最新テクノロジーがビジネスチャンスを生み、業界地図を塗り替える。様々な業界やビジネスがヘルスケアやグリーンと呼ばれる領域に踏み込み、生命や生活、自然を充実させていく。AI(人工知能)やロボットにより人々の思考と行動が拡大し、仕事が変わる。日経BPの技術専門メディア編集部と日経BP総合研究所の調査を基に、有望なテクノロジーと企業の動向を解説する。『 日経業界地図 2024年版 』(日本経済新聞社編)より巻頭特集を抜粋。

ここまで来ているテクノロジーの威力

 社会生態学者ピーター・ドラッカーが遺した言葉に「すでに起こっている未来」(the future that has already happened)がある。過去起きたか、あるいは現在に起こっていることの中に未来へつながる何かがある、という意味だ。すでに起こっている未来を見つけられれば、未来のビジネスを創り出せる。

 それを見つける方法として、最新テクノロジーへの注目がある。技術そのものというより、それがビジネスや人々の生活に与える影響、すなわち市場における価値を想像してみよう。ドラッカーは、技術によるイノベーションは失敗に終わるか、時間がかかり過ぎるとも指摘しており、理由として、技術の担い手が「自らの技術に淫し、しばしば、顧客にとっての価値よりも技術的な複雑さを価値としてしまう」と警告していた。

 テクノロジーのうち、新素材、新薬の開発と普及には相応の時間がかかるが、大きな話題になった生成AIに代表されるIT(情報技術)はあっと言う間に広がる。大量のスマートフォンやPCがインターネットに接続されており、ここに最新ITを投入すれば、世界中ですぐに利用できるからだ。

 日経BPの技術専門メディア編集部と日経BP総合研究所は、「すでに起こっている未来」の可能性があるテクノロジーを探し出す調査を毎年実施している。1つは『100の技術』と呼ぶ、今後数年を展望して有望な技術を100件探し出す取り組みである。もう1つは『テクノロジー期待度番付』と言い、ビジネスパーソン1000人に「2030年に期待できる」技術を尋ね、期待が多い順にランキングする試みである。『100の技術』は技術シーズを、『テクノロジー期待度番付』は技術ニーズを探る調査と言える。

 2つの調査結果から今回、大きく4点の動き・傾向を見いだした。「生の充実」「自然の充実」「思考の拡大」「行動の拡大」である。これらは「すでに起こっている未来」を探索する際の視点になる。いずれも最新テクノロジーが顧客や市場にもたらす価値だが、前半の2点は人々や社会が求めること、目的地であり、後半の2点は前半を実現するための手段とも見なせる。

万人が求める生の充実、医療と他業界が連携

 生の充実とは、生命や生活の充実を指す。関係するキーワードとして「QoL(クオリティ・オブ・ライフ)」「ウェルビーイング」「エンゲージメント」など、いろいろなものがある。健康を維持し、仕事を含む日々を充実させ、幸せに生きることはすべての人の期待と言ってよい。

 生の充実というテーマに迫るために、医療機関はもちろん、あらゆる業界が協力し合う構図が生まれつつある。極論すれば今後、すべての業界がヘルスケア業界の一翼を担う可能性がある。『テクノロジー期待度番付』の1位は「介護ロボット」、6位は「医療ロボット」だった。介護ロボットには人型ロボットだけではなく、人の状態を感知し、自ら判断して動作できる介護用の機器全般を含む。

 10位に複合現実(MR)を使い遠隔地の患者を3次元で確認する「MR医療」、31位に「映像を使った遠隔検査」が入った。今後注目されるのは、より高解像度の技術を使った遠隔診断である。例えば8Kシステムを使えば患者が実際に目の前にいるように見える。テレビ放送の8Kは苦戦しているが、8K内視鏡が実用化されるなど、医療への応用は期待されている。このように、もともと別の業界で開発されたテクノロジーが、医療や介護の分野で花開くことが増えそうだ。

