コロナ禍が長引き、自律神経を乱す人が増えているという。私たちが恐れるべきは、新型コロナウイルスへの感染だけではなく、これまでと違った生活を強いられることで心身にダメージを負ってしまうこと。年を重ねると自律神経はどうなるか。自律神経の安定にお薦めの音楽は? モチベーションアップのためには何をすればいい? 順天堂大学医学部教授で、 『整える習慣』 (日経ビジネス人文庫)著者である、小林弘幸氏インタビュー後編。

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自律神経は加齢で働きが鈍る

前回、感情の高ぶり、とりわけ怒りが大きく自律神経を乱すというお話を伺いました。年を取ると、喜怒哀楽の波が小さくなるということはありませんか。

小林弘幸氏(以下、小林):自律神経の働きは加齢とともに落ちていくことが、私たちの研究で分かっています。だから高齢者になればなるほど、感情のバランスが乱れやすくなります。周囲を見渡しても高齢で怒鳴っている人がいっぱいいますよね。

年齢を重ねて穏やかになる人はいませんか?

小林:どちらかに分かれます。感情のガソリンが切れてしまい、穏やかというのか、次第に無反応になるタイプの人。一方、ガソリンが切れることで感情のコントロールが難しくなり、怒りっぽくなるタイプの人です。

老化は避けられないことですが、そのためにも「整える習慣」を実践したほうがいいということですね。

小林:自律神経は、何もしなければ機能が下がってしまうので、食事や運動などによって上げる努力をしましょうと提案しています。また、生活のリズムが変わることも自律神経の大敵です。

 コロナ禍で基本の生活様式が変化せざるを得なくなった方も多いでしょう。私の例で言えば、生活リズムを再構築することで、自律神経と上手につき合うよう心掛けてきました。毎朝、4時半に起き、5時から1時間ほど散歩をして、6時には帰ってきて朝食をとるといった「新しい習慣」の実践です。

 加齢にしても、社会状況の変化にしても、無理に「今まで通り」を続けるのではなく、新しい習慣を自分でつくり対応する。そんな意識が重要です。

40代、50代になると、新しいことにチャレンジする気持ちがなえることもありますが……。

小林:自分に自信がなくなったり、体調不安も増えてきたりする年代ですよね。不安が増せば、自律神経が乱れ、実際に体調も優れなくなってきます。そんなときは、10年後の自分を想像してみてください。

 10年後のあなたは間違いなく「今のあなた」に戻りたいと思っています。当たり前ですが、どんなときでも「今の自分」が一番若いわけです。それなら、まさに今、チャレンジをすればいいですよね。今から始めて10年を過ごすのか、何もせず「あのときにやっておけばよかった」と10年後に振り返るのか。どちらがいいかは自明のことではないでしょうか。

「過去ではなく、新しい自分に目を向ける意識で」<br/><br/><span class="fontBold">小林弘幸(こばやし・ひろゆき)氏<br/> 順天堂大学医学部教授</span><br>1960年、埼玉県生まれ。1987年、順天堂大学医学部卒業。1992年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。自律神経研究の第一人者として、数多くのプロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に関わる。</a>
「過去ではなく、新しい自分に目を向ける意識で」

小林弘幸(こばやし・ひろゆき)氏
順天堂大学医学部教授

1960年、埼玉県生まれ。1987年、順天堂大学医学部卒業。1992年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。自律神経研究の第一人者として、数多くのプロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に関わる。

帰る前の片づけを儀式にする

自律神経は認知症とも関係していますか?

小林:認知症は血流障害が伴います。研究の途上ですが、自律神経が落ちれば血流が悪くなるので、関係がないとは言えないと思います。

自律神経に人種の差や男女の差はありますか?

小林:人種の差はありません。男女の差は若干あります。男性のほうが、加齢とともに自律神経の働きが悪くなりやすい。そのことが、男性のほうが女性よりも寿命の短い原因ではないかと、私たちは仮説を立てています。

それは例えばホルモンの関係といった先天的な違いですか?

小林:いわゆる定年まで勤め上げ、その後も働くというのは、男性のほうに多かった歴史があります。社会との接点が多く、仕事のストレス、人間関係のストレスなどによる自律神経の乱れも多くなりがちだったわけです。今後、女性がずっと働くようになると、男性と同じになってくる可能性が高いと考えます。

『整える習慣』にある、鞄(かばん)の中が整理されておらず、必要なものがすぐ出てこないだけでも自律神経は乱れるという話が印象的でした。鞄だけでも自律神経が乱れるのであれば、机の上が乱雑であったり、家の中がちょっと汚かったりするだけでも乱れますか。

小林:乱れますね。乱雑なさまを見た瞬間に、自律神経の働きは低下すると思ってください。きれいに越したことはありません。

先生は「自律神経の乱れを感じたら隙間の時間に机の上を整頓する」とおっしゃっていますが、ということは、先生も自律神経を乱すことがあるのですか?

小林:ありますよ、常に(笑)。なので、仕事を終えて帰宅する前には必ず机の上をきれいにします。自分なりの儀式ですね。一気にやろうと思うとストレスになるので、今日はオフィスのこの部分、明日はここ、今月中にここ、半年かけてすべてきれいにしようなどと計画します。一気に整理しようとすると大変だし、かえってストレスになります。

ハードロックと腹六分目で心身が整う

音楽と自律神経について伺います。例えば、クラシック音楽は自律神経が整う感じがしますけれど、激しいハードロックは悪そうな気がします。

小林:そんなことはありません。ハードロックのほうがむしろ自律神経にはいいんです。一定のリズムを刻むから。

それはびっくりです。

小林:よく誤解する方がいるのですが「自律神経を整えるためにクラシックを聴きなさい」なんて私は言っていません。一定のビートを打つロックのほうが自律神経は整います。

ビートのないフリージャズの演奏みたいなのはどうですか?

