コロナ禍が長引き、自律神経を乱す人が増えているという。私たちが恐れるべきは、新型コロナウイルスへの感染だけではなく、これまでと違った生活を強いられることで、心身にダメージを負ってしまうこと。やりたい仕事を一生懸命やるというような、前向きのストレスであれば自律神経は乱れない。でも、その結果、生活習慣が乱れたら自律神経に影響する。怒っていいことは1つもない――。順天堂大学医学部教授で、 『整える習慣』 (日経ビジネス人文庫)著者である、小林弘幸氏インタビュー前編。
コロナ禍で自律神経を乱す人が増えている
コロナ禍で自律神経を乱す患者さんが増えているそうですね。こちらのクリニック(小林メディカルクリニック東京)にやって来る患者さんは、どういう方が多いですか。
小林弘幸氏(以下、小林):男性女性半々ぐらいで、若干女性が多いかなという感じです。コロナウイルスの陽性者ではないけれど、体調不良を訴える人が多くいらっしゃいます。
東京や大阪など人口集積地でウイルス陽性者が再び増加、3度目の緊急事態宣言も発出されました(編集部注 インタビューは2021年春)。コロナ禍が長引き、今は国民全体が疲れ果てている感じです。先はまったく見えない。「1回手術したのによくならず、何回も再手術を繰り返す人」のようになってしまっています。
20年末ぐらいまで、私たちはどういう状況に置かれているのかよく分かっていませんでした。それが皆だんだんと気づくようになってきました。ウイルスに感染していなかったとしても、自分たちの心身はどこかおかしいんじゃないかと思う人が増えてきたようです。
ご著書『整える習慣』は、2015年に刊行した『一流の人をつくる 整える習慣』(KADOKAWA)を大幅加筆の上、文庫化したものですが、ベストセラーを快走中ですね。
小林:コロナ禍という状況が大きいかもしれません。今ほど、自らのコンディションを整える意識と具体的なノウハウが求められている時代はないからです。窮屈な現状で、ストレスが日々たまっていく。何かしないと心身のバランスが崩れていくばかりと、みんな思い始めたんでしょう。
『整える習慣』というタイトルもシンプルなものですが、結果的には逆に強い言葉になって、今の時代に響いたのではと思います。

小林弘幸(こばやし・ひろゆき)氏
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。1987年、順天堂大学医学部卒業。1992年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。自律神経研究の第一人者として、数多くのプロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に関わる。
良いストレス、悪いストレスの決定的違い
基本的なところから伺います。自律神経とは何ですか?
小林:人間には自分の意思で動かせる部分と、そうでない部分があります。手足や口などは意思で動かせますが、内臓、血管などは動かせません。この「自分では動かすことのできない部分」をつかさどっているのが自律神経です。 その名の通り「自律的」(自動的)に生命を維持し、体の状態を“整える”働きをしています。
自律神経には「交感神経」と「副交感神経」 の2つがあります。交感神経は「体を活動的にするための神経」、副交感神経は「体を落ち着かせ、休めるための神経」です。「自律神経を整える」とは、簡単に言えば、交感神経と副交感神経をバランス良く、高い状態にすることです。
いわゆるストレスと自律神経との関係をどう捉えればいいのですか。
小林:「ストレス=自律神経の乱れ」と考えていただいて結構です。特に自律神経は、交感神経と副交感神経、車に例えれば、アクセルとブレーキの関係です。アクセルが全開になってブレーキがかからない状態は、リラックスができず、自律神経が乱れていることになります。
本書では「ストレスは複数持ったほうがいい」とあります。
小林:ストレスには良いストレスと悪いストレスがあります。前向きなストレスは良いストレスです。例えば趣味でゴルフをする人だったら、今日のプレーではパターだけは外さない、しっかりやろうと意識することがあるでしょう。前向きなことですが、実はこれもストレスの1つです。
前向きなストレスであればどんなに持っていても大丈夫です。しかし、会社に行きたくないとか、この人には会いたくないとか、あの案件はトラブル続きで担当したくないとか、そういう負のストレスは自律神経を乱します。
例えば、自分で立てた目標を達成するために、頑張って残業をする。こういう行為はどうですか。
小林:仕事の目標を達成するため、残業するというのは、やる気があってやっていることですね。嫌々やっているのとは違い、良いストレスです。
受験生であれば、合格を目標に睡眠時間を削って勉強を頑張る、も良いストレスになりますか。
小林:受験勉強で頑張るのと仕事で頑張るのは違いますね。受験勉強は、自ら望んでやることではなく、合格のために嫌々やらされている場合がほとんど。「落ちることはできない」というプレッシャーがあり、周囲は敵ばかりの孤独な戦いです。さらに記憶すべき要素が多いことで心身に負担がかかり、強い負のストレスになりやすいと言えます。
しかし、仕事で目標を達成しようと頑張ることは、仲間もいて前向きに進めることができ、目標が達成した際に喜びがあります。だから残業しようが何しようが苦にならない。
そこが大きな違いですね。
小林:はい。良いストレスだったら、例えば睡眠時間を削っても、土日でも自分から進んで仕事に取り組むでしょう。一方、考えただけでも嫌になるみたいな、逃げ腰となる行為は悪いストレスになります。
では、コロナ禍でリモートワークをしていても、結構面白いなとやっている分には、それほどストレスにならないのですか?
小林:はい。それならばストレスにはなりません。もっとも、多くの人は長年オフィスでの仕事を続けてきたわけで、まだまだリモートワークに慣れていない部分があると思います。ちょっとした相談や、仕事のアイデアにつながる雑談ができないなどコミュニケーション不全を感じる人も多いでしょう。オンとオフの切り替えがうまくできないことでストレスがたまるという話もよく耳にします。慣れていないことに無理やり慣れようとするのは大きなストレスになりますね。
徹夜して趣味に没頭するとか、羽目を外して仲間とワイワイやるといった時間は、先ほどのお話でいえば、アクセルが全開状態で自律神経が乱れているような気もします。それとも、楽しくてやっているのならば、そんなに自律神経は乱れないのでしょうか?
小林:楽しくてやっている分には自律神経は乱れません。でも遊び過ぎて生活習慣がぐちゃぐちゃになると、今度は乱れてきます。徹夜でやっているとか、睡眠をとらないとか、食事を抜くとか、運動しないとか、そういった行為は自律神経を乱しますね。
怒りをコントロールする2つの方法
感情面と自律神経との関係を伺います。「喜怒哀楽」とある感情のうち、怒りの感情は自律神経をとりわけ乱すのですね。
小林:怒りというのは自己満足の世界で、感情をコントロールできなくなっているということです。怒っていいことはまったくありません。
頭では理解できていても、感情が爆発してしまうことはありますよね。
小林:仕事にしろプライベートにしろ、腹の立つ出来事が起こるのはよく分かります。ただ、覚えておいてほしいのは、「怒る」という行為によって自律神経は乱れ、コンディションを大きく崩すという事実です。
自律神経が乱れると、脳に十分な酸素と栄養素が行き渡らなくなり、冷静な判断力を失い、さらに感情の制御が利かなくなります。また、乱れた自律神経は3~4時間は回復しません。一度、怒るとその後しばらく悪いコンディションのまま仕事をしなければならなくなります。
怒らないようにするコツはありますか。
小林:とっておきの対処法が2つあります。1つ目は、怒りそうだなと感じたら、とりあえず黙り、深呼吸すること。不思議なもので、「今、自分は怒りそうだ」と認識できた瞬間に怒りは50%収まっています。自律神経が乱れ始める瞬間をキャッチして、それ以上に乱れないように先手を打つ作戦です。
2つ目は、シンプルですが、怒らないと決めておくことです。怒りそうな瞬間が訪れたら、「怒りの波がやってきたな。でも、怒らないと決めたんだ」と思い出してください。これを繰り返していくうちに、怒りのマネジメントができるようになっていきます。