(出所)『日経業界地図 2024年版』
(出所)『日経業界地図 2024年版』
画像のクリックで拡大表示

 生の充実を目指すスマートフォンのアプリも次々に登場している。『100の技術』の中では、自然音を聞ける「ストレス軽減アプリ」や、心の落ち着きや安眠のための「瞑想アプリ」が挙げられた。

 視覚に関してサポートを受けたい人と、それに関連するボランティアや企業を、スマートフォンのカメラを通したライブビデオで結びつける「Be My Eyes」というアプリがある。ボランティア650万人が食品の賞味期限の確認、説明書の代読、物探し、道案内などを声で手伝い、50万人以上を支援する。企業によっては自社製品のサポート役をBe My Eyes向けに用意している。さらに2023年後半には生成AIもボランティアを務める。

 病院も変わる。米メイヨークリニックは、これまでに蓄積された患者530万人の臨床データ6億4400万件とメイヨーの専門知識を外部が使えるようにしている。病院の医師や研究者、医療ベンチャーの開発者は、データを使って医療AIシステムを開発していく。患者は自身のデータを参照し、必要な医療情報を検索できる。

大前提になる自然や環境の充実と保護

 地球環境問題を解決し、社会のサステナビリティー(持続可能性)を確保することは以前からの懸案であり、技術への期待は高い。CO₂(二酸化炭素)をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラル関連の技術が、『テクノロジー期待度番付』の上位に並んでいる。「ゼロカーボンシティ」が4位、「カーボンリサイクルシステム」が8位、CO₂を固定できる「グリーンコンクリート」が11位、太陽光で有機物や水素をつくる「人工光合成」が12位、といった具合である。

 近年、「グリーントランスフォーメーション」「ネイチャーポジティブエコノミー」「サーキュラーエコノミー」といったキーワードが登場している。エコノミーという言葉が入っている通り、自然保護と経済活動を両立させることを目指す。

 この分野で新たな業界が生まれつつあることで、今回、「水素・アンモニア」「合成燃料」「CO₂可視化」を新たに掲載している。

 自然に対してポジティブな取り組みをするベンチャー企業を既存の企業が支援する動きも活発になっている。

 米アップルは、マイノリティーが経営し、持続可能性に取り組む小規模企業を支援しており、2022年8月、16社を選んだ。例えば米アクアジニュイティは、住んでいる地域を入力すればそこの水質が分かるサービスを提供する。アップルが21年8月に選んだ米ブロックパワーは、古くなった建物に新しい電気冷暖房・給湯機器を導入し、光熱費を減らす。導入効果を算出し、設備の監視をするシステムを用意した。

 また、EC(電子商取引)事業者に決済サービスを提供する米ストライプは、CO₂除去を手掛けるベンチャーに決済額から一定の割合で寄付をする仕組みを用意した。世界で数万のEC事業者が利用し、寄付をしている。

 さらに既存の業界の中でも、サステナビリティーを最初から考慮してビジネスをする企業が生まれている。11年に設立されたアパレルSPA(製造小売業)の米エバーレーンは、安全な材料や工場を選び、「徹底的な透明性」をうたい、ECで扱う全商品に対して原材料や生産地の様子、材料費など各種コストを公開する。

 既存企業も材料調達、生産、流通、保守といった流れを把握し、「環境に配慮している」「問題がある材料や生産拠点を使っていない」と示さなければならない。複数の企業あるいは業界が手を組み、こうしたトレーサビリティーシステムをつくる動きが進んでいく。

生成AIがもたらす人の思考と能力の拡大

 ここ数年間で最も話題になったテクノロジーと言えば、文章や画像を作り出せる生成AIである。今回、新たな業界として『生成AI』を掲載した調査『100の技術』でも、AI関連が14件を占めた。