小林:どうでしょうか。やはりメトロノームのような、一定のリズムを刻む音楽、ハードロックがお薦めですね。KISSやレッド・ツェッペリンなど、自律神経的には悪くありません。

面白いですね。「自律神経に効く=モーツァルト」となぜか思い込んでいました。

小林:私はモーツァルトを聴くと自律神経が乱れますよ(笑)。リズムが重要です。ビートルズが長年、世界中の人に愛されているのは、案外とそこを突いている、自律神経に効く音楽だからじゃないでしょうか。

自律神経にお薦めの食べ物はありますか。

小林:『整える習慣』にも書きましたが、腸内環境と自律神経は密接に関係しています。腸内環境が悪くなれば自律神経も悪くなる。ヨーグルトがお薦めです。かつては自分に合ったヨーグルトを探すのがいいといわれていましたが、研究が進んで、腸内の菌は多様性があったほうがいいので、さまざまな種類のヨーグルトを試すことをお勧めしています。

 それと大切なのは、食事は「腹六分目」を基本とすること。これは消化管に負担をかけないことが目的です。特定の器官に負荷をかけすぎると、そこにばかり血液が集まり、それ以外の器官を十分に働かせることができなくなってしまうからです。

日常に「ちょっと面白いこと」をつくり出す

コロナ禍におけるモチベーションアップの方法について教えてください。気持ちが上がるようなことが見つけにくい状態ですが、どうすればいいでしょうか。

小林:昔の記憶をたどり、モチベーションの上がることをしてみればいいと思います。例えば私の場合なら、気に入っているカフェに行くとか、好きな雑誌を買うとか。それから万年筆が好きなので、ちょっと選びに行ってみるとか。そういうモチベーションの上がるようなことって、みんな持っているはずなんです。それをもう1回思い出してやってみるといいです。

ちょっとした楽しいこと、面白いことを思い出して、再体験するということですか。

小林:過去にモチベーションが上がった状況を掘り起こしてみる。青山という街が好きだったら青山に行ってみる。自律神経を整え、気分を上向きにするにはそういうことが一番いいような気がします。モチベーションが上がる何かを、まったく新たに探すというよりもね。

好きな場所を訪れることで自律神経が整う(写真:Shutterstock)
好きな場所を訪れることで自律神経が整う(写真:Shutterstock)

改めて、自分の過去をもう一度思い出して。

小林:思い出すけれど、過去に浸るのではなくて、そこへ行ってみて20年前、30年前の自分と会話をする――そういったことです。そこで、「本当の自分」や「最も自分に適したもの・好きなもの」が発見できると思います。長年、「本当の自分」を押し殺して生活してきた50代、60代の方には特にお勧めしたい方法です。30代、40代の方はまだ若い分、おそらく自分のモチベーションが上がるものは何かご存じと思うので。

コロナ収束を恐れる人の心理

最後に、先生がご覧になる中で、今ビジネスパーソンが最もストレスを感じていることはなんでしょうか。

小林:2020年の春ごろはテレワークになって人とのコミュニケーションが取れないと訴え、心療内科を訪れる人が多かった。ところが、今はコロナが収束したら、リモートワークが終わってしまう、会社に行かなければならないというストレスで病む。それが一番多いんですよ。

日常が戻って会社に行くことを恐れている人が多い、ということですか?

小林:今はみんなが長い夏休みをもらったようなものです。コロナになる前の自分の生活が記憶から薄れてきている。

 本音を言えば、みんな「会社」に行きたくないんです。クリニックにいらっしゃる方を見ると、それが現実だと思います。リモートワークなら、満員電車に乗る必要もないし、自分で時間をコントロールして仕事ができる。人間関係のストレスも激減する。イヤな飲み会に誘われることもない。不便なことはあるにせよ、多くの部分で望ましいわけです。仕事はしているけれども、心理的には「夏休み」状態です。それがいつ以前の日常に戻ってしまうんだろうという恐怖を抱いています。

そういう方に、先生はどうアドバイスなさるのですか。

小林:まずは体調を万全にすること。体の状態が整えば、心の状態も整ってきます。コロナ禍では生活習慣を整えておかないと自律神経は乱れる一方です。まずは体から。そうしないと心はついていきませんから。

コロナが解決したらしたで、困る人がいるというのは驚きです。

小林:雇用が切られたり、売り上げが減って給料が減ったりするなど、コロナの直接の被害者がいる一方で、間接的に心身をおかしくしてしまった方々もたくさんいるということです。

『日経ビジネス』の読者にもいるかもしれませんね。

取材・文/桜井保幸

日経ビジネス電子版 2021年5月25日付の記事を転載]

ストレスフルな心と体に!
名医が、自律神経と上手につき合う108の行動術を伝授します。

コロナ禍により、知らず知らずのうち、
私たちの心と体は大きなダメージを受けています。
そこで大事になるのが、自律神経を整える毎日のちょっとした積み重ね。
身の回り、時間、人間関係の整え方から、食生活、心身、メンタルの整え方まで。
今日からできるアドバイスが満載の一冊です。

小林弘幸著 日経ビジネス人文庫