怒りにもいろいろな表現があると思います。感情を爆発させるのではなく、理不尽なことがあったときに訴えたり、それはちょっと違うんじゃないですかと、上司に反論するとか。
小林:それも結局、自分中心に考えている反応ですから、やはりいいとは思えません。本人は正しいと思っていても、第三者から見れば愚かなことかもしれません。
どうしても相手に何かを伝えたいと感じるときには、「感情に任せてその場で言う」のではなく、先に挙げた2つの方法で感情をコントロールし、コンディションを整えてから、後で「もっと効果的な方法で伝える」ことをお勧めします。
先生は日常で怒ったりすることはないですか?
小林:昔はすごかったですよ。20代、30代は怒鳴り散らしていました。でも自律神経の研究を進めるうちに、怒るのはまったく無駄ということが分かってきて、やめたんです。
性格的に穏やかな人っていますね。何が起きてもニコニコしている人と、すごくアグレッシブで波のある人。それはやはり明らかに自律神経のコントロールの違いということですか。
小林:はい。違いますね。穏やかな人は常に穏やかですからね。
目指すべきは「穏やか」なほうということですね。
小林:そうです。怒った結果、何か変わればいいのでしょうが、たいていは負のほうにいってしまう。さらに自分にダメージが返ってきて、言わなきゃよかったと後悔する。自律神経をこれほど乱す行為はありません。
親しい人が亡くなったとか、あるいはペットロスなんていうのも、心身のダメージがあると思うのですが?
小林:ダメージはありますが、戻りは早いと思います。本当に悲しむときは悲しむ、喜ぶときは喜ぶこと。逆に、感情を無理に抑制し、悲しいのに悲しまないと、かえってストレスがたまります。死や悲しみは必ず訪れることですから、受け入れるかどうかの問題であって、負の感情ではありません。しかし、怒るというのは自分の感情をコントロールできていない状態ですから、自律神経を大きく乱してしまいます。

(後編に続く)
取材・文/桜井保幸
[日経ビジネス電子版 2021年5月24日付の記事を転載]
ストレスフルな心と体に!
名医が、自律神経と上手につき合う108の行動術を伝授します。
コロナ禍により、知らず知らずのうち、
私たちの心と体は大きなダメージを受けています。
そこで大事になるのが、自律神経を整える毎日のちょっとした積み重ね。
身の回り、時間、人間関係の整え方から、食生活、心身、メンタルの整え方まで。
今日からできるアドバイスが満載の一冊です。
小林弘幸著 日経ビジネス人文庫