今、お酒をあえて「飲まない」選択をする人が増えている。こう指摘するのは、 『ゲコノミクス 巨大市場を開拓せよ!』 (日本経済新聞出版)を上梓(じょうし)した、「ひふみ投信」シリーズを運用するレオス・キャピタルワークスの藤野英人氏だ。そして、お酒を飲まない人と「国道16号線」は相性がいいと話すのは、 『国道16号線 「日本」を創った道』 (新潮社)の著者であり東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の柳瀬博一氏。後編の今回は、国道16号線近辺で起こり得る、お酒を飲まない人向けのビジネスについて。
柳瀬博一氏(以下、柳瀬):お酒を飲まない人、そして国道16号線沿いの郊外に住む人の足は、自動車になる。そうなると、車で移動する新しい都市の形ができそうです。
日本の都市、とりわけ首都圏と京阪神は、阪急や東急といった鉄道グループがものすごく優秀だったために、中心のターミナル駅から郊外に延びていく鉄道沿いの不動産開発で計画的に街ができています。つまり鉄道が主人公。一方、道路を主人公にした広域の都市開発ってあまりないんですよね。
鉄道だと鉄道会社が不動産業態として一貫開発しますが、公共の資産である道路に関しては、鉄道に勝るとも劣らない重要な移動ネットワークなのに、鉄道沿線に比べて、計画的な都市開発が行われていなかった。16号線沿いを見ても、道路でつながった隣の街同士に一体感がなかったりする。そこがもったいないですが、逆に言えばこれから開拓の余地がある新しいマーケットがあるのでは。
藤野英人氏(以下、藤野):そう思います。少し前の日本経済新聞に、タイにある日本の百貨店が撤退したという記事が出ていました。
この理由を、タイ在住の方がこう分析していました。今タイの百貨店は完全に「滞在型」になっているそうです。いわゆる日本のロードサイドにあるような、滞在して楽しむお店です。しかし、日本から進出した東急百貨店や伊勢丹は、効率的に買い物ができる造りになっている。それがタイ人の遊び方とマッチしていないのだと。僕もその通りだと思いました。
柳瀬:私はバンコクに親戚がいるので過去30年間、しばしばタイを訪れていたんですが、その変化をリアルに見ていました。タイは日本よりも先に、郊外型の広々としたショッピングモールが誕生し、都心の商業施設もモール型に変わりましたよね。
藤野:そうなんです。だから本当は東京の都心も、バンコクのように、郊外型のショッピングモールに近いものが必要になってきているのかもしれません。
柳瀬:16号線エリアだと、千葉県柏市の柏の葉キャンパス駅は、都心まで30分かからずに電車通勤できる一方で、郊外型生活が楽しめる。ららぽーとがあり、TSUTAYAがあり、飲食店も集積し、広い公園もある。利根川や手賀沼などの自然もすぐ近く。しかも東京大学柏キャンパスや千葉大学柏の葉キャンパスがあり、地元の高校の偏差値も上がっている、といいます。
藤野:住環境とエンターテインメントと教育環境がいいということで、あのあたりは穴場になっていますよね。
柳瀬:子育て世代に限らず、自動車で移動することを厭(いと)わなければ、つまり飲酒を前提としなければ、ショッピングモールはじめ郊外型商業施設やアミューズメント施設が充実したエリアは従来の都市部以上に暮らしやすそうです。これは僕が『国道16号線』を書くに当たり、16号線を何度も行き来して実感したことでもあります。

藤野:みんなが新しい働き方をするようになったことで、これまでお酒を飲むことが人生の中心にあった人たちも、さまざまな選択肢に気づき始めたと思います。下戸じゃなくても「飲まないこと」を選ぶ人が増え、彼らにとって郊外は良い選択肢になっているのでしょう。
柳瀬:電車で遠距離通勤する生活だと、仕事の帰りに駅前で飲んで、終電で帰ることが「遊び」でした。他に「遊び」の選択肢が少ないライフスタイルだったともいえます。
藤野:遊ぶことと飲みに行くことが、90%同義でしたからね。

藤野英人(ふじの・ひでと)氏
レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役会長兼社長・最高投資責任者
1966年富山県生まれ。1990年早稲田大学法学部卒業。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークス創業。主に日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズを運用。JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師。一般社団法人投資信託協会理事。著書に『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社)、『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)、『お金を話そう。』(弘文堂)、『投資レジェンドが教えるヤバい会社』(日経ビジネス人文庫)など多数。(写真提供:レオス・キャピタルワークス)
自動車とノンアルコール飲料のマーケットは成長する
藤野:先日、「タウンニュース」という地域情報紙から、ゲコノミクスについての取材がありました。ゲコノミクスという市場があると、メディアの人はにらんでいるようです。だからやっぱり、気づいている人はいますよね。
柳瀬:横須賀は16号線が中心街を貫く「16号線エリア」の街で、いまロードサイドのモールがものすごく発展しています。自動車で動く層がたくさんいるからですね。つまりお酒を飲まない、ゲコノミクス市場が伸びている。
藤野:ノンアルコール類の市場で考えると、ジンは可能性があると思います。あとはクラフトコーラですね。一般にコーラは健康によくないものと思われがちですけれど、もともとは滋養強壮剤です。今は「健康にいいコーラ」みたいな切り口の商品も出てきています。
僕ら下戸は、飲食店に行くと、飲み物の選択肢がコーラ、ジンジャーエール、炭酸水、ウーロン茶、オレンジジュースぐらいしかない。そこの選択肢が増えるだけで、下戸のQOL(Quality Of Life)は上がります。ノンアルコールビールも、アルコールが飲める人も羨ましがるようなおいしい商品が出てくると、ノンアルコールライフは激変するはずです。
柳瀬:自動車で行くような郊外型の飲食店はファミレスをはじめとするチェーン店が多いですね。個人経営のおすし屋さんやフレンチ、イタリアンってあまりない。でも、今後、ノンアルコール飲料を充実させた個人経営のレストランが増えれば、「駐車場のある高級店」といったマーケットができそうです。
藤野:あり得ますね。ウィズコロナ、アフターコロナで食事の場所が変わって、自宅で食べる、郊外で食べるという機会がもっと増えるはずです。
柳瀬:郊外的な生活においては、ご飯を食べに行くにせよ、食材を買って家で調理するにせよ、料理のデリバリーを頼むにせよ、必ず、自動車やバイクといった移動手段が必要となります。この流れって、自動車の新しいマーケットがなんらかのかたちで成長するチャンスかもしれません。

