克服はこの1冊から

あきらめる、毒を吐くことでうまくいく

中川:夏休みにこうした本を読むと、最新の知識をばっちりインプットできそうですね。赤木さんは夏バテしなさそうですが、私のように毎日暑くて夏バテ気味だからゆっくりしたいとか、夏だからワクワクしたいといった方にお薦めの本はありますか? 

赤木:はい、ちょうどいい本がありますよ! 物事がうまくいかないときは、前向きにあきらめてしまえ、ということを『 降伏論 「できない自分」を受け入れる 』が教えてくれます。

 本書は、横浜ベイスターズ(現DeNAベイスターズ)の選手から転じて、今はビジネスコーチとして活躍されている高森勇旗さんが書いたビジネス書です。思ったような結果が出ないときは、できない、という事実に「降伏」してしまえ。自分の小さなこだわりや思い込みは捨ててしまって、成果を出している人を頼ったり、まったく違うアプローチをしてみたりすることで、結果を出せるようになる、という内容です。

『降伏論 「できない自分」を受け入れる』。一度手放すことで、見えてくるものが
『降伏論 「できない自分」を受け入れる』。一度手放すことで、見えてくるものが

 映画が大ヒットした『SLAM DUNK』の「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」風に言うと「あきらめてからが、人生本番ですよ」みたいな感じです。若い人はもちろん、昔の成功体験やプライドが捨てられないベテランにも読んでほしいですね。

中川:降伏論のコンセプト、とてもよく分かるなあ。最近、自分のクリエイティビティのなさにがっかりするのはやめて、著者やデザイナーなど才能あふれるみなさんにひれ伏してどんどんお願いしちゃいます。単に年を取ってずうずうしくなっただけかもですが(笑)

赤木:暑くてカリカリしていると、他人のちょっとした一言でモヤッとしたり、ちょっとしたことを引きずってしまったりしませんか。人間関係は壊したくないけれど、でもちょっとは言い返したい。そんな方にお薦めしたいのが『 エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術 』です。

 ベストセラー作家で脳科学者の中野信子さんが、相手の気を悪くせずにネガティブなことを伝えるテクニックを、京都の人たちの言い回しも使いながら教えてくれます。京都人代表として、お笑いコンビのブラックマヨネーズのお二人も登場するのですが、そのエピソードも秀逸です。BOOKプラスの連載コラム「脳科学者・中野信子と考える、エレガントな毒の吐き方」にもお二人は登場しますので、ぜひ併せてご覧ください。

 ちなみにこの本、「こんなシチュエーションのときはどう伝えるか? クイズ」があるのですが、私は全13問中11問正解しました! 大阪人を卒業して、立派な京都人になれたと思います(笑)

『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』。みなさんもぜひクイズに挑戦してみてください
『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』。みなさんもぜひクイズに挑戦してみてください

中川:13問中11問って、赤木さんめっちゃくちゃエレガントですね(笑)。私もこの本、大好きです。打ち合わせに何度か参加させてもらいましたが、京都の方々の知的なユーモアにしびれました。私はついついストレートに言ってしまうので、まねしてみたいと思っています。

逃げること、投げ出すことが悪いとは限らない

赤木:さて、最後に何もかもうまくいかなくて疲れた、という人にぴったりの本を。米国のジャーナリストが、最新の科学的知見に基づいて書いた『 QUITTING(クイッティング) やめる力 最良の人生戦略 』です。

最新科学で「やめどき」を解き明かす『QUITTING(クイッティング) やめる力 最良の人生戦略』
最新科学で「やめどき」を解き明かす『QUITTING(クイッティング) やめる力 最良の人生戦略』

 「逃げること」「投げ出すこと」って、悪いことのように言われますよね。でも、そうやって頑張るのって人間だけで、他の動物はそんなことはしない。うまくいかないことを無理に頑張ってエネルギーを費やすと、天敵に襲われたときに疲れて逃げられないかもしれない。暑い夏には涼しいところでダラダラ過ごす、というのは、生き物としては正しい姿ですよ、ということを、この本は教えてくれます。

 頑張らないのはダメ、というのは日本だけではありません。本書では、世界的なアスリートや芸能人などの例を使いながら、なぜ困難に耐えて頑張ることが美化されているのかを解き明かしつつ、上手にやめる方法も提案してくれます。

中川:Quitting、とってもいいですよね。毎回そう言っていますが、私もたまにはクイッティングして本を読みまくりたいです。

この夏も「日経の本」をよろしくお願いします!
この夏も「日経の本」をよろしくお願いします!

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