 生成AIが人の仕事を奪うといわれるが、それよりも、これまでできなかった、新たなサービスを消費者に提供する動きが先行している。

 EC支援サービス「Shopify」の利用者向けのアプリを使うと、「こういうものはありますか」と生成AIに質問しながら希望の商品を探すことができる。生成AIが、Shopifyを使っているEC事業者を横断して商品の候補を見つけ出す。

 買い物代行サービス「Instacart」は生成AIを使い、食事に関して利用者が質問できるようにした。やりとりしているなかでメニューを決め、利用者は買い物を頼む。

 独メルセデス・ベンツグループは2023年6月、これまで米国で販売した90万件以上のインフォテインメントシステム(車載情報・娯楽端末)に生成AIを組み込み、ドライバーが目的地などについてAIに相談できるようにした。

 企業同士の取引にも生成AIは使われ始めている。米ウォルマートは21年からサプライヤーとの商談に生成AIを使用し、従来数週間から数カ月かかっていた協議を数日に短縮したという。ベンチャーが開発した交渉に特化した生成AIを、ウォルマートが初めて使った。

 これらの先行事例から分かるのは、データの重要性である。ShopifyやInstacartはこれまでのビジネスで蓄積した商品や顧客のデータを、ウォルマートは取引データをそれぞれ利用する。メルセデスは利用を希望するドライバーに対話機能を提供し、実績データを得る。

 つまり、AIが学習できるようにビジネスデータを整備できていれば、生成AIは使いこなせる。技術力の有無や業界の違いによって優劣の差が出るわけではない。

『100の技術』の調査ではAI関連が14件を占めた(写真/Shutterstock)
『100の技術』の調査ではAI関連が14件を占めた(写真/Shutterstock)
画像のクリックで拡大表示

行動を変え、広げるロボットと自動運転

 生成AIブームによって影が薄くなった印象はあるが、介護ロボットや医療ロボットへの期待から分かる通り、ロボットや自動運転による人の作業の自動化への要望は根強い。『テクノロジー期待度番付』でも「完全自動運転」が3位に、「無人運転MaaS(移動サービス)」が5位、「空飛ぶクルマ」が23位に入っている。

 英国第2位のスーパーマーケットチェーン、アズダは2023年4月から、ロンドンの店が抱える7万2000世帯、17万人の顧客を対象に、自動運転車を使って食料品を宅配している。1年間の実証実験だが、顧客が通常のEC注文画面から注文すると、無作為に選んだ顧客の家まで自動運転車が食料品を運ぶ。2人の担当者が乗車するが運転はしない。

 ここまで見てきた4点が絡み合って、テクノロジーによる変化を加速させる。モビリティーについても、同様に自然の充実(代替燃料)、生の充実と思考の拡大(インフォテイメント)、行動の拡大(自動化)のすべてに取り組んでいる。

 自動運転ではないが、興味深い取り組みに「ムービングハウス(移動式木造住宅)」がある。家具付き木造住宅ユニットを工場で造り、設置場所までトラックで運び、組み立てる。繁忙期に観光地に運べばホテルになり、災害時には仮設住宅になる。居心地の良さ、環境負荷の軽さなどから木造住宅は再評価されており、さらにそれが移動できることで価値を高めていく。

 テクノロジーとテクノロジー、業界と業界を組み合わせることでイノベーションが起き、業界地図とビジネスチャンスを変えていく。ここまで述べた4点を経営者が考え、「こういうことをやりたい」と決めた企業は伸びる。特定の業界が伸びる、縮む、という話にはならない。

文/谷島宣之(日経BP総合研究所 上席研究員)

185業界、4600企業・団体を収録

業界・企業研究に、投資に、プレゼン資料に欠かせない! 好評の『日経業界地図』最新版。日経新聞の記者が総力取材し、様々な業界ごとに、企業の提携・勢力関係、今後の見通し、注目のキーワードなどをビジュアルに解説します。

日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/1650円(税込み)