柳瀬博一(やなせ・ひろいち)氏
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授(メディア論)
1964年静岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社。「日経ビジネス」記者を経て単行本編集者として『小倉昌男 経営学』『日本美術応援団』『社長失格』『アー・ユー・ハッピー?』『流行人類学クロニクル』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』などを担当。その後「日経ビジネス」企画プロデューサー。TBSラジオ、ラジオNIKKEI、渋谷のラジオでパーソナリティーとしても活動。2018年3月日経BPを退社、同4月より現職に。著書に『国道16号線 「日本」を創った道』(新潮社)、共著に『インターネットが普及したら、僕たちが原始人に戻っちゃったわけ』(晶文社)、『「奇跡の自然」の守りかた』(ちくまプリマー新書)、『混ぜる教育』(日経BP)。(写真提供:新潮社)
藤野:ビッグチャンスが来ているのに、自動車業界の人は目の前のチャンスに気づいていない感じがします。トヨタは富士山の麓に理想的な街をつくるということをやっているけれど、そもそも人口移動の変化があったときに、それに適応する車を造るという観点はまだないと思います。
柳瀬:日本の首都圏は世界でもダントツに鉄道網が発達しています。結果、企業も行政も勤め先が都心に集中し、そこに多くの人々が通勤する。このため、長時間満員電車にすし詰めになることが常態化していました。でも、欧米の都市の多くでは、こうした状況はさまざまな方策を通じて回避されつつあります。
藤野:トラムと自転車と車を使っていますからね。
柳瀬:首都圏郊外の16号線エリアでも、人気の高い鎌倉は、そんなライフスタイルが定着していますね。JRで都心とつながっている一方で、トラムならぬ江ノ電があり、街中はみんな自転車で移動しています。
藤野:そうです。他には富山市でも、トラムと自転車で街を構成できると明確にデザインできていて、実際に路面電車を走らせています。
柳瀬:日本の自動車メーカーと地域の自治体と道路行政が動いて、あとは飲料メーカーがノンアルコール飲料を開発し、ゲコノミクス・マーケットをつくることができれば、兆円単位の規模になるかもしれません。
世界的に珍しい、日帰りでダイビングもスキーもできる都市・東京
藤野:関東の中に、伊豆、房総、三浦という大きな観光とリゾートの市場が眠っているはずなので、ここを16号線とつなげて考えると面白いと思っています。住む・遊ぶという観点で見ると、こんなに豊かな場所はありません。
柳瀬:そうですね。世界の巨大都市の中で、日帰りでダイビングとスキーの両方ができるのって、東京ぐらいじゃないでしょうか。大阪はギリギリできるかもしれませんけど。
首都圏は3つのプレートがぶつかり合った結果、実に複雑な地形を有しています。結果、自然景観が豊かなんですね。伊豆、房総、三浦で日帰りダイビングができる。いずれもサンゴが生息するきれいな海です。また、日帰りでスキーもできてしまう。世界の都市を見渡しても、北京、香港、ロンドン、パリ、ニューヨーク、ロサンゼルス、シンガポール、リオデジャネイロ、カイロ。どこもそんな街はありません。世界で一番自然が豊かで、観光に恵まれている大都市圏が、東京=首都圏なんです。
藤野:そう思います。
柳瀬:そして房総や三浦は16号線エリアですから、都心に通勤することもできる。リモートワークを前提とすれば毎日がリゾートライフ、という生活も可能になる。藤野さんの逗子ライフもそうですよね。

藤野:伊豆、房総、三浦は、人生を豊かにできる場所だと思います。ファミリーに限らず、シングルでも、カップルでも、シニアの人でも居場所があるはずです。
柳瀬:房総や三浦はリゾートホスピタルにも向いてますよね。都心からもアクセスしやすいですし。
藤野:難しい病気になったら、そこで海を見ながら最期を過ごしたり。
柳瀬:しかも、羽田と成田にもアクセスしやすいので、海外も近い。インバウンドにも向いています。
藤野:あのあたりは人口減少で苦しんでいる地域もありますが、実はすごいチャンスが眠っていると思います。
柳瀬: お酒を飲まない「ゲコノミスト」と、16号線近辺のマーケットは、これからどんどん大きくなっていきそうですね。
(構成:梶塚美帆)
[日経ビジネス電子版 2021年4月13日付の記事を転載]
“酒を飲まない人”をバカにする人たちは、大きな勘違いをしている。
今回の対談でも言及されたように「ゲコ市場」の可能性は計り知れない。本書は、ゲコの投資家・藤野英人氏が、新たな巨大市場とその経済性・社会意義をSDGs時代の到来と重ね提言。巻末には糸井重里氏との「ゲコ×ゲコ対談」も収録。
藤野英人(著)、日本経済新聞出版、1650円(税込み)