米国の経営学者、クレイトン・クリステンセン氏が提唱した「破壊的イノベーション」。その定義の枠を広げ、社会の在り方や人々の考え方、生き方に大きな変革をもたらした(あるいはもたらすであろう)人物15組・16人の思考と行動原理を探った書籍 『破壊的イノベーター、その視界』 (日経BP)。その中から、アート×ビジネスで福祉領域を拡張する双子の起業家、ヘラルボニー代表取締役社長の松田崇弥氏、代表取締役副社長の文登氏のインタビューを本書から抜粋、2回に分けてお届けする。その後編。
知的障害のある作家が描くアートをビジネスの文脈に乗せて発信することで注目を集めているのが、ヘラルボニーの創業者、松田崇弥氏(代表取締役社長・双子の弟)と松田文登氏(代表取締役副社長・双子の兄)です。
「障害者アート」という枠組みを超えて、それぞれの作家の作品の素晴らしさ、個性を広く伝えたい。そんな思いを実現するために作品のデータベース化とライセンスビジネスを発想。地元・盛岡で起業して話題となり、そのビジネスは大きな広がりを見せています。
ヘラルボニーは創業時は岩手県花巻市、今は盛岡市に本社を置いています。地元・岩手に本社を置く意味やこだわり、あるいは何か実際に得られている効果はありますか。
松田文登(代表取締役副社長・双子の兄。以下、文登):応援をしてもらえている、という要素は非常に強いのかなと思っています。
岩手県という時点でスタートアップがまず珍しいうえに、ヘラルボニーのような企業体はほぼ存在しません。地元・盛岡の百貨店「カワトク」にも、2021年のキービジュアルにヘラルボニーの契約アーティストの作品を採用していただきました。お店では全員がヘラルボニーの提供ビジュアルをあしらったバッジを着けて接客をしてくれています。
そうなると地元での知名度は高くなっていきますよね。
松田崇弥(代表取締役社長・双子の弟。以下、崇弥):狙ったわけではありませんでした。文登が岩手に住んでいて、私は東京に住んでいたのですが、本社登記はどちらがいいだろうねという話になったときに、「岩手の方がかっこいいよね」みたいな話になって。あと、最初に契約を結んだ福祉施設が岩手の施設だったということもあって、岩手に登記しました。
私も昨日、突然おばあさんに話しかけられて、このおばあさんがヘラルボニーのマスクを着けてくれていて。それからカフェにまた行ったら、そこでも「ヘラルボニーさんですか」って話しかけられて――。これって東京で起業していたらあり得ない光景ですよね。やっぱり局地的な熱量をどれだけつくれるかという意味では、地方でまず本当に熱量をつくってから東京に持っていくというやり方もあるだろうなと思います。
東京で起業しなくてよかったですね(笑)
崇弥:確かに、こんなに応援してもらえるような雰囲気にはならなかったと思います。ただ、融資制度などスタートアップ支援の仕組みは東京の方がたくさんありましたね。
アーティストの周囲の人たちが変わっていく
障害のあるアーティストの方と関わってきて、障害のある当事者の方の変化を感じることはありますか。
文登:それはありますね。ただ、本人よりもむしろ周りの人たちが変わっていくことが多いかもしれません。例えばある作家さんの妹さんは、今まで「私の兄がこういうのを描いていて」といったことはあまり積極的には言わなかったのですが、今ではお兄さんの作品のスカーフを巻いていろんな人に「うちの兄が」と話をするようになったりしています。
崇弥:ヘラルボニーは地元の百貨店、カワトクに小さな店舗を出しているのですが、「息子の絵が百貨店に置かれているんですよ」と周りの人、地域の人に言うことによって、地域の人も出掛けて見に行ってくれる。すると、回り回って、作家本人も「よっ、アーティスト」なんて声をかけられるようになったりしていくんです。そうなると、重度の知的障害のある人たちでも「何か自分の絵が褒められているな」みたいなことを多分把握していって、本人も結果的にすごく生きやすくなっているんだろうなと思っています。
障害福祉の関係の人たちって、謝ることに慣れているというか、「申し訳ない」と言うことに慣れてしまっているところがあるんです。ヘラルボニーの取り組みは、そういう人たちに自信や肯定感をよみがえらせることができている。どんどん社会と障害のある方との接点をつくっていける。そんなところも、ヘラルボニーの良さであり、強みでもあります。
自分がやりたいことが前提、まずやってみる
これから起業したり、新しい事業にチャレンジしようとしている人たちに一言いただけますか。
崇弥:ヘラルボニーをやっていて一番ワクワクすることは、障害者との関係性が逆転しているところにあると思っています。障害のある人たちを支援する従来の仕組みは、行政がそこに予算を付けて、それで障害のある人たちも支援者と呼ばれる人たちも暮らせるというものでした。でも、ヘラルボニーは、重度の知的障害がある人たちの作品がなければ私たちは食っていけないという立場になっている。これはある種、作家さんに依存するという、依存体系が逆転している構造です。こういった新しい構造で、資本主義経済が回るような仕組みを、もっともっと加速させたいと思っています。
ヘラルボニーは10年前にスタートしたらうまくいかなかったでしょう。今はこういった活動に共感していただける土壌も整ってきていることを実感しています。ですから、これから起業する方々は、以前だったら「これだったらちょっと難しいだろう」と思えるような構造でも、今の時代だと受け入れてもらえることも結構あるので、何かをまずやってみるというのはすごくいいことだと思っています。
文登:ヘラルボニーは、カルチャーコードとして「主人公は常に自分である」という言葉を掲げています。どうして私は会社を辞めてまでこの事業をやりたいと思ったかというと、「自分がワクワクしたから」ということが前提としてありました。この最初のスタートのときの気持ちはとても大切にしています。
社会課題を解決するとかソーシャルビジネスということであっても、事業を行うときには、「この人たちのために」というよりも、「それが本当に自分としてやりたいことなのか」というところに立ち返って考えることが前提じゃないかと思っています。
聞き手/髙橋博樹(日経BP 総合研究所 主席研究員)
様々なジャンルで世の中に新しい価値を創出した15組・16人の“破壊的イノベーター”が、その考え方や実践について、さらには、原動力となった発想や情熱について語ります。
日経BP 総合研究所 編著、日経BP、2420円(税込み)